お宝の正体
「えぇ!!! これって、もしかして……!」
開いた袋から微かに漂ってくるのはチョコレートを思わせる香りだった。豆の状態をみたことはないが、これはもしや⁉︎
「ダリア様、こちらは、カカオ豆ではないですか?」
「そうよ。よく知っているわね……南方から薬になると言われて輸入したのだけれど、苦くてとても飲めないのよ」
「これ……私に頂けませんか!!」
思わず、ダリアにつめよりそう言った。彼女は目を丸くして、こちらを見下ろしている。
「えぇ、構わないけれど……。そんなものより、宝石とか、もっと価値があるものを差し上げましょうか?」
「いえ、これが良いんです! ありがとうございまぁす!」
ぎゅうっとカカオ豆の入った袋を抱きしめる。やばい、久しぶりに嗅ぎすぎてこのほのかなチョコレートの匂いだけでよだれが垂れてしまいそうだ……。
ダリアはおかしなものでもみたような顔で、「おかしな娘ねぇ」と呟いた。
「じゃあ、また夕食でね」
「ゆっくりやすんでくれ、セレスティア嬢」
「は、はい……!」
お屋敷の案内が一通り終わり、ダリアもアルバートも公務があるとのことで、別れる。
その頃には、私の部屋の準備も終わり、メイドさんに案内されて客室へと通された。
高い天井に、天蓋付きの大きなベッド。生活に必要そうなものは一通り揃っており、過ごしやすそうな空間だった。
「それでは、失礼いたします」
「あ、待って」
思わず彼女を呼び止めると、怪訝そうな眼差しでこちらを見つめて来た。
「あの……私、あまり歓迎されてないのかしら?」
「…………そのようなことはございません」
どこかバツの悪そうな表情を浮かべて、メイドさんは部屋を去って行った。……ううむ、やっぱりあんまりよく思われていないような気がする……。
というか、何を思っていても立場的に言えないわけで、余計なことを聞いてしまったな……。
長旅の疲れと、やってしまった後悔で、だらりと椅子に腰をかけた。
ぼんやりと今後のことを考える。
ダリアさんを通じて、キッチンの使用人たちにキッチンや食材を使って良いという許可をもらえた。カカオ豆や冷蔵庫の他に、リゼル村にはなかった調理器具もいくつかあり、今後のお菓子作りが大変楽しみだ。
やっかいなのが肝心の糖分の確保である。公爵家から貴重な砂糖をわけてもらうのは忍びないし、毎日の日課だった生蜜取りにもしばらく出かけられそうにない。
それに、何より……。
「ここまで来てから言うのも何だけれど……。私、本当にここにいても良いのかしら」
アルバートから婚約を申し込んでくれたけれど、理由はよく分からないとのものだった。もちろん、嫌われているとは一切思わないし、どんな形であれ好意は抱いてくれているのだろう。
けれど、その本心は掴めない。
セバスチャンは私を歓迎してくれているようだけれど、ダリアやメイド達には思うところがありそうだった。
それでも——。私が、アルバートの隣にいようと。
「自分で、決めたんだから」
新しい生活への期待と不安を抱えつつ、私は夕食の場に行く準備をすべく、立ち上がった。