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ダリアと夕食

 残念ながら公務が入ってしまったアルバートと別れ、昼食も挟みつつ、私は試行錯誤を重ね続けた。


 ねっとりしたカカオニブの状態に水を混ぜてみると、水っぽくなる。お湯を混ぜると、油分がさらに溶け出してまとまりやすい。温めた山羊乳を加えれば、まろやかになり後味が良くなる。


 加える水分は、山羊乳が一番良さそうだ。ただ、温度と水分量を間違えると、すぐに分離してしまう。この辺りは、溶かして固める手作りチョコレートと同じ感覚だ。

 人肌程度に温めた山羊乳を少しずつ加えて分離をふせぐ。


 さらに、香りと深みを出すために、煮沸したワインも加えてみた。


 良い具合に溶け出したものから、私は2種類のお菓子を作った。


 1つは、ドライフルーツのチョコレートがけ。苦味が強いので、一部分だけにかけたのだが、ちょこんとチョコレートをまとった姿が可愛らしい。レーズンは小さすぎたから、オレンジ、いちじく、りんごの全3種類だ。


 2つめは、細かく切ったドライフルーツを溶けたチョコレートに混ぜ込んだもの。大きな四角いお皿に入れた。


 さらに、対アルバート用の秘策を加え、この2種類をさらにバージョンアップさせた品も作成する。


「ふっふっふ」


 怪しい笑みを浮かべつつ、お菓子を作成する様は、我ながらまるで魔女のようである。

 そんなこんなで作り上げた2種類をお皿に並べて、冷蔵庫へと収める頃には、すっかり日も暮れかけて、夕飯時になってしまった。


 チョコレートひとつ作るのに、朝から1日がかりの大仕事になったわけだが、後悔はまるでない。

 溢れんばかりの達成感だけがある。……いや本当は、立ちっぱなしに伴う腰と足裏の痛みと、腕の筋肉痛もあるけれど。


 今日の夕飯に集まったのは、私とダリアだけだった。昨日アルバートが座っていた席に私が座り、すぐ斜め向いにダリアがいる。


「アルバートがいなくて緊張するだろうけれど、楽にしてくれていいわよ。わたくし、あなたと水入らずで話してみたかったのよ」

「こ、こ、こ、光栄です……」


 ニコニコと微笑むダリアの前にパンが供給(サーブ)される。続いて私の分のパンがきた。


 昨日よりはいくらか質素な食事(それでも十分に豪華だけれど!)をしつつ、ダリアと他愛のない会話をする。緊張しっぱなしの私は、食事マナーを常に気にかけていることもあり、うまく応答できた気がしない。


「そういえば、今日は朝からアルバートと一緒だったみたいだけれど、一体何をしていたのかしら?」


 そんな話題が出たのは、食事も終盤のことだった。


「! キッチンをお借りして、チョコレートを作っておりました! ぜひ、ダリアさんにも食べていただきたいです!」


 もともと、彼女にもぜひチョコレートを味わってもらいたかったから、この話題は渡りに船だ。


「あらまあ。貴方、本当にキッチンを借りたのね。『ちょこれーと』って何かしら?」

「ダリア様に分けていただいたカカオ豆を原料にした、ほろ苦くて美味しいお菓子ですわ!」

「カカオ豆から……」


 唇を尖らせ、苦い顔をするダリア。薬用に仕入れたけれど、とても苦くて食べられないと言っていたから、かつての経験を思い出したのだろう。


「だ、騙されたと思って、ほんの少しでも召し上がってみてください……! 私、取って来ますね!」


 ちょうど食事も終わっていた。

 ぴょんと椅子から跳ねるように降りた後、キッチンに駆け足で向かう。近場の使用人さんに声をかけてから、邪魔にならないようにそっと冷蔵庫に向かう。


 開き、わくわくどきどきした気持ちで、そーっとお皿を取り出す。


「わぁ!」


 目に飛び込んできたのは、つるんと固まった光沢感のあるチョコレート。

 鮮やかな色合いのドライフルーツの一部に、ちょこんと王冠のようにチョコレートが固まっているその様は、見た目だけなら、完全に売り物だ。


 今すぐ口に放り込みたい気持ちを抑えて、小さな小皿に移し、ダリアが待つ晩餐室へと急ぐ。


「お待たせしました、ダリア様」

「おかえりなさい。お茶を用意してもらったわよ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 チョコレートの乗った小皿をダリアと自分の中央に置く。ドライフルーツがけのチョコレートを1種類につき2つずつだ。


「……見た目は可愛いわね」

「味も美味しい……はずです!」


 味見をしながら作っているので間違いないとは思うが、完成系を食べるのは初なので、そんな言い方になってしまった。ダリアは不安そうな目を私に向けた。


「……では、いただくわね?」


 どこか緊張した表情のダリアと共に、乾燥したオレンジのチョコレートがけ——オランジェットを手に取る。


 口に入れた瞬間。


「…………!」


 冷えて固まったチョコレートの、パキッという食感と共に、皮付きのまま輪切りにされたオレンジの、甘酸っぱい味が広がる。どうしても苦味が先行しているので、オレンジ部分をさらにかじる。

 甘味と苦味、そしてほど良い酸味が交わった複雑な味わいと、シトラスの香りとチョコレートの香りが混じった芳醇な匂い。


 チョコレートに多少のざりざり感はあるが、大成功の部類だろう。


「美味しいわね……とっても」


 ダリアの手が伸びて、いちじくのチョコレートがけをつまんだ。


「気に入っていただけて良かったです!」


 同じくいちじくのチョコレートがけに手を伸ばす。ハーブティーと共にチョコレートを楽しめる時間が、あっという間に過ぎていく。気がついた時には、小皿は空になってしまっていた。

 

 ダリアは満足そうに、ナプキンで口元をぬぐうと、にっこりと微笑んだ。

「あなた、とってもすごい技術をお持ちなのね! 持て余していたカカオ豆が、こんなに美味しい甘味になるなんて、天才よ!」


「え?」


 確かに、カカオ豆は苦く使えないという常識があれば難しいが、私には、カカオ豆からは美味しいチョコレートができるという知識がある。

 

 ゴールが見えているから、あの美味しい甘味を食べるために、いくらだって手間暇をかけられるのである。


 大袈裟なダリアの言葉に、思わずきょとんとしていると、ダリアはくすりと微笑んだ。


「なんだか、アルバートが貴方を選んだ理由、ちょっと分かった気がするわ」

「それってどういう意味ですか?」


 唐突に放たれたダリアの言葉に、思わず身を乗り出してしまう。

 ダリアは再び、口元に手を当ててくすくすと微笑んだ。


「メイドに聞いたわ。あなた、朝から晩までずっとこの甘味を作っていたんでしょう? 失敗してもめげずに……。お菓子作りが、よっぽど好きじゃないと出来ないことだわ」


 ダリアの言葉の意味を考えてみるものも、いまいちぴんと来なかった。そのことがどうして、アルバートが私を選んでくれた理由になるのだろう……。


 そんな私の疑問をよそに、ダリアは一人納得したような顔をして、私の目をまっすぐに見つめた。


「改めて、ようこそセレスティアさん。モンフォール家へ」


 この時。私は初めて、ダリアに受け入れられたのだと思った。


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