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第5話 現状把握と豆味噌

 那古野城。

 かつて織田信長の居城でもあったが、信長が清須城へと居を変えた為一時は廃城となった。

 しかし数年前に、諸所の事情により城の再建が家康により執り行われた。

 現在まだ築城の真っただ中にあるのだが、本丸御殿や天守閣はすでに完成していて居住には問題ないそうだ。


 そもそも家康の拠点は駿河にあり、豊臣秀吉が天下を取っていた時には江戸に封じられていた。

 その家康が今、ここ尾張の地に居る事自体、おかしなことではあった。

 そんな家康に案内され通されたのが、天守閣である。


 「ささ、寛いでくだされ。」

 「うむ、では遠慮なく。さ、伊織も楽にするがよいぞ。」

 「はい。」


 天守からは尾張の地が一望でき、清須城も見える。

 とはいえ既に夜だ。月明かりではそれほど遠くまで見渡せない。


 蝋燭の炎が部屋を明るく照らす。

 ここには家康と、先ほど半蔵と呼ばれていた者。

 そして鹿島とエイル、そして武蔵と伊織だけだった。

 もっとも、そこかしこに人が潜んでいるのは解った。

 恐らくはその半蔵という人の手の者なのだろうと伊織は理解できた。

 無論、武蔵はとうに把握していたでのであろう。


 しかし、伊織には別に凄く気になる事があった。

 エイルが伊織の隣に、しかもべったりとくっ付いて座っている事だ。

 それを見た鹿島は少し困ったような表情を浮かべたが、それだけだった。

 とはいえ、伊織としても気にはなるが悪い気はしない。

 なぜなら、エイルはとびきりの美人だからだ。

 エイルから漂う、なんとも言えない良い香りも、伊織にはとても心地よい感じだった。


 「さて、では、だ。ここでは腹を割って話そう。」


 家康の口調というか、雰囲気が変わった。

 それは、武蔵の知人である竹千代から、天下人を狙う家康へと変わった事を意味していた。


 「此度、武蔵様が再びこの世界に現れたと言う事はやはり、アレなのですな。」

 「そうだ。しかし、それよりもなぜお主が今ここに居るのかが解らぬがな。」

 「それなのですが……」


 家康はここまでの経緯と現状を話し始めた。


 30年程前のあのジュピアとの争いを受け、信長公はある計画を前倒しで実行してしまった。

 それは、信長公が掲げていた天下布武を実現させるために考案された驚くべき計画であったそうだ。

 それを知る者は、当時も今も限られており、現在ではその真実を知る者は家康唯一人だ。


 が、その計画は実行されたものの、実行後は必ずしも思惑通りには進まなかった。

 ひとまず藤吉郎、いや、豊臣秀吉の手によって天下は纏まりかけてはいたそうだが、そこかしこから綻びも出始めた。

 その綻びは深く、静かに、この島国全体をも巻き込んで広がり始め、秀吉の死後一気に膨れ上がった、と。


 「ノブの計画とは、アレの事か?」

 「左様。そう言えば武蔵様もご存じでしたな。」

 「うーん、というかだ、それを一つの案として教えたのは儂だからなぁ。」

 「ははは、そうでしょうな。しかし、武蔵様より言われずとも信長公は同じ行為に及んだことでしょうな。」

 「が、しかし、だ。」

 「はい。時期尚早ではありましたな……」


 信長が行った計画とは、後に「本能寺の変」として歴史に刻まれた事件の事だ。

 己の思想を後の者に託し、自身はその象徴、希望として名を残し自身は世を捨てる事を目的とした。

 これの計画を知った時、秀吉も家康も驚き止めようとしたが、信長は頑として実行する事にしたんだそうだ。

 その理由はあのジュピアとの闘いにあった。


 乱世を極めていた時期だ、加えて天候も安定せずに民の安寧が脅かされる予兆もあった。

 そこにきて得体の知れないモノが人々を、世界を蹂躙して行こうとしている様は、戦国武将同士の覇権争いの現身にも思えたのだろう。

 もはや武将同士で争っている場合ではない、と。


 「そんな事も言っていたな……」

 「武蔵様が居なくなった後、それは直ぐに実行され信長公は公には討ち死にしたとされた。」

 「あの光秀も、か。」

 「光秀に至ってはワシも心を痛めましたが、それも承知の上でその計画に自ら志願したと言っていたのです。」

 「で、今は共に?」

 「恐らくは。」


 本能寺の変は後世でも謎が多いとされた。 

 それもそのはず、重臣であった明智光秀が突然主君である織田信長を討ったのだから。

 切っ掛けなどそれこそ後付けも含め数多あるが、それでもその時期を考えればそのような事件を起こす理由が明確ではないのだ。

 さらにはその後、まるで図ったように光秀は僅か2週間足らずで秀吉によって敵討ちされた。

 この一連の事件の謎が深まったのは、まるで変を知っていたかのような事後の秀吉の動きと、討たれた信長公も光秀も、その骸を誰一人として見た者がいないからだ。


