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甘い時間

 ダリアとの食事が終わっても、アルバートはまだ帰ってこなかった。


 その間に、私は大きな四角いお皿に入れて固めておいた、細かく切ったドライフルーツを溶けたチョコレートに混ぜ込んだものを取り出して、小さく切り分けた。


 そして、キッチンにいた水差しメイドさんの居場所を探し出した。対アルバート用以外のチョコレートを、プレゼントするためだ。


 最初は戸惑っていた彼女だったが、最後にはチョコレートを気に入ってくれたようだ。他のメイドさんや使用人さん達にも分けてもらうようにお願いしたから、彼らの反応も実に楽しみである。


 玄関ホールの奥にある応接スペースに座り、アルバートの帰宅を待つ。

 ダリアの話では、それほど遅くならないとのことだけれど。


「まだかなぁ」


 早く会いたい。けれど、チョコレートの反応を楽しみにアルバートを待つ時間は、穏やかで、心地の良いものだった。


 ——————………。


「…………セレスティア嬢?」

「はっ! あ、アルバート様?」


 どうやら、いつの間にかうとうとしてしまっていたらしい。気がついたら、目の前にアルバートが立っていた。恥ずかしさで火を吹きそうになりながら、慌ててドレスの裾を正して背筋を伸ばす。


「どうしたんだ、こんなところで寝て」

「そ、それはですね、一緒に作ったチョコレートが無事に完成しまして……! ぜひ、アルバート様に召し上がっていただこうと……!」

「そうか」


 心なしか嬉しそうな顔でアルバートが言う。


「私、取って来ますね! どこで食べますか? 朝食室がいいでしょうか?」

「そうだな……昨日歩いた庭園に、ベンチがあっただろう。そこはどうだ?」

「良いですね!」


 外で食べるチョコレートも乙だろう。椅子から降りて、キッチンへと急いだ。冷やしていた皿ごとチョコレートを手に入れ、玄関ホールに戻る。


 アルバートと共に、並んで庭に出る。昨日よりも時刻が遅いようで、あたりは少し薄暗かったが、風が吹いており心地よい。


 私たちは庭園の片隅にあるベンチに並んで腰を下ろした。


「どうぞ、アルバート様。こちらが完成したチョコレートです」


 私が差し出したのは、ダリアと一緒に食べたドライフルーツにチョコレートをかけたものと、メイドさん達にプレゼントしたドライフルーツを混ぜ込んだチョコレートの2種類だ。


「ああ。いただこう」


 アルバートは、ドライフルーツを混ぜ込んだチョコレートをつまむと、ゆっくりと口に入れた。

 その瞬間、まるで、花が開いたような笑顔を浮かべる。


「これは……美味いな!」

「でしょう!!」


 ぱくぱくと、まるで子どものように次々と口にチョコレートを運んでいく。その様子を、私は幸せな気持ちで眺めていた。


「アルバート様は、苦味が苦手のようでしたので、山羊乳を多めにして、チョコレートの中に生蜜を加えたのです!」


 ドライフルーツの甘味を生かしたダークチョコレートも美味しいけれど、やっぱり、糖分多めのミルクチョコレートも最高だよね!


 残りのチョコレートが少なくなったところで、不意にアルバートがその手を止める。


「……セレスティア嬢は食べないのか?」

「…………わ、私はダリア様と一緒に食べましたので、大丈夫です……」


 やばい。物欲しそうな目で見てたのがバレちゃったかな? 作りながら味見もしていたし、夜に食べると太りやすいから、遠慮してたんだけれど、美味しそうに食べるアルバートを見ていたら、食べたくなって来ちゃったんだよなぁ……。


 そんなことを思っていたら、アルバートの指がチョコレートを摘み、そっと私の口元に運んできた。


「ん」

「え? アルバート様?」

「ん」


 これは……もしや……食べろ……ってこと?

 いやいや無理! 恥ずかし過ぎて無理ですって!


「えっと? アルバート様? せっかくなのですがそれはちょっと……」


 やんわりと断ると、アルバートはふいと横を向き、唇を尖らせた。……何だその反応。


「常々思っていたんだが」

「は、はい……」

「アルバートで良い。様はいらない」

「……はい、アルバート様……じゃなくて、アル、バート?」


 一度チョコレートを断ってしまった罪悪感で、うっかり了承してしまった。

 アルバートはくるりとこちらを向き、にこりと微笑んだ。端正な美貌に浮かんだその笑みに思わず見惚れていると、アルバートの身体がグッとこちらに近寄って来た。


「え?????」


 急な接近に、軽いパニック状態へと落ちいる。吐息がかかりそうなほどの距離感に、心臓は爆音を奏でている。


「ん」


 再び口元に伸びてくる、チョコレートをつまんだ手……。

 混乱した私は、ついぱくっと口を開け、チョコレートを食べてしまった。唇にほんの少し、アルバートの指の感触が残る。


「美味いだろ、セレスティア」

「はい……」


 頭から湯気がでそうなほど真っ赤になった私は、おずおずと腰を動かし、アルバートと距離を取る。

 しかし、ムッとした表情を見せたアルバートが、再び距離を詰めて来た!


「ええと、アルバート?」

「なんだ、セレスティア」

「……もしかして、酔っ払っていますか?」


 思い出すのは、昨晩の夕食の光景だ。ダリアはワインを口にしていたが、私たちの前にはエールがだされた。それも、アルコール度数が極めて弱そうなエールだった。


 さらに眉唾物の噂だが、チョコレートとワインの組み合わせには媚薬のような効果もあるという……。


「……『ちょこれーと』は酔うのか?」

「煮沸したワインを少々入れております……」

「そうか……どおりで……眠い」


 目を瞑り、アルバートは横になってしまった。

 私の膝の上で。


「少し……寝させてくれ」


 アルバート様ーー⁉︎ と、叫びたい気持ちをグッと堪える。言いたいことを飲み込んでしまうくらい、穏やかな表情で寝息を立てていた。


 ずっとこのままというわけにはいかないけれど、時間と私の心臓が持つ間くらいは、このまま寝かせてあげたいと思った。


 小さな声でそっと呟く。


「今日も1日、お疲れ様でした」


お読みいただき、ありがとうございました!


次回は水差しメイドさんの視点となります。

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