マリーとお買い物
マリーと、公爵家お抱えの騎士の方と共に、王都の商業区画へと馬車で向かった。
公爵家に来てから1週間ほど経つが、マナーの学び直しやお菓子作りで忙しくしていたため、街に繰り出すのはこれが初めてだった。
「ここが王都一の呉服店『マダム・ローズ』ですよ!」
古い伝統と歴史があるというその呉服店は、中世ヨーロッパらしい石畳の通りの中で、一際大きく、威厳のあるたたずまいだった。
ローズという名前の通り、薔薇をあしらった看板の赤が、古めかしい煉瓦作りの建物を映えさせている。
「さあ行きましょう、セレスティア様」
スキップでも始めそうな勢いで、マリーが馬車を降りる。騎士の方が開けてくれた扉をくぐる。彼はこのまま、店の外で待機しているようだ。
店内に足を踏み入れる。シャンデリアが眩しく輝き、赤い絨毯が敷かれ、左右のどこを見渡しても煌びやかだ。後から入店したマリーが、「わぁ」と歓声をあげた。
「ようこそ、マダム・ローズへ」
上品な年配の女性がやってきて、深々と頭を下げた。前世でも、こんな接客をする高級店には入ったことがない。ええと、こんな時は確か、軽く会釈で良かったのよね。
ぺこりと頭を下げると、店員さんは柔らかく微笑んだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「ええと、婚約披露のパーティーがあってドレスを選びに来たのよ」
「それはおめでとうございます!」
店員さんは隙のない目線を、ちらりとマリーに送った。マリーは一歩前に出て、私を紹介してくれた。
「こちらはモンフォール家の嫡男、アルバート様の婚約者であらせられます、セレスティア・アルトハイム様です」
「まあ!」
店員さんは驚きで目を丸くすると、先ほどよりもさらに深くカーテシーをした。
「それは大変失礼致しました、セレスティア様。さあ、こちらにお越しください」
店員さんに案内され、映画のセットのような豪華な椅子に腰を下す。
「商品をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
そう言ってその場を離れた店員さんに、なぜかマリーがついていき、服を触りながら楽しそうにおしゃべりをし始めた。……コミュ力すごいなぁ。
その後、手持ち無沙汰から一転して、マリーと店員さんが、かわるがわる持ってくる様々なドレスを、身につけては脱いでいく。
「これは色はいいけれど、素材が似合わないですね」
「肩が出ないほうがいいかもしれませんね」
「丈が長すぎますね。仕立て直せますか?」
「このドレス、素敵です!」
「こっちは……うーん……惜しいですね……」
いつの間にか、マリーが主体になってドレスを選んでおり、時折店員さんと確認しあったり、質問をしたりしている。
二人ともとても楽しそうだ。
対する私は、初めの頃は素敵なドレスに身を包んで楽しい気分だったが、今ではすっかりクタクタである。
「うん! これにしましょう! 良いドレスがあって良かったですね、セレスティア様!」
「…………えぇ、決まって良かったわ」
ほくほく顔のマリーに、店員さんがそっと声をかける。
「あなた、この店の後取りに興味はないかしら?」
せ、せっかく仲良くなったメイドさんが引き抜かれている⁉︎ でも、もしもマリーが望むなら、引き止められない……。
あたふたと一人で焦っていると、マリーは背筋を伸ばし、凛とした声で言った。
「せっかくのお誘いですが。今は、モンフォール家に仕えることに誇りを感んじておりますので」
「そう、残念ねぇ」
そんなやりとりを終え、丁寧な挨拶と共に送り出されて店をでた。朝から来たはずなのに、気が付けばすっかり、太陽が真上にある。お昼時だ。ぐぅぅとお腹がなってしまった。
「………………」
背後から、マリーの無言の圧力がのしかかる。お腹を鳴らさないほうがいいことは分かるけれど、生理現象なのでコントロールが難しい。
「…………お昼にしましょうか、セレスティア様」
「はい、ありがとうございます……」
上級貴族向けの料理店が近くなので、馬車ではなく歩いて行くという。マリーの案内に従い、王都の商業区画を歩いていると、気になる看板が目に飛び込んできた。
足を止めた私を、マリーが怪訝そうに伺う。
「いかがいたしましたか、セレスティア様?」
「魔道具店……!」
そう。看板に書かれていたのは魔道具店の四文字だ。屋号はなく、それだけ書かれている。王都の一等地に構えられた店だが、マダム・ローズと比べ小さく、こぢんまりとしている。ガラス窓にぼやけて映る向こう側も、どこか混沌とした様子がうかがえて、秘密基地のような浪漫を感じる店構えである。
「ね、ねぇマリー、先にこの店を見に行ってもいい?」
「えぇ、もちろん構いませんが……。お食事の前でよろしいのですか?」
「良いの!」
伝えると、マリーはとても驚いた顔をした。再び、騎士の方に開けてもらった扉をくぐる。マリーもついてきた。
室内の様子は、扉の向こうから見るよりもさらに混沌としていた。
雑多にものがつまれ、魔石を嵌め込まれた謎の機械が所狭しと置かれており、そのガラクタに囲まれるようにして、店の奥に人影があった。
「あのぉ……すみません……!」
恐る恐る、その人影に声をかける。「うな?」っと顔をあげたのは、ゴーグルを身につけた小柄な少女だった。




