第57話 コンタクト!
ムサシとヴァーリオは、魔王城を経由してエスト王国へと向かっていた。
デミアン王国では、何と言うか至れり尽くせりの歓待を、というか労いを受けたのだ。
ムサシとしては、「なんで?」といった感じなのだが。
魔王とマオ曰く
「ヴィーヴルから真実は聞いた。本当にご苦労だったな。」
「オレ達ではできなかった仲裁をやってのけたんだ、ホントに凄い奴なんだなムサシ。」
「あ、いや、でもそれは……」
「でな、魔王としてこの事は少しアレンジしてな、ロプロスに近い村々に伝えたのだよ。
お前が龍族の怒りを鎮めたって、な。」
「……は?」
「まぁ、事実だし、人間としてはどのみち為す術は無かったしな。」
「ってわけでだ。これはオレ達からの感謝のもてなしだよ。遠慮なく寛いでくれよ。」
「あー、それはありがたいんだけど、なんでマミがべったり抱き付いてんの?」
「細かい事気にしちゃダメだよ、あは。」
そんな感じだった。
実は魔王の元へはヴィーブルと共にラミャが随行していた。
マリューにはムサシの一件をあまり知られたくない、という考えもあったのだろう、一緒ではなかった。
あの死闘の折もマリューには用事を指示しあの場に居合わせないようにしたのだそうだ。
そして今回の報告においても、それは同じだったようだ。
もっとも、それ以外の意味もあったようだが。
ヴィーブルがゴライアスに伝えた事は、そのまま事実だった。
ただ、その背景、つまりは龍の鱗の顛末に関しては人間側の真意というのが理解できない、と経緯だけを話したようだ。
そうしてデミアンで一休みしてから、今はジパングへ帰還している最中だった。
エスト王国を経由し、ラディアンス王国を経てからジパングに戻る予定だ。
それぞれの王国としても、今回の騒動というか危機に関しては極度の緊張感を持っていたから、顛末を報告し危機は去った事を伝えなければならないから。
もっとも、既にゴリやマオによって一報は伝わっていたようだ。
ラディアンスから南西の諸国に対しても、同じように話は伝わったらしい。
そしてそれは、この大陸に“勇者”なる存在が現れた、という噂をも生み出した。
吟遊詩人なる伝道者が、どこから聞きつけたのかあの一件を物語風にアレンジし、なおかつある事ない事虚実ごちゃまぜで広めていった。
大衆娯楽の小説や演劇、子供が見るような絵本等々、創作の中でしか登場しない架空の英雄“勇者”。
それは遥かなる時空の上流において、神話の中で語られたジークフリードやミシェル・ネイなどの名もあったが、その定義というのは実は曖昧であった。
英雄を超えた英雄、そうしたざっくりとした存在故に、むしろ人々は希望を託しやすいのだろう。
しかし、それを決める者というのは存在しないし、そもそも勇者そのものも実在しない。
だからこそ、人間がどうこうできない事象に対して対処できたというムサシに、希望を込めて“勇者”という称号を付与したのかも知れない。
そんな噂は、必然的にトレイトン王国にももたらされる。
パピヤスにとって、そんな人間に希望を抱かせる存在は看過できないのだが、その思想を知る者はトレイトン王国の重臣以外知る者はいない。
そして、当然ムサシ達とてわからない事でもあったのだ。
夕日がそろそろ山の稜線に隠れようとしている時間、ムサシとヴァーリオは野営する場所を探している。
途中の村々で、なにやらたくさん食料を分けてもらっていたので今夜は少しごちそうになるだろうと、二人ともちょっとウキウキしていた。
とはいえ、基本燻製肉と豆、葉野菜の炒め煮がメインだ。
いわゆるポークビーンズ、あるいはチリコンカンのようなものだ。
意外とヴァーリオはその手の料理が得意なようで、ムサシもヴァーリオの豆料理は大好きなのだ。
「ムサシ様、あの辺りが良いのでは?」
「あ、そうだね、水辺もあるし馬も繋げられそうだしね。」
「夜風もきつくなさそうですからね。では、あそこにしましょう。」
「うん。」
そう言って、少し開けた原っぱで野営の準備を始めるムサシとヴァーリオ。
太陽は山に隠れ、空は茜色から青紫へと移ろい、一番星たる金星がひと際輝きを増してゆく。
逢魔が時。
昼と夜、人間界と妖魔界が交わる時と昔から言われている。
実際夜行性の存在はこの時から活動を開始する事から、そんな比喩的な表現としても言われているのだろう。
だが、この時はその言葉がそのままの意味を持っていた。
「ムサシ様。」
「うん。」
かすかに感じる普通じゃない気配。
一つじゃない、多数の気配。
ムサシはこの気配の幾つかに覚えがある。
ヴァーリオも、それとは別の気配の記憶を持っていた。
その気配は、二人に確実に忍び寄っている。
「ヴァーリオ。」
「はい。」
「ひとまず無視しよう。」
「え?」
「何か仕掛けてきたら俺が対処するよ。これは恐らく……」
「わかりました……」
にわかに覚えのある気配。
というよりも。
追い求めていた存在、そのものの気配。
あの時に触れた気配で間違いないとムサシは確信した。
したのだが……
(俺から逃げていたはずのジュピアが何で今ここで……)
ムサシがそう思うのは当然だろう。
逃げられないと覚悟を決め出てきたのだろうかとも思ったのだが、そもそもそんな殊勝な思考などジュピアには無いはずなのだ。
まして力の差は歴然としていたはずで、接敵しようものならまず勝てない事も理解しているはず。
なのに。
(サプン様、ホントにあの小僧に仕掛けるんスか?)
