行きたいところ
道中の街で馬車を借り、旅はつづがなく続いた。旅路は過酷なものを想像していたけれど、実際は快適なものだった。寝る場所もキャンプ地ではなく、きちんとした宿場町の宿だ。
王立騎士団とは王都でお別れらしく、エルダン達とは王都に入る手前の門で別れてしまった。
馬車を借りてからは騎乗するアルバートとも別々になり、宿の部屋も当然別だったので、あまり交流の機会がないまま、目的地へとついてしまった。
「ここが、王都の公爵家……」
馬鹿でかい公園か何かに迷い込んでしまったような前庭には、よく手入れされた植物たちが咲き乱れ、中心には大きな噴水まである。
その奥に見えるお屋敷も当然馬鹿でかく、男爵家の5倍はありそうな建物だった。
「こっちだ、セレスティア嬢」
「は、はい……!」
アルバートに案内されて、屋敷の入り口へと向かう。アルバートが扉の前に立った途端、内側から扉が開かれた。
中から現れたのは、品の良い佇まいで立派な執事服を身につけた老年の男性だった。
「お帰りなさいませ、アルバート様」
「ああ」
「そちらの方は……?」
目を凝らすようにして、こちらを見つめてくる。
「リゼル村で出会ったセレスティアだ。彼女と婚約しようと思う」
「なんと……それはまことですか!」
執事さんはあんぐりと口を開けて、私を見つめた後、目を細め、皺を深くしてにっこりと笑った。
「苦節40年……アルバート様にお仕えして来て、こんなに喜ばしいことはございません!」
「大袈裟だ」
「そんなことはございません。セレスティア様、どうか、アルバート様を末長くよろしくお願いいたします」
「あっ、はい、こちらこそ……!」
執事さんと二人でお互いに深々お辞儀をしあう。良かった……公爵家の方々にどんな印象を持たれるか不安だったけれど、とりあえず執事さんには歓迎されていそうだ。そんなやりとりを終えてから、屋敷へと足を踏み入れた。
入ってすぐの玄関ホールに、数名のメイド姿の女性がいた。
「「「お帰りなさいませ、アルバート様」」」
「ああ。彼女に部屋をあてがってくれ」
メイド達の視線が、一斉にこちらに向けられる。心なしか険しい視線だった。
そんな彼女達の視線に割り込むようにして、執事さんがやって来た。
「何分急なことですから、部屋の準備には少々お時間がかかるかと……長旅でお疲れでしょうから、セレスティア様もアルバート様も、どうぞこちらへ」
そういって、玄関ホールの奥にある応接スペースへと案内してくれた。
「お茶をお持ちしますので少々お待ちください」
「あ、はい! ありがとうございます!」
にこにこと笑みを浮かべて、執事さんが去っていく。
「とても良い方ですね」
「ああ」
「それに、とても大きいお屋敷で驚いてしまいました」
「そうか?」
口数は少ないけれど、嫌な雰囲気ではなかった。と、足音が近づいて来た。執事さんが帰って来たのかと顔をあげると、一目で高級と分かるドレスを身にまとった女性がいた。
「母上」
アルバートが何気ない口調でそう言った。それだけで、私の頭は真っ白になった。
「アルバート! セバスチャンから聞いたわよ、婚約者を連れて来たんですって⁉︎」
騒がしいが、はっきりとした綺麗な声だった。
「あら?」
アルバートと同じ、綺麗な藍色の瞳がこちらを向いた。突然の来訪にすっかりフリーズしてしまっていた私は、慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「初めまして、セレスティア・アルトハイムと申します」
「あらぁ……男爵家の?」
アルバートとよく似た藍色の瞳が、まるで値踏みをするかのように、私の爪先から頭のてっぺんまで動いた。
その顔に、一瞬、期待はずれだといわんばかりの失望が浮かんだのを、私は見逃さなかった。
「よく来てくれたわね、セレスティアさん。わたくしはアルバートの母のダリアよ。良かったら、このお屋敷を案内させてもらえるかしら?」
にこりと、取り繕ったようには見えない笑顔でそう言ってくれた。
……そうだよね。せっかくこんなにイケメンに育った息子が連れて来た婚約者が、こんなに太ってたら残念だよね……。おまけに自身は、年齢を感じさせないスマートな体格の美人だ。
それでも、表面上の態度には決して出さないダリアは、良い人なのだろうと思った。
「さあセレスティアさん、どこに行きたいかしら? 舞踏室も晩餐室もとても広いし、図書室や遊戯室なんかもあるのよ? 自慢の庭も見ていただきたいわ」
「あ……では、行きたい場所があるのですが……!」
閃いた私は、両手を握りしめて、ダリアを見上げた。
「ええ、どこから行こうかしら?」
「キッチンに……」
「へ……?」
「キッチンに、案内していただけませんか?」




