魔道具店にて
魔道具店で、ガラクタに囲まれた少女が「うな?」っと顔をあげる。
「……お客様? …………作業中……なので……! …………ご勝手に」
「あ、はい、すみません……!」
たずねたいことがあったが口を閉じる。小柄な少女は真剣に何かの魔道具と向き合っている。すごい集中力だ。
改めて声をかけるなら、作業が落ち着くのを待った方がいいのだろう。私は、店内の商品を見ていくことにした。
オーブンや冷蔵庫など、魔石を使った生活雑貨が中心に置いてある。
他にも、音が鳴るおもちゃのようなものや、何に使うかよく分からないものもあった。
その中の一つ、羽がくるくると周り、心地の良いそよ風を生み出す魔道具に目を止める。
「これ……扇風機? これができるなら、もしかしてハンドミキサーも簡単に……」
「ハンドミキサー?」
魔道具店の奥にいた少女が、驚いたような声を上げたと思うと、手に持っていた道具を放り投げて、一目散にこちらに駆け寄ってきた。
「それ、まだ作っていない魔道具……! もしかして、ボクと同じ転生者!?」
転生者。
その単語に、大きく目を見開く。そうか。だから前世とまったく同じ名前の魔道具が作られていたのか! 背後のマリーをチラリと伺うと、不可解そうな視線をこちらに向けている。
隠している、とまでは言わないが、今まで誰かに前世のことを話したことはない。私は、少女に向けて、こくりと小さくうなづいた。
その態度だけで、彼女は何かを察してくれたらしい。小さくうなづき返すと、サッと右手を出してきた。
「ボクはアイリス。たまたまだけど、前の名前は愛なの。懐かしいし、アイちゃんって呼んでよ」
転生者同士と判明したからだろう。気さくな調子で小声で話しかけてきた。その右手を握り、握手をする。
「セレスティアです。よろしくね、アイちゃん」
「うん! ……その身なり、セレスティア様は貴族だね?」
「えぇ。でも前世は日本の会社員だし、出来たら普通に接して欲しいな」
「日本! 懐かしいなぁ。ボクも日本生まれなんだよ」
とても可愛らしく、ニコニコと話しかけてくれる。これなら、聞きたいことが聞けそうだ。
「ねえ、ここの魔道具は、全部アイちゃんが作っているの?」
「まあ、基本はそうかな。この世界って不便すぎるでしょ。だからコツコツ開拓していってる感じ」
「すごい……!」
「まあね」
アイリスは腰に両手を当てて、えへんと胸を張った。
「あの、お願いがあるんだけど、ハンドミキサーを作ってもらえないかしら?」
「ああ、さっきも言ってたね、ハンドミキサーって……。…………うーん。正直、依頼が立て込んでいて、大忙しなんだけど……まあ、扇風機を応用して行けそうだし、同郷のよしみでちゃっちゃと作ってあげても良いかな?」
「本当に! ありがとう……!」
アイリスの右手を両手で包み込み、心からのお礼を言った。アイリスは照れくさそうに、空いた手で頬をかいた。
「多分、完成までに3日くらいはかかるかな? ま、その頃また来てよ、ボクも久しぶりに日本の話をしたいさ」
「うん!」
アイリスが、今日の話は終わりとばかりに手を振り払う。おでこに押し上げていたゴーグルを目につけ、奥の作業場へと戻っていった。
魔道具店を出ると、マリーが話しかけてきた。
「なにやらずいぶんと楽しそうでしたが……セレスティア様は、魔道具にもお詳しいんですね?」
どうやら、聞きなれない単語が飛び交うのを、そんなふうに解釈したらしい。
「……そ、そんなことはないけれど……。あ、でもアイちゃんにね、ハンドミキサーを作ってもらえることになったの!」
「……はんどみきさぁー?」
「ええ! それがあれば、メレンゲももっとフワフワになるの……! 生クリームも作れるかもしれないし……。つまり、もっともーっと、美味しいお菓子が作れるのよ!」
私が言い切ると、マリーは納得がいったという表情で、深くうなづいた。
「どおりで、セレスティア様が食欲よりも魔道具店を優先されるわけですね」
マリーの言葉で料理店に行く途中であったことを思い出し、私のお腹は再び、ぐぅぅとなった。
王都の料理店での食事は大変美味しいものだった。
基本的には、公爵家での夕食とそう変わらない内容だけれども、作る人によって味付けがまるで違うので面白い。
ただ、マリーも騎士も私と一緒にテーブルにつくことはできないので、一人きりの寂しい食事ではあった。
「ねえマリー、良かったら一緒に食べない?」
「いいえ、セレスティア様」
念の為に誘っては見たけれど、すげなく断られてしまった。私が二階の貴族室で食事をとっている間、二人は交代で一階の一般席で食事をとった。
お昼を挟み、マリーに連れられ、宝飾店にも買い物に行った。高価な宝石は恐れ多いと思ったが、「これくらいは持っていただかないと、公爵家の格がそこなわれてしまいます」というのがマリーの言い分だった。
王都での用事が全て終わり、馬車に乗り込む。行きはどうなることかと思ったが、魔道具店でのアイリスとの出会いもあり、最終的には楽しかった……と思う。
それになにより。
「ハンドミキサー、楽しみだなぁ」
今日あった出来事を、夕食の時に、アルバートに話すのも楽しみだ。
ふわふわと幸せな気持ちを抱えて、私は、窓から走り過ぎて行く王都の街並みを見送った。




