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第58話 ジュピアの消滅

 「く、くそぅ……」

 「っサプン様、大丈夫ですか……」

 「大丈夫なわけあるかよ。しかしこれじゃ……」


 ムサシとヴァーリオに押さえ付けられているジュピアの欠片は、もはや動ける状態ではない。

 しかもこの状況から逃げる事さえできない。


 (こんなはずでは……)


 サプン達が思うのはその一点だった。

 そもそもの話。

 あの大阪夏の陣においてムサシ、つまりイオリ達に敵わないと悟ったからこそ逃げてきたジュピア達だ。

 邂逅し接敵すればどうなるかなど陽の目を見るよりも明らかだ。

 だが、これ程までとは思いもしなかっただろう。

 逃げに徹すればいいだろうと思っていたのは事実ではあるが、それ以上に力というか存在自体が弱体化しているようにも感じていたのだ。 

 それが今、こうした形で明らかになってしまった。

 そしてそれ以上に。

 自分たちの思考、いや、思想どころか存在自体が変化している事にも気づいてしまったようだ。


 (もはやこれまで…なのか……)


 そんな思惑を知ってか知らずか、ムサシは冷酷にジュピアの欠片に告げる。


 「さて、じゃあ消えてもらうよ。」

 「くッ!!」

 「ちくしょう……」


 さて、どうしようか、と。

 実のところ、ムサシ自身も迷いが生じていた。

 ジュピアの欠片、今この状況においてはこれらを消滅させることは容易いことではある。

 今のムサシはあの時よりもはるかに力を増しているし、その程度の事は造作もないだろう。


 でも、だ。

 感覚として感じる違和感。

 サプンという主体と思われる方が、分身と思われるウセルを庇っている。

 その行為自体、この存在達が変質している事を表している。


 ムサシ、いやイオリがジュピアの欠片を消滅させなければいけないと思ったのは、ジュピアはそうした情のような思考感情を全く持っていない、悪を悪と認識しないからだ。

 害悪は放置すれば濃度は増し浸食し伝播し拡散する。

 だが、そこに微かに存在する善意、あるいは良心とでもいうべき輝きがあったとしたら。


 即座に消滅する事こそ目的。

 悪意から脱却できるかもという希望。

 相反する事象は判断を鈍らせる。

 おそらくは果てのない問答のループに陥るであろう難問と言えるだろう。

 それに、だ。

 今でこそそう思わせる振る舞いを見せているジュピアの欠片だが、これまでの悪行が許されるはずもなく、その事実は消える事はない。


 だから、だ。

 ムサシはその迷いを一蹴した。

 拘泥する事をやめた。


 「じゃあ、消えろ。」

 「「 ッ…… 」」


 そう言ってムサシは、サプンを取り押さえたまま左手を天にかざした。

 その掌から出たのは、漆黒の渦のようなものだった。

 漆黒の渦は瞬く間にサプンとウセルを飲み込んだかと思うと、ムサシの掌へと戻っていった。

 そして、この地上からジュピアの欠片の気配は完全に消滅したと同時、覆っていた結界は消えた。


 「ひとまずは……これで……」

 「ムサシ様?」

 「ありがとうヴァーリオ。」

 「え?あ、はい。」


 あっけにとられるヴァーリオだったのだが、それはムサシが何をしたのかが理解できないからだった。

 信じられない光景、今まで見たことも聞いたこともない、魔法なのか何なのかすら判断できない現象。

 いとも簡単に、それこそ火球の魔法を放つよりも安易に、そんな現象を起こしてジュピアとやらを消した。

 いや、あれは消したのではない…のでは?

 ヴァーリオはこの時、その未知なる力に少し恐怖を覚えたようだ。


 そんな様子をただ立ち尽くしてみていた4人の女たち。

 信じられない光景に、言葉すら失ったようだ。


 左手のこぶしを握り締め、何やら物思いに耽るようにこぶしを見つめ佇むムサシ。

 それは傍観する事しかできないサキュバスの目には、ムサシはこの上ない脅威に映ったのだろうか。

 あるいは。


 (ちょ!ちょっとキシキル!あいつヤバいって!)

 (何だ……あれ……)

 (こ、怖えぇ……)

 (あ、でもカッコいいかも……)


 ほんの一瞬、サプンとウセルとのやり取りだけで、圧倒的な彼我の実力差は理解できたのだろう。

 ここでムサシ達に手を出すのは危険だと悟ったようで、キシキル達は既に逃げる算段を始めていた。

 だが。


 「さぁ、その勇者を虜にするんですよ。」

 「サ!サヴォイおまえ!」

 「逃げようなどと思わない事です。パピヤス様の寵愛などこの場では関係ありませんし意味もありませんよ。

 何より、敵前逃亡など私が許すはずがないでしょう、クッククク……」

 「キシキル…どういう事?」

 「あの野郎、私達を捨て駒にする気、なんだろうよ。」

 「これは異な事を。あなたたちの実力を見込んで彼を篭絡する事が目的なのですよ。

 捨て駒にするならまた違う所で正直に伝えますので。」


 キシキル達には朧気ながら理解している事があった。

 このサヴォイという存在、従順なパピヤスの下僕として存在しているハズなのだが、時折その関係性が捻じれていると思える場面があった。

 黒幕。

 実はこのサヴォイこそが、裏で全てを司っているのではないのか、と。


 (ちッ…逃げ場はない、か……)

 (キシキル?)

 (エイシェト、やるわよ。あのムサシとやらを篭絡する。)

 (イケそうなの?)

 (わからない…けど…やるしかなさそうね……)


 サヴォイの冷酷非情さは、トレイトンの者、特に王宮内の者であれば誰もが知っている事。

 さらにはその実力も、トレイトン王国においては頂点にいる事も。

 ここで逃げれば自分たちは消される。

 それはまず確実な事だと、キシキルもエイシェトも、アグラットもナアマも認識している。

 パピヤスはもとより、サヴォイの命令も絶対なのだ。

 だがしかし。


 (こいつに挑んで無事で済むとは思えない……だけど……)


 ムサシには敵わない事は明白だと思った。

 直接の戦闘など自殺行為だと。

 できる事は色仕掛け、あるいはムサシの思念に入り込み堕落させて虜にする事だけだ。

 


 「仕方ない……みんな!トレンチプレジャー行くよ!」

 「わかった!」

 「うん!」

 「はーい!」


 意を決したキシキル達は、ムサシとヴァーリオを囲む。

 そして


 「さあ!快楽の深き溝へと堕ちるがいい!」


 自分たち最大の、最高の誘惑の能力、その力の限りを使ってムサシ達に術を仕掛けた。



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