 結局は、自己の死をもって乱世を安定した情勢への足掛かりとする事が、その計画の本質ではあったのだ。

 だが。


 「それは秀吉公の死後に顕著になってきましてな……」


 各武将も、戦に疲れ野望も薄れ、秀吉のようなまとめ役の下この日本を良くしようと動き始めたのは確かだった。

 しかし


 「ワシが朝廷より下知され、江戸に幕府を開いたと同時に幕府に反抗する者が現れて地方の武将が蜂起し再び戦を始めたのです。

 最初はそれがまだ燻っていた怨恨による仇討ちのような行動か、思想の違いからと思われていたのだが、その実は違っていたのです。」

 「ほう……」

 「まるで戦が途絶える事を許さぬように、無謀な進撃を繰り返し、それは全国へと波及するまでになったのですよ。」

 「それはまた解せぬ事だな。が、考えられる事といえば……」

 「察しの通りです。がしかし、それを見定める術はもはや我らには無く……」

 「それで、か。」

 「明確になったのは関ケ原での合戦時であった。そこに、あの時と同じ気を持つ兵が幾多も存在していた……」


 「時を同じくして。」

 「エイル殿?」


 それまで黙って話を聞いていたエイルが、突然割って入った。


 「欧州においても同じ気配を察知した。」

 「欧州?」

 「我が主によってそれらの排除を試みたが、それが全てではなかった。」


 エイル達にとってみれば、ウルズを襲撃した憎き存在に対しては殊の外敏感になっていたそうだ。

 あの時、ここ日本では完全に消滅させたはずのジュピアは、その存在を分散させ温存していた、と言う事なのだろうか。

 ただ…


 「それらはもはやあのジュピアとは比較にならぬほど弱小ではあった。

 が、それ故に隠匿されると見つけ出す事も困難だった。」

 「それは確かにあのジュピアの?」

 「間違いない、とはブリュンヒルド様の言葉。

 ただ、そうは言っても欧州ではその疑いも含め虱潰しに探し出し消滅させたのだが……」


 つまりは、そこから逃げおおせた存在もまたいたのだろう。

 それがこの日本、さらには別の大陸へと渡った可能性もある、と。

 まして、ジュピアの最終目標がこの日本にあったのだから。


 「なるほどな。ならば、だ、家康。」

 「武蔵様には手を煩わせる事になってしまうが…」

 「それは良い。儂にとってもあの“暗衣痴”は到底許せぬ存在ではある。」

 「父上、あんころもちって?」

 「ジュピアの別の名だ。この国では最初はそう呼んでいたのだ。」

 「ふはは、その名付け親は前田慶次郎だ。」


 信長の事件から30有余年、その存在は誰にも知られる事なく、深く静かに、この星全体に潜伏し広まったと言う事なのだろう、と武蔵は結論づけた。

 その根拠は、この島国に限って言えばその事件以降の様々な動乱の不自然さだ。

 本能寺での事件の後、確かに乱世の終焉は見えていたにも関わらず、秀吉の死後に再び乱れる事となったのだから。

 そこに各武将の思惑もあったにせよ、それだけでここまで荒れる要素もそうそう無い、とも取れる。

 あの時の事を反省してなのか、表立った行動をせずに、というのも納得も出来る事ではある。


 ただ、一つだけ言える事は


 「いずれにしてもだ。この世からその存在は完全に消滅させなければならぬ、と言う事だな。」

 「いかにも。その為にも、ワシは鬼に魂を売ってでもこの国の統一を成さねばならぬのです。

 さて、後はメシを喰いながら話そう。皆さまも長旅で疲れておろうし。」


 家康がそう言うと、腰元の人達が酒と膳を持ってきた。

 

 「ここ尾張ではこの豆味噌が旨くてな。武蔵様もお好きな様子じゃったな。」

 「流石だな家康。これは旨そうだ。」

 「ち、父上、これは!」

 「田楽、という。驚け、美味いぞ?」


 串に刺した焼き豆腐とこんにゃく、そこに味噌がたっぷりと塗られ、その上でまた焼いた「味噌田楽」だった。

 

 「……これは?」

 「エイル殿、これは豆腐とこんにゃくと言ってな、大豆のプディングと芋のプディングのようなものだよ。」

 「ビーンとポテト、の?」

 「父上、プディングとは?」

 「あっちの言葉でな、食材を潰し蒸し固めた料理の事だ。織衣が作るプリンの事だ。」


 と、エイルは恐る恐る豆腐の田楽を口にした。


 「お……美味しい……」

 「ふむ、そう言ってもらえると、用意したワシらも嬉しいですな。」

 「マジ、美味しい。伊織、あーん。」

 「え!?は!?あ、あーん……」


 空腹に染み渡る味噌と酒。

 確かに旨いのだが、驚きと恥ずかしさで伊織はそれどころではないようだ。


 と、そんな様子を、家康の後ろに控えている半蔵と呼ばれた男はじっと見つめていた。



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