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第4話 徳川家康

 武蔵と伊織は、伊勢から二日程で桑名に到着した。

 木曾三川と呼ばれる揖斐、長良、木曽の3本の川を渡る為、ここから渡し舟に乗る。

 この3本の川を越える為の橋はまだ存在せず、渡河して那古野へ行くには船で渡るしか無い。

 その船着き場へと向かう中、伊織は香ばしい香りに気づいたようだ。


 「すん、すん……ち、父上!あれは!?」

 「おお、今はそんな時期か。あれはな、蛤だ。」

 「はまぐり……」

 「ここの蛤は身が旨い。どれ、ひとつ腹に入れていくか。」

 「ごくッ……いい匂い……」

 「ははは、お主は地上界の食べ物に興味があるようだな。」

 「だって、あっちじゃ濃い味のモノは食べられないし……」

 「そうだな。実を言うと儂も地上の食べ物には目が無いんだよ。」


 渡し場からほど近い港町の通り。

 ここは現在、かつて親しかった本田忠勝の居住する桑名城のお膝元で、後に東海道53次と称される宿場町の中でも差大規模を誇るまでになる都市だ。

 今でも人の往来は多く、それは渡し舟の船着き場があるからでもあり、海水と淡水が混じる最高の漁場でもあるからだ。

 そんな肥沃な河川で漁師が獲ってきた蛤などの水産物を店頭で焼き売りしていて渡河を待つ者や河を渡ってきた者で賑わっている。

 一軒の店に入り、焼き蛤と蛤汁、握り飯を所望した。


 「う、うまい……」

 「うむ、やはり旨いな。」


 港町の雑踏、行き交う人々を眺めながら、焼き蛤と握り飯を食む二人。

 この光景だけ見ていると、戦乱の世とはいささか信じがたい光景ではある。


 「父上、伊勢から桑名まではそれほど戦の様子は伺えませんでしたね。」

 「そうだな。かつてはここも戦場ではあったが、今は落ち着いてはいるようだ。」

 「本当にその、ジュピア、だったっけ、そんな存在が顕在しているんですか?」

 「何とも言えぬが、そういう気配をまき散らさぬ所が、アレの厄介な所ではあるな。」

 

 確かに、今ここの風景だけを見れば、未知の脅威存在の顕在どころか戦乱の世という事すら忘れてしまう程であろう。

 しかし、かつてこの日出る国はおろか地上界全てを喰らおうと暗躍していた存在が顕現していた時期もまた、市井の民は一切気付かなかったのだ。

 今この時が当時と同じとは言えないが、いずれにしても普通に暮らしている分には、そんなこの世界の危機は感じる事はないだろうと武蔵は思う。

 いや、言い方を変えれば、それすら気付かずにこの世から消されてしまう。

 そして、その兆しは既に現れている。

 乱世、という事象を隠れ蓑にして。


 「さ、小腹も満たした事だし、行くとするか。」

 「はい。というか、船でそのまま那古野へ?」

 「まずは七里の方で向かおう。熱田で鹿島と合流だ。」

 「熱田?」


 木曽三川の渡し舟は、三里の渡しと七里の渡しがある。

 三里はここから一旦北上し佐屋という所まで行って内陸部を東進する。

 七里は湾沿いをそのまま東進し熱田神宮の近くまで運んでくれるのだ。


 春真っ盛りの4月の伊勢湾。

 内湾なので波も無く、穏やかな水面を渡し舟は東へと進んでいく。

 波はないが船は帆が萎れれば櫂を漕ぎ、漕ぐたびに上下左右に揺れ、慣れない者だと酔うだろう。

 この時期、伊吹おろしも鈴鹿おろしも弱まるので漕ぐ頻度が高い。


 案の定、船にはお伊勢参りの帰りなのか、土産物を担いだ者がいたが船の揺れで気分が悪くなったのだろう、青ざめた顔をしてじっと動かずに下を向いている。

 他にも何人かは同じような青い顔で静かに船に揺られている。

 おそらくは行くときも同じような目にあった事は想像に難く無い。

 と、そういえば、と武蔵は気付いた。

 伊織も船は初めてのはずだ。

 船酔いは大丈夫なんだろうか、と伊織を見ると……


 目を輝かせて、船上からの景色に魅入っていた。

 この子にはその手の心配はないようで一安心した武蔵であった。




 熱田に着いて船を降り、少し先にある熱田神宮の入口まで来た。

 鳥居の前には家康への連絡を終えた鹿島、ともう一人女性が居た。


 「待たせたか、すまぬな鹿島。」

 「いいえ、それ程待ってはおりませなんだ。」

 「ところで、こちらは?」


 そう言って武蔵は鹿島と一緒に居た女性を見ると。

 武蔵と鹿島のやり取りすら無視し、その女性はじっと伊織を見ていた。

 淡い亜麻色の髪、青い瞳、メリハリのある体躯に長身。

 明らかに大陸西方の容姿、かつて共に戦ったワルキューレのブリュンヒルドにも似ている。

 鋭いまなざしで、じっと見られている伊織はというと


 「え、えーと、伊織と申します……」

 

 思わず自己紹介してしまう伊織だが、それにすら反応しない様子の女性。

 少しの間があり、ようやく口を開いたのだった。

 冷たく鋭いまなざしのまま。


 「……エイル。」


 それだけだった。

 どうやらこの女性の名前らしい。

 よく見ると、何となくだが頬を赤らめている気がする、と伊織は思う。

 それは武蔵も思ったようだ。


 「あ、あのーですね、エイル殿はその、ブリュンヒルド様より派遣されたそうです。」

 「ブリュンヒルドから、か。向こうでもこちらの動向が気になるのだろうな。」

 「そ、そのようですね。では、参りましょうか。」


 武蔵達一行は、そのまま那古野城へと歩み始めた。

 と

 エイルは何を思ったのか、伊織の手を取り歩きはじめる。

 

 「エ、エイルさん!?」

 「心配ない。これでいい。」


 何が心配なくて、何がいいのか、伊織には理解できない。

 さっきよりも頬というか顔が上気しているエイルは、それきり何も言わず那古野城に到着するまでずっと伊織と手を繋いでいたのだった。


 熱田より数時間程歩き、那古野城へと到着した一行。

 既に陽も暮れ、空は茜色から紫色へと変わっていた。

 那古野城の城門へ行くと、なんとそこには家康が出迎えていた。

 武蔵の姿を認めた瞬間、家康は駆け出し武蔵の手を取り


 「おおお、武蔵様!お久しゅうございます!」

 「久しいな竹千代、いや、今は家康公か。」

 「公などと!家康で結構でございます。で、こちらが…」

 「い、伊織と申します。家康様。」

 「あの赤子が、大きくなられましたな。凛々しいですぞ。」

 「あ、その、有難うございます。」

 「さぁ、ここで話もアレです。城へ案内しましょう。半蔵。」

 「は。」

 「もてなしの用意じゃ。」

 「御意に。」


 伊織には、ほんの僅かな記憶しかない家康の姿。

 しかしその姿は、その記憶とも違っていた。

 それだけ時間が経過していたのであろうと言う事なのかも知れないが、伊織にはそれ以外の何かを感じられた。

 戦人、あるいは天下人。

 そんな感覚とともに、何か黒い感情のようなものを見た気がしたのだった。


 そんな考えを察したのか、武蔵は伊織を見て“心配ない”とばかりに首を軽く振る。

 そして、伊織の手を握るエイルの手に力が籠ったのだった。


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