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第53話 悲しき業の果て

 一面焼け野原となった村。

 生存者は一人として存在しないであろう、破壊の限りを尽くされ焼かれた村。


 そこに佇んでいるのは、サプンとウセルだった。

 滅ぼされた村を眺める表情は、ジュピアの欠片らしからぬ何とも言えない虚無な表情だった。


 「俺が言うのもなんですがね……」

 「あぁ、ひでぇな……」

 「龍族っておっかないっすね。というか。」

 「こうなる事がわかっていてやってんだろ、あのパピヤスって奴はよ。」


 ひと月ほど前にこの村の住民を数名拉致し、一緒に来ていたサヴォイが何やら村人達に吹聴していた事は知っている。

 それが結果としてこのような惨劇に繋がったと言う事は、サプンとウセルには充分すぎるほど理解できた。

 村人、つまり人間と龍族を対立させることが狙いだった、と言う事だ。

 実験体の収集が本来の目的なのか、それともこの惨劇こそが本当の目的だったのか、そこまでは二人には判断材料が乏しすぎてわからない。

 しかし。


 「やってる事は私らよりも悪どいのは確かだな……」

 「サプン様……」

 「私らもたいがいだがな、ただただ殺戮するだけってのは意味がわからねぇ。

 せめてそこから何かを得ようってんならな、少しはわかるんだがな。」

 「そーっすね。俺らはそこから存在するための糧として悪意を取り込む事が本懐っすからねぇ。

 あいつ、もしかすると俺らの本体よりも厄介な存在なんじゃないっすか?」

 「というかだ。」

 「はい?」

 「私らがそんなことを思うってのがまず可笑しいというか有り得ない事だと気づいてるか?」

 「あー、実は……」


 元の世界であれほど悪どい事を悪とも思わず平然と実行していたジュピアの欠片。

 当時は良心などかけらもなく悪事を悪とも思わない、今のパピヤスと何ら変わりない生きとし生けるものにとっての害悪そのものであった事は事実だ。

 しかし、この世界に来てからというもの。

 二人が自覚できる程に、別の視野視点から物事を客観視するようになった。

 それは即ち、悪を悪と認識できる、悪の対にある善というモノを理解するに至るまでに。

 同時に、ほぼ何でもアリの力を行使できていたにもかかわらずここではその力も思うように発揮できない。

 ばかりか、力そのものが弱っているようにも思えたようだ。


 「あんだけ欲に取りつかれた連中から搾取できた悪意なんざ知れてたな。」

 「何つうか、邪魔されてた感じでしたねぇ。」

 「私らに対してそんな事ができる存在なんざありゃしないんだがな。」


 龍の鱗を手に入れるという目的の為、村の人々は強欲、つまり自覚のない悪意に取り込まれていたのは事実だった。

 そんな悪意、人間の負の面を糧としているサプンとウセルにとっては格好の餌食のはずだった。

 が、その行為が満足に機能していなかったと同時に、横取りされたような気もしたのだ。

 その掠め取っていった奴というのが皆目見当もつかないし、自身のような存在がこの世界に存在する事も認識できない。

 二人にとってこの事象は謎でしかない訳だ。


 「どうしたものかな。」

 「でも、あのムサシや小僧、ババァみたいのが居ないだけマシとも言えますけどねぇ。」

 「ドあほぅ。それ以上に厄介なのがわんさか居るだろうがよ。」

 「あー、そうかも……で、どうします?」

 「少し考えねぇとな。まずはパピヤスのトコにこのまま厄介になるか、袖を分かつかの二択だろ。」

 「とはいえ、どっちに転んでも楽ではないっすねぇ。」

 「だな……うん?」

 「あ、誰か来ますねぇ。」

 「って!あれは!!」

 「サプン様!!やべぇっす!!」

 「つぅかなんであの小僧がここに!?ウセル!逃げるぞ!!」

 「ままま待ってくださいよ!」


 瞬時に異層空間へと二人は逃げ込んでいった。





 「これは…酷い……」

 「龍神の怒りとは言っていましたが、さすがにこれは……」


 ゴライアスから話を聞き、リヒトの要請で現地へとやってきたのはムサシとヴァーリオだった。

 デミアンまではゴライアスに転移魔法で移送され、そこからさらにマミの空間魔法にてここに送られた。

 そして最初に目についた光景が、これだった。


 「遺体も酷いし、村も壊滅状態じゃないかこれ。」

 「魔王様も言っておられましたが、ヴィーヴル様は手加減というものはしないそうですから……」

 「とはいえ、ここまで……え?え?……何?」

 「ムサシ様?」

 「だ、誰?」


 突然感じた視線と、何かを訴えているような声らしき音。

 ムサシは戸惑うが、それがまだここに残っている村人達の念だと理解するのは早かった。

 それらは無念という感情も在りはするがどちらかというと自戒の念、後悔、そして龍族に対する謝罪の念が強いように感じた。


 『イオリ……』

 「え?か、母さんまで!?」

 『へ?あ、違いますよ?』

 「そ、そうなんだ。どうしたの?」

 『この者達はこのままだと魂の浄化、つまり成仏することができません。』

 「それって……」


 ムサシに宿っている茨木童子、その存在の特殊性から今の状況を俯瞰できているのだろう。

 余程の事がない限り、こうして声として現れる事はない茨木童子が話しかけてきたと言う事は、それだけ事が重大だと言う事なのだろう。

 そしてその真相部分も。

 

 茨木童子はムサシ、つまりイオリに告げる。

 それは。

 

 龍に焼かれた人間は普通、肉体は塵と化し魂も同時に浄化されるというのが元の世界、つまり茨木童子たちが居た時代の常識だと。

 故に、この者たちは龍王の怒りによって肉体が焼かれる苦痛を受けたまま魂が浄化されずに残っているのだという。

 それは龍王の意思か特殊な力、あるいは能力によるものだろうと推測されるとも。

 それほど龍王ヴィーヴルの怒りは凄まじかったということなのだろう。


 「そう言う事か……母さん、わかったよ。」

 『イオリ、あなたならこの彷徨える魂達を救うことができるはずです。

 この者達の行いは許されることではありませんが、それも含めて救わなくてはならないようです。』

 「ならないって……とはいえ、うん。そうだね。」

 『ただ、私でさえ理解できない“何か”があるようです。気を付けるのですよ。』

 「うん。ありがとう、母さん。」

 「あ、あの、ムサシ様?どなたとお話を?」

 「ああ、俺に宿っている鬼、母さんだよ。」

 「な、なるほど例の……(よ、よかった、気が触れたのかと思いました……)。」

 「ヴァーリオ。」

 「は、はい。」

 「龍族の里に行くよ。」

 「どうなさるおつもりですか?」

 「とにかく“正しい情報”が欲しい、かな。

 本当のことを理解したうえで止めないと。

 こんな事は人間にも龍族にとっても悲劇だし、何一つ益がない事だからね。」

 「そうですね……」


 ムサシ、そしてヴァーリオはそうしてこの地を後にした。

 彷徨える魂達に、再びここへ来ることを告げて。


 「さ、行こうか。」

 「はい。」


 魔王に匹敵するとも、それ以上とも噂されている龍王ヴィーヴル。

 その居住域であるロプロス領、つまりは龍族の里へと二人は向かうのだった。

 


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