第48話 モンスター再び
エスト王国の北、針葉樹に囲まれた森の中。
あまり人が住んでいないように思える土地だが、意外にも割と住居が点在し集落として成り立っているようである。
一応場所的にはエスト王国領内なのだが、どちらかと言うと集落の雰囲気はデミアンに似ている気がした。
そんな森で、ムサシは剣を振るう。
デミアンからの帰り、あの村に立ち寄った折に、この地域の話を耳にした。
数日前から日を置かずに、点在する集落が魔獣に襲撃されているのだと。
その一帯はいわゆるツンドラ気候に属する地域で、これまで魔獣はそれ程多くは出現していなかったのだそうだ。
故に警戒が薄かったという面もあるのだが、それにしても一応の対策は成されていた。
ただ、今出現している魔獣はそんな対策が全く役に立っていないのだとか。
現実として、村には逃げて来た集落の人々が身を寄せている。
中には家族を逃す為に犠牲になってしまった人もいるのだと。
そんな話を聞いて動かないムサシではなかった。
凡その方角を聞き、ヴァーリオと共に急行して、襲撃の真っ最中に出くわしたという訳だ。
しかもそれは、魔獣というよりも……
「大丈夫ですか、動けますか?」
「あ、ああ、ありが…とう…ございます。ですが……」
「ムサシ様、これでは……」
「ちょっと……我慢しててください。」
モンスターに攻撃され辛くも逃げる事ができた男性だが、その腕は骨がむき出しになるほどに抉られ、爪跡は胸部も抉っていた。
息は浅く短く、もはや体に力も入らないのだろう、動く事もできず、今すぐに医療施設へ搬送した所で、というレベルの損傷。
普通であれば、もう諦めるしか手が無い状況といえた為ヴァ―リオが治癒の魔法をかけようと思った。
と、そこにムサシは瀕死の男性に向かって、マミから教わった治癒の魔法を掛けた。
と同時に、ヴァーリオに食料を準備するように伝えたのだ。
ムサシの魔法によって男性の傷は見る見るうちに修復されていく。
治癒が進むにつれ男性の顔からは明らかに血の気が引いているのが伺えたのだが、それもそのはずだ。
体中のまだ無傷の体組織から、失った、あるいは損傷した部分へとその血肉を分配しているからだった。
つまりは、体の密度が薄くなったような感じだ。
とはいえ呼吸は戻り、少し体に力も入れられるようになったらしく動けるようにはなった。
「これでいいか……さぁ、これを食べて飲んで、休んでください。」
「あ……あぁ……」
何とかこの近辺を襲撃していたと思われるモンスターの排除はできた。
ただ、この男性は助かったのだが、既に息絶えた人も見られた。
無情、とも思えるモンスターの襲撃、それも最上クラスとまでは行かないがそれに近い脅威度のモンスターだった。
憤りも感じたムサシだったが、それとは別の違和感も感じたようだ。
が、そこに拘泥している場合ではなく、他にも居る怪我人を次々と治療してまわったのだ。
「モンス……魔獣は排除しました。怪我人は応急処置をしてあの家に集まってもらっています。」
「すみません、有難うございます。」
「では、後は頼みます。」
ムサシの後を追って村から来た自警団の人に、事後を託して集落を去った。
彼らに任せておけば、後は問題ないだろうと判断したのだ。
「ムサシ様、一つ聞いて良いですか?」
「ん?どしたの?」
「あの治癒の魔法は、何なのですか?」
「へ?」
「私ともマミ様とも、治癒の結果というか、何か違うと思えましたので。」
「うーん、そう言われてもねぇ……何て言うかこう、『傷を戻す!』っていうよりさ、『最適な状態にする!』っていう気持ちであの魔法を掛けたんだよ。」
「それって……」
「マミから教わったのってさ、言ってみれば損傷した部分だけの修復が求める結果、なんだよね。」
「えーっと、元よりヒールなどの治癒魔法はそういうものかと……」
「それだとさ、何て言うか、その人の体全体のバランスに影響するんじゃないのかなーって思ったんだ。」
「ムサシ様……」
ムサシ本人にも、はっきりとは判らない事ではある。
ただ、ヴァーリオは知らない事だが、羽黒での修行の折、医学書にも目を通して身体の構造、しくみ、治療法などを吸収した故にアプローチの仕方が違っていたのだろう。
多くの魔族や龍族や人間の魔法使い、はては魔術師が治癒の魔法や魔術を行使する場合、目に見えて損傷している箇所の治療が主たる目的となる。
普通に考えればそれが当然であり、結局は損傷そのものが治癒できれば良いのだから。
だが、それらは生物が持つ自己治癒の力、新陳代謝などに影響が出る危険性も孕んではいる。
もっとも、先ほどの男性のような大怪我に比べればそれは微々たる問題でしかないし、それで事は足りるというのも事実ではあるのだが。
