旅立ち
太陽はすでに真上近くに登っており、残された時間は、あとわずかしかなかった。
ミアに手伝ってもらい、慌ただしく荷造りを進めていく。
「生蜜は袋に入れて、湯煎済みはこっちの袋……。わかりやすい目印がいるわね……。あ! 昨日焼いたクッキー、おやつに持って行こうかしら……」
「セレスティアさま⁉︎ 甘味より生活用品を優先しませんか⁉︎」
そんなこんなと荷物をまとめ終わる頃には、窓から差し込む日差しが強くなっていた。
あれ? これ、間に合うのかな?
「早く向かいましょう!」
文字通りミアに背中を押されて、荷物を抱えた私は教会を飛び出した。
「セレスティアさま、あたし、荷物持ちますよ!」
「いいのよ、ミア。これは私の荷物だもの……」
「こんな時くらい頼ってください! この速度じゃ間に合わないかもしれません」
「……そうね。じゃあ、半分お願いします」
なるべく軽い荷物をミアに手渡す。どこか呆れたようにミアは受け取ってくれた。
「セレスティアさまってほんとうに……良い意味で、貴族らしくないですよね」
「そ、そうかしら?」
本当の生まれは日本の一般家庭だからね。
そんなやりとりをしつつ、早足で教会から村の入り口を目指す。一度馬に乗り旅立ってしまったら、きっともう間に合わないだろう。
焦りを燃料に、ドレスをはためかせながら足を進める。
「あ……れ?」
息が少し上がり始めた頃、遠くに、見覚えのあるシルエットが見えた。だんだんと近づいてきて、藍色の髪がはっきりと見える。
「アルバート様」
走る。荷物は重たいし、ドレスも靴も運動には適していない代物だけど、そんなの関係ない。後少しの距離なのだ。なんだか、今は一刻も早くアルバートに会いたかった。
「セレスティア嬢」
私に気づいたアルバートも駆け寄ってきた。ようやく目の前に来た瞬間、私はまた、がっくりと膝から崩れ落ちてしまった。
「大丈夫か……⁉︎ また腰が……?」
「いえ……その……ホッとしたら、力が抜けてしまって……」
私の言葉に、フッと柔らかくアルバートが微笑んだ。見たことがない表情だった。
「そうだな、おれもホッとした」
「え?」
「その荷物。一緒に来てくれるんだろう、王都に」
「あ……は、はい!」
かがみこみ、片手を差し出してきたアルバートの手に、自分の右手をそっと重ねる。何度も剣を振るってきたのが、素人の私にもわかる、硬くて逞しい手だ。
立ち上がり、照れ臭さではにかんでしまう。アルバートはもとの仏頂面に戻っていたが、心なしか、どこか嬉しそうだった。
「持とう」
「あ、ありがとうございます……」
「そちらも」
アルバートの視線に目を向けると、ミアがうっすらと涙を浮かべて微笑んでいた。
「良かったですね、セレスティアさま! アルバートさま、よろしくお願いいたします」
そう言って、深々と頭を下げて、ミアは私の荷物をアルバートに手渡す。ミアに大きく手を振り、アルバートと共に再び村の入り口を目指した。彼女への感謝は、手紙をだしてゆっくりと伝えよう。
「アルバート様! セレスティア様!」
村の入り口が見えてくると、エルダンが駆け寄って来た。やはり、時間はあとわずかだったらしい。アルバートから荷物を受け取ると、私にも確認し、荷馬の抱えた鞄に詰め込んでいく。
「こっちだ」
アルバートに導かれたのは、今まで見たこともないほど、大きくて立派な馬だった。毛並みの艶やかさから、大事に手入れされているのが伝わってくる。
「大きな馬ですね……」
「軍馬だからな」
アルバートは馬の金具に足をかけると、慣れた手つきで颯爽と馬の背にまたがった。
「乗れるか?」
そういって、右手をこちらに差し出してくる。その手をしっかりと掴み、金具に足をかけた。アルバートの手助けもありつつ、なんとか馬にまたがることができた。
けど……。
「平気か?」
「はい……ちょっと怖いですけど、慣れると思います……」
「すまないな。次の街で馬車を借りよう。しっかりつかまっていてくれ」
「は、はい……」
うぅ……リゼル村に馬車はないから、こうなるのは分かっていたけれど、緊張する。
心臓の音が聞こえてしまわないか不安に思いながら、私はしっかりとアルバートにつかまった。
馬が走り出す。長距離移動となるためか、速度は思ったよりもゆっくりだった。
こうして、私はリゼル村を出ることを決め、アルバートの婚約者となった。
次回、セレスティアの父視点! 勘当した娘の結婚報告編です。