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第50話 ただいまジパング!

 早朝、晩春の日差しが眩しいヒミの港に、ムサシとヴァーリオは降り立った。

 もうすぐ初夏、それも早朝というのに気温は異常なほど高く、ムシムシとしていてただ立っているだけで二人は汗だくになっていた。


 「あっづぅー……」

 「ホントですねー、恐らくは40度を超えてますねコレ。」

 「ここって、こんなに暑い所なの?」

 「時と場合によります。今日は特に稀な日なのでしょう。」

 「んじゃこれって、フェーン現象か何かって事か…」

 「フェーン現象?」

 「えーっとね、空気が山を越えると気温が上がるっていう奴だね。」

 「あ、リヒート現象の事ですね。とはいえ……」

 「うん?」

 「ここまで暑いというのも近年無かったはずですよ。」

 「ふーん……」


 北陸地方は、時にフェーン現象により高温にさらされる時がある。

 冬は豪雪が多く涼しい土地と思われがちな場所ではあるが、実際は太平洋側と同じくらい夏は暑い。

 もっとも、こういう時は内陸の甲府や飛騨といった盆地ではさらに暑くなるのだが。


 「さて、帰ろうヴァーリオ、アルプスに。」

 「はい。帰りましょう。」


 街外れにある貸し馬屋で馬を借りる事にしたムサシ達。

 店に入り店主にその旨伝えると


 「リヒト様よりご予約が入っていましたので!」


 なんとリヒトは貸し馬屋に既に手を回していたらしい。

 もっとも


 「ムサシ様とヴァーリオ様に当店をご利用下さったことは何よりも光栄にございます!」

 「あ、はぁ……」

 (既に噂話はかなり広まっているようですね……)

 (い、良いんだろうかコレ……)


 「そ、それで、あの、ムサシ様、ヴァーリオ様。」

 「はい。」

 「お手を煩わせてしまいますが、お願いがございまして……」

 「えーっと、何でしょう?」

 「この反物にお名前を書いては頂けないでしょうか!」

 「へ?」

 「ふふふ、いわゆるサイン、というものですね。ムサシ様、良いのではないでしょうか。」

 「そ、そうなの?まぁ、良いけどさ。」

 「ありがとうございます!」


 と、店主はややべっとりとした墨みたいなものと筆を持ってきた。

 墨と思われた物は、墨に油を混ぜたもの、言わばマジックインキみたいなものだった。

 聞けば、乾燥すれば水に濡れても滲んだり消えたりしないんだそうだ。

 若干書きづらくもあったのだが、ムサシはきちんとジパングの言葉で『ムサシ』と書いた。

 対してヴァーリオは、なんというか少し崩したような字面で慣れた様子で書く。

 なんというか、カッコいい筆記だと思ったムサシであった。


 そんな一幕もあったヒミを後にし、南へと下っていく。

 薄暮の頃には高宮城に着くだろう。

 途中途中の駅で休憩していると、誰彼から声を掛けられたりと休憩にならない具合ではあった。

 中にはムサシを拝み倒す人までいた始末で、ムサシとしては何ともやりにくいと思ったようだ。


 結局、高宮城に到着したのは日もとっぷりと暮れた宵の口の頃だった。

 城の門前まで来た所で、ムサシは驚いた。

 リヒトを先頭に、フォスやヴァロ、ヒカリ達側近の者全員が出迎えてくれたのだ。


 「リヒト!」

 「おかえりムサシ!待ちわびたぞ!!」

 「おかえりなさい!」

 「おかえりー!」

 「みんな……うん…うん!ただいま!」

 

 久しぶりに見た、今となってはもう懐かしいと思える面々。

 何となく、嬉しいというか気持ちがいっぱいというか、恥ずかしさよりも嬉しさが勝るような気持ちを、ムサシは噛みしめていた。

 デミアンも居心地がよくてマオやマミはもう親友というよりも兄妹みたいに思えたのだが、ここジパングの面々も、もはや家族のように思える。

 そんなムサシの絶妙な心持を、リヒトもフォス達も、そしてヴァーリオも理解しているようだ。

 