治癒魔法一つ取ってみても、ムサシの思慮というか方向性はこれまでに考えられなかった事のようだ。
ヴァーリオが不思議に思うのも無理はないのだろう。
結果としてその後、今回被害に遭いムサシの治癒魔法を受けた人達は前にも増して代謝が活発になったというか、自己治癒の力、免疫力などが高まったと言う。
「しかしですが、それでムサシ様本人の魔力とかは大丈夫なのですか?」
「うーんとねー……あれだけヴァーリオやマミに色々細かく教わったんだけど、いまだに今一つ魔力っていうものの実感が掴めないんだよ……」
「そうなのですか?」
「何て言うかさ、似たような力や理が幾つかあってさ、これが魔力だ!っていう感覚が掴めない。」
「ムサシ様……やはり不思議な人なのですね。」
「それは褒められているの、かな?」
「うふふ、もちろんですとも。」
こんな感じで、エスト、ラディアンスへと向かう道中では何度か魔獣の撃退を実行しながら進んで行った。
その中で、何体かはやはり上級クラスのモンスターだった事が、ヴァーリオには不自然にも思えたらしい。
ここ数か月で、もう10体を超える上級クラスのモンスターとかち合うという事はこれまで無かったことなのだそうだ。
「魔族の討伐でも、真偽は不明ですが龍族の討伐でも、過去には年に2度ほどしか確認されていなかったのです。」
「それが今や平均で半月に1体の割合、と言う事か……」
「何か、魔獣側でも変化があったのかも知れません。
もっとも、その懸念は常にあった訳ですから、魔王様もリヒト様やシノブ様、ダンジョウ様には警戒するよう進言していたのです。」
「でもさ、もうあのレベルのモンスターだと人間の兵力じゃ……」
「だから、なのでしょうね。リヒト様がムサシ様に期待を寄せたのは。」
「そう、なんだね……」
「ムサシ様。」
「うん?」
「期待されるが重い、と考えていますか?」
「えーっとね、そうじゃないんだよ。」
「と言いますと?」
「上手く言えないんだけど、これってモンスターだけが問題じゃないような気がしてならないんだ。」
「それは……」
「大陸中で同時多発的に出現したら、俺だけじゃ間に合わないかもっていう心配はあるんだけど、気になるのはそれだけじゃないんだ。」
そもそもムサシがこの世界へと来たのは、ジュピアの殲滅が目的なのだ。
それだけでも未だに発見に至っていないという事実もあり、その上でモンスターの脅威、さらにはあまりいい話を聞けていないトレイトン王国の闇のようなもの。
何か、何かが、今この世界に起きようとしている、そんな不安を感じたのだとムサシは言う。
「ところでさ。」
「はい、なんでしょう?」
「モンスターって、そもそも何なの?」
「それは……正直、わかりません……」
「そうなんだ……」
―――――
「ふむ、少し実験体が不足してきたようだな。」
その男が佇んでいるのは、強固な檻の前だった。
数体の魔獣が放り込まれている檻、その中に引きちぎられた、あるいは食い散らかされたような、かつて人間だったモノが転がっている。
魔獣を檻に閉じ込めるという事自体が、普通にできる事ではない。
まして鉄の棒など簡単に捻じ曲げてしまうような力をもっている魔獣を、だ。
「ふむ、サヴォイ。」
「はい。」
「先般連れて来たあの者達。」
「はい。今は西の塔に隔離しております。」
「あ奴らを引き連れ、実験体を集めてくるのだ。検体は何でも構わん。」
「あの者達を、ですか?」
「その内あれらも検体に回すかも知れぬが、使えるようであれば……」
「御意に。」
パピヤスは表情を固くして黙考する。
正体不明なこの魔獣とやらは、自身と同じく人間への憎悪、殺意しか持たない。
パピヤスにとって僥倖だったのは、これらが知能どころか獣以下の思考能力すら持っていない事にあった。
いつの間にか身に着けていた秘術をもって、この魔獣の力の増強と服従させるだけの思考を植え付けようと、ここで密かに実験を続けている。
力の増強は成功したものの、それ以上の成果はまだ出ていない。
それは人間の知能、思考能力、はては魂までも使って、ほんの僅かな知能を植え付けようという成果を求めて。
既にその実験体は野に放たれ、この大陸各地で人的被害を出している。
「そも、これの根本的な部分が解らぬのだが……」
魔獣とはいったい何なのか、その存在というよりもこの世の理から外れている存在という時点で、パピヤスにも理解できない物体なのだ。
「まぁ良い。この世界に混乱を招く事が出来ればそれで良いのだからな……」
パピヤスの野望、その本意は忠臣のサヴォイにさえ解らない事だった。




