明日は一緒に
手持ちの中では一番格式高いドレスに着替え、晩餐室で夕食をいただいた。
家長であるアルバートの父は、現在公務につき長く家を開けているという。そのため、我が家の数倍はある長方形のテーブルの上座には、公爵夫人であるダリアが腰を下ろしていた。
「本当に、突然のことだったから、大したおもてなしもできずごめんなさいね?」
ダリアはそう言うが、大変豪華な夕食だった。
燻製肉の盛り合わせとパン。甘く煮込まれた野菜のスープに、チーズとローストした鶏肉。デザートに乾燥した果実も出してくれた。
ダリアの前にはワインが、私とアルバートの前には薄いエールがだされた。
リゼル村での気を使わない食事が続いていたから、食事のマナーが不安だったけれど、どうにかなったと思う。
食事中の話題は料理への感想を中心に、ダリアからの質問が多かった。出会った時にも質問攻めにされたが、息子の婚約者という立場に対し、興味が尽きないのだろう。
その中でも、驚くべきやりとりがあった。
「ねぇ、リゼル村で出会ったと言っていたけれど、どんな経緯だったのかしら? そもそも、男爵家のご令嬢が、どうして村に?」
「……えっと実は私は勘当されておりまして……それで、男爵家を追い出されて、領地であるリゼル村へ……」
正直、言いにくい話だった。この世界では、騎士と平民の結婚が少なくないように、ある程度身分差を許容するような文化がある。
それに、公爵家との結婚となれば、いずれ父は勘当を取り下げるだろうという憶測もある。けれど、現時点での私の立場は、決して公爵家の嫡男の婚約者としてふさわしいとは言い難いのだった。
だから、ダリアへの説明もどこか言い訳じみていて、しどろもどろになってしまう。
おそるおそる顔をあげると、ダリアは予想外の表情をしていた。
ぽかんと口を開けていたのだ。
「勘当……? でも、夕方、アルトハイム男爵から文が届いたわよ?」
「え」
「ほら。娘をよろしくお願いしますって」
ダリアが取り出した文を受け取り、目を通す。確かに、エドヴァルトからの文だった。勘当の旨はまるでなく、いかに自分の娘が可愛らしく、優秀であるかを説いている。
伯爵家であるバートン家との婚約破棄が勘当の理由だったから、公爵家であるモンフォール家との婚姻を逃すまいと急いで文を出したのだろう。
我が父ながら、抜け目のない人物である。
あまりの変わり身の早さに、文を覗き込んでいたアルバートと目を合わせ、思わず苦笑する。相変わらず仏頂面だが、どこか呆れた様子が伝わって来た。
そんな風に夕食が終わり、食後のハーブティーも終え、まったりとした時間が流れている時だった。
「そうだわ。アルバート、せっかくだし、セレスティアさんと一緒にお庭をお散歩してきたら? まだ少し明るいし、長旅の間、二人きりの時間もなかったでしょう?」
「えぇ⁉︎ でも、その、ようやく王都に帰って来たところですし、公務でお疲れでは……」
突然の提案に、慌ててしまいそう言った。……って! これじゃあまるで私が、アルバートと二人きりを避けているみたいでは⁉︎
アルバートの様子を伺うと、無表情……いや、ほんの少しだけ唇を尖らせていた。
「疲れていない」
「そ、そうですか……」
「行くぞ、セレスティア嬢」
「はい……!」
ダリアに頭を下げて、アルバートと共に晩餐室を後にした。
ダリアの言う通り、外にはまだ少し明るさが残っていた。夕焼けと夜の境目のような空は美しく、公爵家の庭を照らしている。
「公爵家はどうだろう、上手くやっていけそうか?」
「はい。ダリア様も気さくな方で、セバスチャンも良い方でしたし……」
とはいえ、自分が異物であるという感覚は拭えない。
「そうか。慣れるまでしばらく、苦労をかけるだろうが、すまない。しばらくの間は、公務も休み、なるべく貴殿と一緒に居ようと思うが……」
そんな私の思いを汲み取ってくれたのか、アルバートは穏やかな声でそう言った。
「え? 本当ですか?」
目を丸くしてたずね返す。貴族は案外忙しい。公爵家の嫡男といえば尚更だろう。実際、バートン家にいた時もロデリックにはほとんど相手にされていなかった。
「アルバート様と一緒に過ごせるなんて、嬉しいです」
はにかみ、素直な気持ちを伝えると、アルバートは驚いたような顔をした。
「? どうしたのですか?」
「いや……先ほどは一緒に散歩に行くのを嫌がっているように思ったから……」
「それは、誤解です!」
慌てて否定すると、アルバートは少しだけ口角を上げ、微笑んだ……ように見えた。
どこか寂しげに見えるその笑い方をみて、思わず口を開く。
「アルバート様は……」
私が公爵家に来て、どうですか? 婚約者として、上手くやれていますか?
本当に私で……良かったのでしょうか?
「明日も、一緒にいれますか? その、明日は、チョコレート作りに挑戦しようと思うのですが……!」
そんな疑問を飲み込んで、意気地なしの私は、甘味の話題を口にした。
「ちょこれーと、とは何だ?」
「キッチンにあったカカオ豆から作るお菓子なんです! 苦味と甘味のバランスで、様々な楽しみがあるお菓子で……! 独特の良い香りがして、一口食べるとそれだけで疲れが吹き飛んで、幸せな気持ちになるんですよ!」
「そうなのか?」
「そうなのです!」
拳を握りしめて力説する。アルバートもチョコレートが楽しみになって来たのだろう、今度は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「それは……楽しみだな」
「はい! 一緒に作りましょう」
私たちは、まだ見ぬこの世界でのチョコレートに思いをはせながら、穏やかに庭を散歩した。