(マジだ。だけどな、仕掛けるだけだ。)
(それってどういう……)
(焚きつけるだけ焚きつけてあいつらに振っちまうぞ。そんでとんずらだ。)
(…うまくいきますかね?)
(まぁ、最悪お前だけでも逃がすから心配すんな。)
(はぇ?……サプン様?)
(んだよ?)
(どういう風の吹き回しっすか?)
(ん……あれ?…なんでだろな……)
そんな事をこそこそと話しながらムサシ達に迫るジュピアの欠片。
その後ろにサキュバス達を引き連れて。
ムサシ達はまだこちらに気づいていない、そんな感じで野営の準備を進めているのだが。
もちろんそんな訳はなく、サプンとウセルもそれは気づいている。
ならば、と
音もなく突進し所持していた剣と槍でムサシを襲った。
だが、その攻撃は躱されたばかりか、逆にムサシとヴァーリオによって反撃されてしまった。
サプン達の武器を捌いたところで、ムサシはサプンの腕をガッシリと掴み関節を決めたうえで地面へとたたきつけた。
ヴァーリオは同じくウセルの槍を躱すと肩口に短剣を突き刺し、やはり掴みながら地面へと投げその動きを封じた。
「ぐぁッ!!な…なぜ!?」
「い、いてぇ……」
「ようやく見つけたぞジュピア……もう、逃がさないからな。」
「くッ…こ、小僧!」
「サプン様!」
「ウセル!逃げろ!」
「いや、逃げろ言われても!」
「逃げられないよ。ここを封鎖したから。」
「なッ!?」
ムサシはサプン達が間合いに入った所で、白蘭に伝授してもらった結界の術を発動した。
だがそれは、もはや白蘭のそれをも超える完全空間封鎖になっていた。
結界で覆うどころの話ではない。
ここはもはや別空間、異世界のようなものになっている。
「な……なんだコレ……」
「サプン様、これって……」
もはや虜となり逃げる事も不可能となったジュピアの欠片。
それを察したかのように、サプンとウセルは力が抜けがっくりと項垂れた。
が、ここでムサシは違和感を覚えた。
何が、というわけではないのだが、何かこう、こいつらは前と少し違うようなそうでないような、漠然とした違和感。
それをはっきりと認識できたのは、サプンの言葉だった。
「くそぅ…しかたねぇ、小僧、いや、お前に頼みがある……」
「頼みだって?」
「私はどうなってもいい、ウセル…こいつだけは逃がしてやってくれ!」
「サプン様!」
ジュピア、その存在は悪意のままに思考し行動していたはず。
“情”などというものは欠片も所持していないハズだった。
たとえ今のような状況下に置かれたとして、そんな言動を発するなどありえないハズだったのだ。
策略として情に訴えかけるという可能性もあるだろうが、もはや逃げる事は不可能だと理解できたはずのジュピアの欠片が、そんな無駄な悪あがきをするとも思えない、とムサシは考える。
この世界に来てからの、ずっと感じていた違和感、というよりも違う空気。
ムサシがそれの正体に気づくことはないのだが、現実として何かが違っている。
それは、いまや囚われの身となったジュピアの欠片そのものも実感しているのだった。
「ムサシ様……」
「ヴァーリオ、ひとまずこいつらは消すよ。そうしないといけないんだ。」
「よろしいのですか?」
「うん、考える必要もなかったよ。俺がすべきこと、それを実行するだけ…だよ。」
「「 ひィッ!! 」」
「ちょっとまてやッ!!」
「「 はい? 」」
「こいつらの事はどうでもいいが、私達を無視すんな!!」
そういえば、と、ムサシは今になってサキュバス達の存在を認識したのだった。




