第59話 慈悲
深い深い闇の中。
時空の深淵とも思える、不思議な空間。
サプンとウセルは、その上下左右も判別できない空間に漂っていた。
思考だけが存在する暗闇の世界、自分は本当に存在しているのかさえ理解不能な空間。
「ウセル……」
「サプン様、ご無事で?」
「無事……じゃねぇよな、コレ…」
「俺達って消されたんスかね?」
「消されてこうして話ができるかっつうの。
とはいえ……」
会話は成立している。
と言う事は、自身達はここに確実に個として存在している、という事なのだろうか。
それすらサプン達には確信が持てない、というよりも理解が及ばない。
一体、ムサシという小僧は何をしたのだろうか。
それ以前に、あの小僧がなぜこの世界に居てムサシを名乗っているのかも未だにわからない。
思考さえ何か圧縮されているような感覚で漂う二人に、突然声が届いた。
その声に聞き覚えはない。
『ほほぅ、お前達がジュピアの残滓だな。』
「な!なんだ!誰だ!」
「コレ、声…なんスか?
俺達以外にも誰か居るんスかね?」
『なぜイオリがお前達をここに放り込んだのかは解らないが』
「イオリ?ここ?」
『ここはイオリの精神世界と言ってもいい空間だ。
何も存在しない、上下左右もない、光すらない、言わば牢獄。』
「てめぇは誰なんだ、つかてめぇも同じように捕まってんのか?」
『私は茨木童子。お前達の元ジュピア殲滅に携わった鬼だ。
私はイオリの魂と同化し、こうして意識外の補助をしているんだよ。』
「……」
「サプン様、これってどういう……」
「つまりは私達はあの小僧の精神世界に閉じ込められたって訳か。」
「精神世界って、普通の人間ごときがそんな事できるもんなんスかね?」
「要するにあの小僧は人間じゃねぇってことだろ。あの武蔵ってのと同じなんだろうよ。」
「ってこたぁ……」
「私らはもう逃げ場はない、このまま消されるだけ、なんだろうな……」
「はぁー……終わり、ってわけっスね……」
「ああ、終わりだな。」
『バカめ、そう簡単にお前達を楽にしてやる訳がなかろう。』
「なんだと?」
『あの子がこうしてお前達をすぐに消さず確保したと言う事は何か考えがあるんだろう。
もっとも、その考えというのは私も知らないがな。』
茨木童子が言っている事は、消滅させるならとっくにそうしているし、それだけの力を持っている。
にもかかわらず確保し保存しているというのは、そういう思惑があるからなのだろう、と。
ただ
それはイオリ、つまりムサシ本人にも明確な答えを持っていない。
漠然とした今の状況こそがベストなのだと言う事を理解しただけに過ぎないのだろう。
『あるいは……』
「うん?」
『お前達に何か価値を見出したのかも知れないな。あの子の自覚はないにしてもな。』
結局のところ、サプン達をここに放り込んだ理由は誰にもわからないと言う事らしい。
ムサシ本人でさえ。
根底にあるのはムサシが感じた違和感、ジュピアの欠片の変化を察したと言う事のようだった。
しかし、結果としてこの処置が間違いではない事は後日証明されるのだが、それはこの世界に大きな禍根を残す一つの事象でもあった。
『さて、私もヒマしていた事だし、お前達で遊んでおく事としようか。』
「……」
その時が来るまで。
サプンとウセルはこの精神世界で茨木童子のオモチャになるのだった。
―――――
「なッ…なんだコレ……」
「全然効いてない?」
「こいつ……」
「キシキルヤバいよこいつ!」
全身を快感で覆いつくし、思考を性行為一色に染め上げ精神を支配するというサキュバスの術。
人間どころか魔族にも効果がある事は実証済みだし、なによりその能力は彼女達の存在意義の核でもあったはず。
しかし、だ。
ムサシはおろか、ヴァーリオにも彼女たちの術は一切効いていないようだった。
ジュピアの欠片を消し去った、いや、別世界へと閉じ込めたムサシはしばしその場に立ち尽くし何やら考えていた。
その隙を狙い術を掛けたのだが何も起こらなかったのだ。
ヴァーリオも同じだった。
そんなムサシは、握り締めた手を広げ、今しがたまで忘れていたと言わんばかりにキシキル達を見た。
その眼光には有無をも言わせぬ圧、そして安らかな光さえも垣間見えたようだ。
さらには、それ以上の圧倒的な威圧感と力をも。
「キミ達は俺に用が?」
「くッ!なんなんだよコイツ……ま、まぁそう言う事よ。」
「で、何の用?」
「それをお前に言う必要はないでしょう。大人しく快楽の淵に沈むと良いわ。」