 「さぁ、長旅で疲れただろう、メシもまだのようだな。」

 「あはは、うん…正直、お腹は空いてるかな……」

 「わははは!では直ぐにメシにしよう!」


 夕餉というよりももはや宴会となった夕飯の席で、ムサシはジパングの面々と旅の土産話を話していた。

 が、心なしかヴァロの顔が沈んでいるかのように見えたのが気にかかったようだ。

 それとなく、フォスに聞いてみると


 「ヴァロの親友の事なんですが、先月襲ってきた魔獣に……」

 「……」


 この所、というよりもムサシがこの世界へ来る少し前から、魔獣の迎撃や討伐において犠牲者は出る事がなかったそうだ。

 大怪我を負い普通の生活もままならないという者は居るものの、命を落とすまでは行っていなかった、と。

 もっとも、その前まではそうでは無かったのだが。


 聞けば、その魔獣は先般のウオズでのモンスター程ではなく、今のジパングの兵なら押し返せる程度の魔獣だったらしい。

 しかし、一般の民が襲われるとなると魔獣の程度など関係なく、ただただ脅威でしかない。

 そして逃げる住民が魔獣に喰われそうになった時、ヴァロの親友は身を挺して民を逃がし、それで、と言う事なのだそうだ。


 ムサシがここを発ってデミアンへ向かい、そして帰路においても、同じような悲劇を目にした。

 ヴァロの気持ちは痛いほど理解できるのだが、正直その事についてかける言葉は見当たらない思い浮かばない。


 ムサシとフォスの話が聞こえたのだろう。

 ヴァロは少しぎこちない笑みを浮かべ


 「これも運命だったのでしょう。残念な事ですが、身を挺して民を守り抜いたのです。アイツにとっては本望だったのかも知れません。」


 そう静かにムサシに告げた。

 何も捨て身で挑んだ訳では無い、しかし実力は及ばない事も理解していただろう。

 そこにあったもの、その親友がただ一つ持っていた信念というのは、そういう事なのだろうと思った。


 かつて大阪の陣においての戦でも、似たような矜持を持って戦に挑み消えて行った命があったのを思い出した。

 その時も、相手の兵を、ではなく乱世による被害から民を守りたい、という願いを持って戦に出た人を何人も知っている。


 ムサシは思う。


 『人間とはこのままで良いのだろうか』という疑問は、そんな事実の前では傲慢かつ傍観、つまり他人事の思考でしかないのではないか、と。

 この世界に来て、それはより強く思えるようになったのも理解している。

 それは、この世界の人々がムサシに対して本当に親身になって接してくれたから、なのだろう。

 心と心が繋がる、そんな気すらしてくるほどに。

 その疑問に対する答えは、きっとまだまだヒントすら出ないだろう。

 でも、今のこの世界の人々にとって、その疑問は少しベクトルが違うのかも知れない、とも思えた。


 そんな思惑に没頭しはじめたムサシを、リヒトもヴァーリオも、フォス達も優し気な眼差しで見ていたのだった。




 微妙な雰囲気の内に終わった宴席の後。

 ムサシとヴァーリオは風呂に浸かり長旅の汚れを落とした後にリヒトの私室に居た。


 ちなみにムサシとヴァーリオは一緒に檜の大浴場へと入ったのだが。

 その時のヴァーリオの体は、実は女体であったのだが、ムサシは全く気付いていない。

 ヴァーリオとしては見られたくない、という気持ちの方が大きかったのは事実なのだが、気付かないムサシに対して少しイラついたのも事実だ。

 意図的に女体になった訳ではないらしく、どうも最近その辺りのコントロールに乱れがあるらしい。


 「本当にご苦労であったなムサシ。ヴァーリオも苦労を掛けたな、済まない。」

 「いえいえ、恐縮です。私は楽しかったですし苦労とも思っておりません。」

 「うーん、そうだなぁ…色々と得るものは多かったし、楽しかったと言えばそうかもね。」

 「わははは、まぁ、ムサシならそう言うだろうとは思ったがな。

 で、実際魔法に関してはどうであったのだ?」

 「結論から言うと、魔法を修得した、と言えるかな。ただ……」

 「うん?」

 「きちんとそれを教えて行く事ができるかどうかは、正直自信がもてないんだ……」

 「あー、まぁ、そうであろうな。ゴリもそんな事を昔言っていたな。

 そもそも魔力を所持し、なおかつ魔術を知らぬ者だけが行使できる術だ、とも。」

 「そうなんだけどね。」

 「リヒト様。」

 「何だ?」

 「ムサシ様においては、その“魔力”という要素そのものが実感できていないのです。」

 「なんと!?それなのに魔法を?」

 「あくまでこれは私見なのですが、ムサシ様に限って言えば、ムサシ様はもはやその先に到達しているのではないかと。」

 「うーむ……その意見も何となくだが解るのだが……

 とはいえ、指導そのものは可能と言う事か?」

 「うん。でも、それにはヴァーリオのサポートも必須になるんだよ。」

 「はい。魔力の有無の確認、それにその練り方などは私が補助すれば良いと思います。」

 「なるほどな。」


 実際、多少の懸念はあるにせよ、ジパングの兵に魔法を伝授する事は可能だ。

 ただ、フォスやヒカリはすでに魔術を行使しているので魔法を扱う事は禁忌となる。

 そこはフォス達本人もリヒトも理解しているから良いのだが、兵の中には知らずに魔術を行使した者も少なからず存在する。

 その見極めは最重要課題となるだろう、という結論もある。

 ともあれ、ジパングとしては“魔法”という大きな武器をその手中に収める算段が付いた事になる。

 ムサシが教示した“忍術”と合わせ、他の国にはない独自の力を持つに至るのである。

 その事については多少の危機感も有りはするムサシなのだが、ジパングの民なれば、それを悪用する事もまずないだろうと確信すらできたのだ。

 それほどムサシにとってジパングは心を許せると言える国でもある、と言う事なのだろう。


 こうして、次の日からジパングではムサシによる魔法の教育訓練が開始された。

 その報を受け、大陸の王達はこぞって見学に訪れる事になり、結果として人間の世界でも魔法という一つの戦力が定着する事に繋がってゆく。

 ただ、単純に魔力を所持し、かつ精霊との繋がりを持ち、魔法を術として行使できる人間は極僅かな特別な存在という事が明らかになってゆくのだった。

 そして。

 この事がこの世界、特に大陸における混乱、もっと言えば人間と魔族の亀裂の種にもなって行く。

 それを認識できる者は、この世界にはまだ存在しない。


 ただ一人、パピヤスという者を除いて。

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