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第40話 勇者の芽

 ムサシとヴァーリオは、マオ達と別れてから東へと進んでいた。

 

 先ほどの騒動は収まったものの、街道周辺は警戒の色を弱めることなく、周辺住民や店はその扉を固く閉じていた。

 そんな中で、旅人などは動きもとれず少し困惑しているようだった。


 「モンスターって、存在そのものが害って感じだね。」

 「そうですね。直接的な被害はもちろんですが、こうしてその余波だけでも市民生活は大きな被害が発生します。」

 「っと、見ている場合じゃない、か。」

 「ムサシ様?」

 「この惨状は放っておけないよ。済まないねヴァーリオ、少し待ってて。」

 「私も同感ですよ。さ、行きましょう。」


 怪我人こそ居なかったものの、建物を破壊されたり宿に泊まる事も出来なくなった往来の人々が多く居た。

 畑を荒らされ途方に暮れている人、運搬物資を蹴散らされ茫然と立ち尽くす人、恐怖で身動きが取れない人、など。

 困っている全ての人に対して助力する事は物理的にできないが、かといって手を出さない訳にはいかない。

 たまらずムサシは、手近な人から手を貸す事にした。

 もちろん、それを察したヴァーリオも一緒に。


 散らばった物資を奇麗に回収し、宿や周囲の家、店なども被害部分の応急処置を施し、宿は営業できるまでにした。

 畑は既に収穫済みたっだので土が抉られたような状態だったので、馬を使って均すだけだったが一応は奇麗に片付いた。

 結局、あれやこれやで二日かけてこの集落をなんとかできた。


 泥と汗にまみれたムサシとヴァーリオは、先を急ぐと言ってその集落を出ようとした時だった。


 「あ、あの!」

 「??…どうしましたか?」


 出発しようとしたムサシを呼び止めたのは、この集落のまとめ役という男だった。


 「こ、ここまでして頂いて何も返せない、では私共も気が済みません。」

 「あ、いや、それは……」

 「ぜひ、今夜はゆっくりとここで休んでいってはいかがですか?」

 「それは有り難いですが、俺達も先を……」

 「ムサシ様。」

 「ヴァーリオ?」


 「せっかくの申し出です。ここは言葉に甘えても良いと思いますよ?」

 「そうなんだけど……」

 「実はですね、私も少し疲れたようなので休みたいなー、とか思ったり思わなかったり……」

 「あ、あは。そうだね。それじゃ……」


 「おお、では精一杯歓待しますので、我が家へお越しください!」

 「すみません、では、お願いします。」


 ムサシ達は、こうしてこの集落でもう一泊する事になった。

 この集落は要するに宿場町も兼ねている少し大きな集落で、この街道を行き交う人々はこの集落を中継場所とする者が多いらしい。

 それ故に、地元の人以外の旅人も多いのだとか。

 そんな中で、あの引っ越しのように大八車に多くの荷を抱えていた人にも話を聞く事が出来た。


 それによると、その人達は同じように魔獣の脅威から逃れてきた人達なんだそうだ。

 前日に出現した個体と同じかは解らないとは言っていたが、同じように人々を襲い村を破壊したらしい。

 それ故に逃げて来た訳だが、結局ここでまた魔獣に襲われたと。

 まさに踏んだり蹴ったりではあるが、そうした人達を保護しているのがラディアンス王国とエスト王国なのだそうだ。

 この人達は西のラディアンスへと向かっていたのだそうだ。


 「しかし、その村ももう魔獣は出ないんじゃないのかな。」

 「一概には言えませんが、そんな高頻度で出現するモノでもないのは確かです。ですが…」

 「そうだね…その魔獣が昨日のモンスターという確証はないもんね、なら、だ。」


 ムサシは逃げて来た村人へ提案する。

 村までムサシが同行し、村周辺を探って魔獣が居るか否かを調べる、という話だった。

 村人としては村へ帰る事は喜ばしい事なのだが、破壊された村の再建など、今後の生活に対する不安も大きいのだろう。

 それを察したムサシは、デモンとクリス宛に書簡を書き留めラディアンスへと送った。

 この集落、そして村の再建の補助を請願したのだ。


 まだラディアンス王国の領内である事から、そうした自治区の支援は王国として当然計らうだろうとはヴァーリオの意見なのだが、実際こうした事件が発生している、という情報そのものが王国に届く例は少ないらしい。

 遠方への情報伝達が、まだ手紙やのろし、伝書鳩のような古典的な手法しかないからだ。

 ただ、その文の配達は驚くべき速度をもって行われると言う。

 それはかつて日本にあった“飛脚”のような伝達手段があるからなんだそうだ。

 この集落やその村々は、そうした飛脚伝令の中継点でもある。


 こうして、ムサシの行動によりモンスターの排除、集落や村の復旧請願、そして村人の護衛まで促される事になった。

 

 「ムサシ様、何と言って良いか、その、有難うございます……」

 「あ、いいえ、気になさらずに。すべき事をしているまでですから。」

 「あの、それでお礼なのですが…私共には差し出せる物が……」

 「あは、要りません! お礼は後日復旧に携わるラディアンス王国の方々へ言ってください。」

 「ムサシ様……本当に、有難うございます……」


 もとより、ムサシにそうした見返りというモノを求める思考は一切ない。

 それは同行するヴァーリオにも、理解できたことではある。

 がしかし、その行動がムサシの存在を有象無象の英雄というモノに祀り上げられてしまう可能性もあるのではないか、ともヴァーリオは懸念する。

 それは名誉な事だと誰もが認識する反面、行動に制限がかかってしまう危険性をも孕んでいるからだ。

 とはいえ。


 そんな思惑などを他所に、事実は伝達により噂となり、尾ひれを付けて広がって行く。

 善きにつけ悪しきにつけ、いや、明るい噂なればその広がりは驚く程早く広範囲にわたるものだ。

 いつしかその噂には、過去に存在した事実もない、寓話の中だけしか聞かない“勇者”という単語まで出てきた。

 その実態は誰にも解らない、誰も知らない存在なのだが、時世なのだろうか、その単語が独り歩きする日も遠くないのかも知れない。




 そんなこんなでムサシ達は集落を後にし、襲われた村に到着すると同じように復旧に手を貸す事になる。

 そして


 「やっぱりまだ居たんだ!」

 「みんな!逃げるんだ!!」

 「ああ!オレの家が!!」


 村人が居る目の前に、その魔獣は現れた。

 あのモンスターとまでは行かない、それこそ低級の魔獣なのだろうが、人間にとっては果てしない脅威であり恐怖だろう。

 ムサシはその魔獣をも一刀両断し、ヴァーリオが焼き払った。


 「おお…ムサシ様……」

 「なんという……」

 「ムサシ様!」


 何と言うか、まるで崇め奉られているかのように手を合わせて、神々しくムサシを拝む人まで現れた。

 さすがにムサシも


 「あ、あの!そんな拝まれるのはちょっと!」

 「いえいえムサシ様、私も拝みたくなってきましたよ?」

 「ヴァーリオ、お願いだから止めてちょうだい……」


 何とも居心地が悪く、というよりも照れくさくなり、復旧が始まった村を後にした。

 村人に後ろ髪を引かれるような感じではあったが、笑顔で手を振り去ってゆくムサシに対して、村人はやはり英雄視するのは仕方がないのだろう。


 そして、その行動活躍はじわじわと噂として大陸全土へと広がって行く事になるのであった。



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