第49話 英雄?勇者?
ムサシとヴァーリオは、エスト王国、ラディアンス王国を経て吉林の港に辿り着いた。
後は船でジパングへ戻るだけだ。
エスト、それにラディアンスでそれぞれ王にジパングへ帰国する旨の報告をした訳なのだが、ダンジョウやシノブからはいたく感謝された。
そればかりか、街でも何故か民衆から声をかけられ歓迎されていた。
若干天然なムサシには、その理由に心当たりがない。
のだが、ヴァーリオはきちんと理解していたようだ。
「何と言いますか、すっかり英雄視されていますね。」
「何でだろ?俺、何かしたのかな……」
「ふふふ、心当たりは無いのですか?」
「うーん、モンスターを討伐した、だけしか思い浮かばないんだけどなぁ。」
「正に“そこ”です。結果として村を、街を、民を救ったんですから当然でしょう。
しかもそれだけじゃ無かったではないですか。」
「あーうん、そうか。そう言う事かぁ。」
「モンスターを討伐した事自体そうなんですけれど、その被害復旧や怪我人の治療など、ムサシ様が行ってきた事はとてつもなく大きな事なんですからね。」
「夢中でやってただけ、なんだけどね。」
「そういう所が、なのでしょう。きっとリヒト様の耳にも入っていると思いますよ。」
「あー、だろうね……」
魔獣、あるいはモンスター。
ここ最近はその出現頻度が極端に増加しているのは大陸の人々が実感している事だ。
その被害も増加の一途を辿っている。
それに加えて、以前に比べ世界を取り巻く状況に変化の兆しが表れてきている事も、人々を不安に駆らせる要因でもある。
一昨年から散発的に続く天候不順、あるいは異常気象により、農作物や海産物の不漁が深刻化してきているのだ。
そうなると経済にも影響を及ぼし、治安も悪くなっていくのは明白といえるだろう。
手っ取り早く金銭を得る為、あるいは欲の赴くままに行動する“盗賊”という輩まで出始めたらしい。
そして
「もとより、あの街道周辺ではトレイトン王国の兵が悪さをしている、という話もちらほらあるようです。」
「街道周辺って、領土的にはラディアンスとエストじゃないの?」
「明確な国境線というものがないのでそこはグレーゾーンなのですが、問題なのは越境してまで悪さをしていて、その悪事の内容がという点なのです。」
「あー、そうだね……」
港街で二日後に出航する船を待つ間、そんな話を酒場や宿でも耳にする事になる。
そんな中、ひとつふたつ看過できない話があった。
それは。
集落や村に限らず、城下町でも人が消える、という事件が散発していて、それは二人組の得体の知れない者が実行している、と言う話。
そしてもう一つは、勇者が現れ、ゆくゆくは魔獣を全て退治してくれる、という話だ。
古今、その“勇者”という具体的な人物は存在しない。
あくまで古代から伝わる寓話、あるいは大衆娯楽の読み物などに登場する人知を超えた存在という曖昧な表現でしかない。
しかし、ある時世界の歴史に空白が生じ、歴史そのものがぼやけた事もあって、そんな寓話が果てしなく広がりを見せた事もある。
そんな中で登場する“勇者”とは、結局のところ正確な定義すらないのだ。
そんな存在が云々という話が真しやかに囁かれはじめた、というのが、今の世界の不安定さ、または人々の不安の表れと言って良いだろう。
ムサシには何となく、そう思えたようだ。
「ねぇ、ヴァーリオ。」
「はい。」
「そもそも“勇者”ってなんなのさ?」
「勇者、ですか……実は私も良くは知らないのです。そのような存在が実在するとも思えませんし、おとぎ話の主人公みたいなものですから。」
「そのような存在っていうのは?」
「何でも、人間でありながら人間ではなく、その力は何よりも強大で、人々を厄災から助け人間社会を守護し安寧へと導く存在、という説もあります……というか、ですね……」
「うん?」
「これって、今のムサシ様そのままの様な気がしますけど……」
「あはは、それはないよ。ないない。」
「そう…かもしれませんね、ふふふ。ですが。」
「何?」
「勇者ではなく“英雄”という存在は実在します。」
「英雄?」
「はい。力こそ勇者という偶像には届きませんが、実際に人知を超えた能力を持つ者が存在したのです。」
「へぇー、それって今は居ないって言う事?」
「そうですね……もっとも、ですが英雄ですら魔族や龍族の戦士には敵わない、というのが現実ですけれどね。」
「ふーん……」
そうした称号の意味というものに、ムサシは何か違和感を感じた。
結局は自分達を何かから助けてくれた、あるいは守ってくれた者が英雄であり勇者であるのだろう、と漠然と認識する。
と言う事は、それは誰か一人を指すものではなく、誰にでも英雄や勇者という存在が身近に有ると言う事なのだろう。
怪我をする直前に阻止してくれた父親や、喧嘩などで泣いている自分を慰めてくれた兄や姉、色々な事を教えてくれた近所の年上の人、困った時に助けてくれた人など。
そうした人こそ、当事者にとって英雄や勇者であるべきなのだろう、とも。
何も、世界を救う、とか全人類の未来を拓く、とか、そんな大仰な物語の主人公の事ではないんじゃないかとムサシは思う。
もっとも、実在もしなければその定義すらないのであれば、そのような考察も意味がないな、とも思ったようだ。
しかし、そうは言っても不安な者に希望を持たせる、という意味では、その存在は有象無象であれ必要なのかも知れないと。
「ともあれ、ですけど……」
「ヴァーリオ?」
「少なくとも私の中では、ムサシ様は英雄様でもあり勇者様でもありますよ?」
「……よしてください、何か、照れるよ……」
「ふふふ、そういう所が、ですよ。」
「えぇー……」
ムサシもヴァーリオも、この時は知る由もなかった。
ムサシはこの後、そのような曖昧な存在を体現、具現化すると言う事を。
―――――
大陸のほぼ中央部、その北寄りの村に、サヴォイとサプン、ウセルの3人は居た。
パピヤスより命じられた、“実験体”なるものの確保を目的として。
「で、私らに何をしろと?」
「先ほど申し上げた通りです。人間を数人、かっさらってきてください。」
「何すか?それ?」
「理由は知る必要はないでしょう。さらってくればいいだけです、ただし、五体満足で、です。」
サヴォイはサプン達に、城内での自由行動と引き換えに人間を狩り取ってくるように命じた。
理由も言わず、ただただそれだけを伝えて。
「攫うのは良いんだけどよ、何で私らなんだ? こんな事お前らでも簡単にできるだろうよ。」
「ふふふ、ただ飯を食わせる程我が国も、と言う事です。それに自由に行動できるようになるのですよ?」
「あー……わかったよ、仕方ねぇな。」
「サプン様……」
「ウセル、気にすんな、というか今は我慢しとけ。」
「そーっすね……」
サヴォイの誘い、というよりも拘束によってトレイトンの食客となったのは良かったのだが。
その日以来、何故か本来の力がだせないサプンとウセルだった。
その原因も理由も理解できず、こうして反抗もできずにいる訳だが、サプンは考える。
(コイツ等、ホントに何者なんだ……ジュピアである私らを抑える程の“悪意”なんて……)
と、人間を攫いに散ったサプンとウセルとは別に、サヴォイはこの貧しい街の人々に声を掛けている。
それはサプン達にも聞こえるのだが、小声で囁くようでありはっきりとは聞き取れ無い様だ。
唯一聞き取れたのは
(“龍の鱗”は……)
という言葉だった。




