(10)魔王と勇者
勇者はリティーナを他の兵から見えない物陰に誘い、真剣な顔で話し始める。
「えーっと…まあ、まず、本当のところ、リティーナが魔族ってことは気づいてた。
俺、看破スキルがあるから、相手の真の姿を見通せるんだ。
リティーナに羽と尻尾があることも、当然知ってたよ」
「!?…ってことは、最初から私が魔王だと分かってて、あんなにおちょくってたわけ?
あんた、性格悪いわね!」
すっかり演技を忘れたリティーナが、怒りながら勇者に詰め寄った。
「いや、魔王が羽根付きの魔族ってことは知らなかった。
だから、リティーナが魔王だったなんて、本当に驚いたんだよ。
正直…リティーナが弱すぎて、魔王って聞いた今でもいまいち信じられないな」
「っ……っっっ!…人を馬鹿にするのもっ、いいっ加減にし、な、さ、い、よ!!
こっちがどんな思いで頑張ってたか、悩んでたか、あんた分かってるの!?」
勇者は苦笑いしつつ、胸中を静かに語る。
「ははは…。
俺を口説きに来る魔族がただものじゃないってことくらいは、さすがに分かってたよ?
本当なら警戒して密告するべきだよな。うん。
でも、明らかに恋愛なんて苦手そうなのにさ。
無理して頑張ってるリティーナがだんだん気になってきちゃって…。
なんか、いつのまにか、好きになってた」
「ば、ば…なんでこんな時に告白するのよ!
雰囲気最悪じゃない!ここ、戦場なんだからね!?」
リティーナが気まずくなって目線を外す前に、勇者はすかさず畳みかけていく。
「ふざけて見えるかもしれないけど、俺は本気だ。
リティーナはどう?」
「うっ…。私は…」
リティーナが目と指をそわそわ動かしながら、長時間沈黙する。
やがて、俯いていた顔を上げて、勇者に向き直った。
「私だってあんたのこと…好きだから、さっきみんなの前に飛び出したの。
戦争のきっかけって、人数は関係無いのよ。
今ここで、人間か魔族、一人でも死んだら、絶対にまた人魔戦争が起きるわ。
そして、もし戦争が始まれば、どんなことがあっても、私は女王として、魔王として、あんたたちを殺さなきゃいけなくなる。
たとえ私が死ぬと分かっていても、あんたや人間たちを皆殺しにするまで止まれなくなってしまう」
「ああ、そうだよな。リティーナは魔王だもんな。それが仕事だ」
二人の強い視線がしばし交わる。
どこか満ち足りた沈黙をたっぷりと味わった後、リティーナは先に口を開いた。
「だから…」
「だからな、リティーナ。俺と結婚してくれ。
――勇者と魔王が結婚して、ついでに人間と魔族も和平を結べば、お互い下手なことはできなくなるだろ?」
「っ!もう、最後まで言わせなさいよ!
私だっていろいろ考えて話そうと思ってたのに」
「こういうことは男から言わないと恥ずかしいんだよ。
俺の国の伝統なんだ。許してくれ」
沈黙の中、二人の瞳が徐々に潤んでいく。
こうなれば、言葉はもう、飾りでしかなかった。
「あんたって本当…もう!悔しいわ。
私、なんでか、あんたに一生勝てそうにない。
あんたと出会うまで、私はずっと、ずーっと最強だったのに」
「良いんだよ、勝てなくて。
リティーナは魔王であって、普通の女の子でもあるんだから。
別に、誰かに勝とうとする必要なんてないんだ」
「本当、ずるいんだから…」
表情だけで、互いの気持ちが痛いほど通じ合う。
「これから先、何があろうと、俺は君の味方だ。
…素の君を見せてくれて、ありがとう。愛してる」
勇者は黙ってリティーナに近づき、ゆっくり腕の中に抱き寄せると、優しくその唇を奪った。
リティーナも赤くなりながら目を閉じて、勇者の接吻を受け入れる。
戦場のど真ん中で、人魔最強の夫婦が生まれた瞬間であった。
◆◆◆
それからしばらくして――リティーナと勇者が一緒に魔王城を訪れた翌日のこと。
「もう分かっていると思うけど…。
アルレ、私、勇者に婚姻を申し込まれて、来月結婚するの!
それと、人魔同盟も結ぶから、その事務処理をアルレに任せたいわ」
「もちろん分かっておりますとも。
今ちょうど、王国との協議内容を全て書面にまとめ終えたところです」
いつになく上機嫌なリティーナと話しながら、アルレは脇に抱えた分厚い書類の束を抱えなおす。
「さすが、私の側近ね」
「魔王様、本当におめでとうございます。
…いえ、今は"リティーナ様"とお呼びすべきでしょうか」
「ふふふ。そう呼ばれるのも嫌いじゃないわ」
かつて世界最強だった魔王は…今や、ただの恋する乙女に変わった。
愛すべき勇者が、リティーナの重圧を全部分け合い、恋で一喜一憂するような"普通の女の子"へ変えてくれたのだ。
彼女は、魔国を守る魔王であり、"リティーナ"と呼ばれて喜ぶ一人の少女でもある。
「さてと。本日は何をいたしましょうか」
「そうね。じゃあ、とりあえず、結婚式で着るドレスでも選ぼうかしら。
とびっきり可愛いドレスを選んで、あの勇者を骨抜きにしてやるんだから!」
「かしこまりました、リティーナ様」
忠実な側近は、いつも通り、静かに頭を下げる。
そして、目元の涙をそっと袖で拭いながら、リティーナと勇者の幸せが続くように願った。
――リティーナ様、どうぞいつまでも、お幸せに。
END
★次回、設定資料集を投稿した後、完結済み作品へ変更予定です。
★魔王と勇者の行く末を最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました!
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