「??」
「こ、コイツ…純朴なのか天然なのか…キシキル、術が効かないみたいだけど……」
「でも、ヤるしかないでしょう。全力だよ!」
と、そんなやり取りの中一足飛びにキシキル達に襲い掛かるヴァーリオ。
切り傷を与えたものの、そこまで深く入り込んだ訳ではないのでキシキル達は腕をやられただけだった。
腕を切られ術も消えたキシキル達に向かって、ひどく冷酷に、かつ淡々とヴァーリオは言う。
「魔族の恥さらしめ……消えてしまえ。」
「なッ!お…お前は一体!!」
「エイシェト、切られたよぅ……」
「ええい泣くな!私も切られたよ!」
「ヴァーリオ!ごめん!ちょっと待って!」
「ムサシ様…どうして……」
「ヴァーリオ、今魔族のって」
「この者達は魔族で、吸血鬼族の眷属なのです。」
「吸血鬼?」
「ヴァンパイアと呼ばれていますが、その女王ヘカテイア様からこの者達の処分を下知されているのです。
魔王様からもそのように通達が出されています。」
「処分…だって?」
「はい。この者達は……」
ヴァーリオは事の詳細をムサシに伝えた。
曰く
キシキル達は元々吸血鬼族としてデミアンの南西部で静かに暮らしていたらしい。
人間との交わりとしては時折“ある物”と引き換えに精力を頂いている程度だったと。
そもそもヴァンパイアはそうした人間の精気は必要としていないらしいが、少し系統が異なるサキュバス達にとっては御馳走になるのだとか。
それ故に長い間共存し特に問題もなかったそうなのだが、数年前の事。
どういう理由かは不明だったが、キシキル達は欲の赴くままに人間を襲い精気を奪うという行為に及んだそうだ。
歯止めも効かず女王の諫めも聴かず、困った女王は彼女達を隔離しようとしたらしい。
が……
「この者達は私達魔族の探索が及ばない場所に身を隠し、悪行を繰り返してきたのです。」
「……」
ムサシはヴァーリオの説明に少しの違和感を覚えた。
魔王やマオ、マミから直接聞いていたが、そもそも魔族は人間のような“欲”は希薄だったはずだ。
がしかし、吸血鬼一族、とりわけサキュバスやインキュバスのような性欲の権化と認識される存在も確かに存在するのだと。
現に目の前でおびえている4人はそのサキュバスなのだ。ただその能力は、自らが存続するために必要不可欠なものでもあるという。
とはいえ、それを己が欲の発散の為に行使する事、ひいてはそれが人間に害を及ぼすともなれば……
明らかな矛盾、しかし、理に適っているともいえる関係性。
どこか歪んでいるように思えるそれは、果たして正しい事なのだろうか。
ムサシが覚えた違和感は、まさにそこに集約されていたようだ。
「ねぇヴァーリオ。」
「はい。」
「隔離するはず、ってことは消すべきではない、と言う事でいいのかな?」
「あ、いえ、それは……」
「処分って、具体的にはどうするのさ?」
「ヘカテイア様からの命では、存在を抹消せよ、と。」
「抹消……」
そう言うとムサシは改めてキシキル達を見る。
「ヒッ!!」
と少し怯え身構えるキシキル達。
そこにムサシが何かの術を掛けた。
ムサシ自身その術の詳細は分かっていないのだが、魔力ではない力による捕縛の術だったようだ。
「なッ!なんだコレ!!」
「縛られた!!」
「動けないよぅ……」
「あぁ、でもコレはコレで……」
「ヴァーリオ、ごめん……」
「はぁ…まぁ、ムサシ様ならこうなるかも、とは思っていましたが……」
「俺にこの人達をどうこうする理由も権利もないけど。」
「ムサシ様…」
「何となく、放って置けないんだ。ごめんね、ヴァーリオ。」
「そ、そんなこと!……でも、ムサシ様らしいです。それで、なのですが。」
「うん。この後の判断や処置は、そのへカティア様だっけ、その方に委ねよう。」
「へカティア様って!」
「イーやーだー!!」
「怖いよぅキシキルぅ…」
「お…おしおき……」
そんな狼狽えているのかどうか今一わからないキシキル達を縛り上げていると、いつの間にかそこには誰かが居た。
気配も何も感じなかった、というよりも、そこにいる誰かは本当にそこに存在しているのかすら疑問でもある。
「苦労をかけましたね、ヴァーリオ、そして、貴方がムサシ…ですね。」
「へカティア様!」
「この人が…女王様……」
「「「「 い…イヤぁー!! 」」」」
そこには、魔王ゴライアスでさえ一目置いているというヴァンパイア族の女王、へカティアが酷く冷たい目をして立っていたのだった。




