表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/45

美味しいんですよ?

「フライパンを使って何をするんだ?」

「この豆を()るのです!」


 つまり、焙煎(ばいせん)だ。

 魔石を利用したコンロで、フライパンを温める。前世で落花生を煎った時は、確か、油を引かなかった。煎るとはそういうものなのだろう。


 カカオ豆をフライパンに入れて、木ベラで絶えず混ぜながら火を入れていく。ぱちっ、ぱちっと弾けるような音がする。ちょっと怖い音だ。

 根気よく木ベラでカカオ豆を煎り続けていると、少しずつ、良い香りが漂って来た。


 これは、まさしく、チョコレートの香ばしい香りだ。

 思わず心が浮き足だって、口元がニヤニヤとしてしまう。私のニヤニヤが移ったのか、初体験でもこの匂いは堪らないのか、アルバートの口元もほころんでいる。


「良い香りだな。先ほど、あんなに苦かった豆とは思えない」

「そうでしょう! きっと、今度は美味しくなりますよ……!」


 先ほどの反省を活かし、冷めた豆の外殻を剥いていく。軽く乳棒で殻を割ってから剥ぐのだが、この段階で先ほどとは感触がまるで違う。割れやすいのだ。アルバートと手分けをして、あっという間に外殻を剥き終わった。


 次はすりつぶす作業だ。苦すぎて食べられなかったカカオニブを別の皿に移して、乳鉢を洗う。


「すみません、今度もお願いできますか?」

「まかせろ」


 今回は大人しく、最初からアルバートを頼ることにした。

 焙煎されたカカオニブは、先ほどと違い、ずいぶんと潰しやすいようだった。パリパリという音と共に、前回よりもすぐに粉末上になっていく。

 さらにアルバートが手を動かし続けると、だんだんペースト状になってきた。 これは……焙煎前と比べて、油分が溶け出している?


「そうか。油は冷えると固まって、温まると溶け出すんでした」


 思い出すのは、コンビニでよく買っていたレンチン調理の角煮の汁だ。レンジで温めると油が汁にトロリと溶けているけれど、翌朝お皿の中では固まってラード状になっており、ゾッとするのだ。


「どういうことだ?」


 首をひねるアルバートに説明を試みるが、普段料理も片付けもしないためだろう、ピンと来ていなさそうだった。


「……つまり、美味しくなるということです!」

「なるほど」


 お互い説明を放棄した私たちは、銀のスプーンを再び手に取った。背後に気配を感じ、振り返ると、水差しを持ったメイドさんが、無表情でスッと忍び寄って来ていた。ちょっと怖い。


 ペースト状になったカカオニブを少しすくい、口を入れる。

 これは——。


「苦い、けど、深みのある苦さです……!」

「……そうだな。先程より断然マシだ」


 アルバートはムッとした表情でそう言った。煎る前の反応も激しかったし、苦味は苦手なのかもしれない。


 一時期健康に良いとダークチョコレートに手を出した時期もあったけれど、カカオが80%になると美味しいとは思えなくなって、90%以上になると食べられなかったもんな……。


 つまりここから、カカオの含有量を減らし、甘さを足せば、美味しいチョコレートになるわけなのだが、花蜜を使えばあっという間にストックがなくなってしまう。


 そこで私は昨日のうちに、きちんと解決策を考えていた。


「すみません、乾燥した果実を分けていただけますか?」


 くるりと振り返り、水差しを持ったメイドさんにそう告げた。ビクッと肩を震わせた後、絞り出すような声で「かしこまりました」というと、食糧庫(パントリー)へと消えていく。


 すぐに、いくつか紙に包まれたドライフルーツを持って来てくれた。作業台でその包みを開いてみる。干し葡萄(レーズン)に、いちじく、りんごとオレンジがあった。


 レーズンとオレンジは特にチョコレートと合わせて使うイメージがあるが、せっかくだ。全て試してみよう。


「アルバート様も、どうぞ」


 乾燥したオレンジに、ペースト状のカカオニブをつけて手渡した。

 アルバートが優雅な所作で一口、オレンジをかじる。


「……美味いな」

「ですね!」


 この世界でのドライフルーツは全て天日干しだ。薄く切った果物を並べて、太陽の光で水分を抜く。凝縮された糖分が結晶化し、乾燥した果物を装飾する。そうして、生果以上に甘さが引き立つのである。


 瑞々しい生の果物とはまた違った乾燥果実の良さは、この世界に来てから初めて知った宝物だ。


 そんな、太陽のパワーをいっぱい吸い込んで、甘味が強くなった果物に、苦いカカオが合わないわけがない!


 他の果物も次々と味見していく。


 爽やかな甘さを感じたオレンジと違い、レーズンはねっとりとしてより甘く、苦味が甘味を引き立てる。いちじくはプチプチとした食感が楽しく、上品な甘さで、りんごは厚切りのため中はしゃりしゃりとしており、甘酸っぱさと苦さのバランスが楽しい。


 ……うん、一通り食べたからこれ以上はやめておこう。このままでも十分に美味しいが、これは絶対、もっと美味しくなる……!


 それに、と、私はちらりとアルバートを盗み見る。一緒に味見をして、美味しいと口にして入るものの、アルバートの表情は固かった。仏頂面ながら、心なしか嬉しそう……といった感じなのだ。


 お菓子を食べる時のアルバートは、いつも、あんなに幸せそうなのに。


「ふっふっふ……」


 拳を握り、薄く笑う。絶対に、チョコレートの美味しさをわからせてやるのだ。ついで、私はちらりと、背後の水差しメイドさんにも目をやった。


 そう、彼女にも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