(1)勇者の噂
魔王として生きる美しい少女、リティーナ・ディゴ・ベルアーデは、生まれた時から世界最強だった。
まず、1歳で魔王城の門番を国外へ殴り飛ばした。
さらに、10歳で魔王軍騎士団長を国外へ殴り飛ばした。
他にも、数えきれないほどの武勇伝を毎年作り続けている。
リティーナは今年58歳となったが、最初の伝説から今に至るまで、一度も戦いに敗北していない。
散々強さを褒められてワガママな性格に育ってしまったものの、その実力は間違いなく世界最強だと魔国の誰もが断言できた。
「人間ってどいつもこいつも弱すぎるのよ…あーあ、退屈だなぁ…」
「いえ、それは魔王様が強すぎるせいですよ」
「血気盛んに攻めて来たかと思えば、ちょっと小突いただけで逃亡する奴ばかりじゃない?飽きるわ」
「否定はできませんが」
リティーナは、側近のアルレと話しながら、配下が書いた報告書をぱらぱらと読んでいく。
人間から防衛した領土に関する報告や、税の報告、食料の報告。
最後の報告書まで来た時、リティーナの手が急に止まった。
「ん…?勇者と思わしき人物が現れた、ですって?」
「ああ…それは最近ノアズ王国で有名になり始めた人間のことですね。
人間たちは彼を"勇者"と呼んでいました」
「どんな人間なのかしら」
「勇者にふさわしい、武力と知力を兼ね備えた優秀な人物だと聞いています」
「…勇者って、伝承のためにでっちあげられた存在だと思っていたわ。
おとぎ話ではなかったのね。
アルレ、こいつどのくらい強いと思う?」
「まだ詳しいことは分かりません。魔王様ほどでは無いと思いますが」
「そう…」
質問後、リティーナは舐めるように報告書を読み始めた。
黒髪黒目の青年が、情報収集のためにノアズ王国へ潜伏していた魔族を、六人も重体にさせたと言う。
どれも国内だとそれなりに有名な魔族で、簡単に倒せる相手ではない。
「ううん…なんだか気になる…面白そう」
「魔王様、今は忙しい時期ですから、いくらお強いとはいえ火遊びなんてなさらないでください。
人間の国へ勝手に行くようなことは、このアルレが許しませんから」
「分かってる、分かってる。おまえはいつも口うるさい母親みたいね」
そう言いながら、リティーナの目は報告書から離れていなかった。
アルレが幹部会議のために部屋から退出した後も、一人でじっくり報告書を眺める。
「さーて…アルレも居なくなったことだし、早速"勇者"を見に行ってみましょうか!」
◆◆◆
瞬間移動魔法の詠唱を終わらせてノアズ王国へ移動すると、賑わう人々の声がリティーナに降り注いだ。
リティーナは、ノアズ王国の裏路地からひっそりと市場へ出ていく。
ノアズ王国は、以前リティーナが来た時より活気にあふれている。
「やあ、そこの可愛いお嬢ちゃん!トゥイの実を買ってかないか~」
「新鮮なオリーヌはいかがですかー!」
黒い羽と尻尾を隠蔽魔法で隠したリティーネは、18歳くらいの人間に見えるだろう。
銀色の長髪を靡かせて歩く姿は、どこからどう見ても無害で儚げな美少女だ。
ノアズ王国に滞在できる時間は限られているので、素早く市場を抜けて、情報屋が居る区画まで直行する。
「少しお聞きしたいことがあるんですけど…」
「おうよ!何だ?」
「勇者様がどこにいらっしゃるかご存知ですか?」
「お嬢ちゃん、勇者様を見にきたのかい?」
「はい、どうしてもお会いしたくて!」
「おお~、これが"ファン"ってやつか」
「"ふぁん"…とは何ですか?」
「勇者様が生まれた国の言葉で、信者という意味があるらしい」
「へぇ…」
「勇者様は週に一度、教会で平民の声を直接聞いてくださるんだ。
ちょうど今日がその日だから、今から教会へ行けば間に合うと思うぞ」
「…ずいぶんと呑気に生活していらっしゃるんですね」
「ん?まあ、それだけ強いってことよ!
もし魔族が殺しに来ても勇者様なら瞬殺できるからな」
「ふーん、そうなんですか。えーっと…ありがとうございます!これお礼です」
「おっ、気がきくねえ!どういたしまして」
人間の情報屋から得た情報によれば、勇者と接触することは簡単そうだ。
教会で不特定多数の平民と触れ合うなんて、よほど実力に自信があるのだろう。
リティーネは真紅の目を細めて微笑む。
情報屋から出たリティーネが向かった先は、もちろん教会だった。
10話完結・約2万4000字の中編連載です!
※最終話まで執筆済みなので、毎日投稿するつもりです。
※小説作法(一字下げや三点リーダー)は無視し、勢いと見やすさを重視しています。