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第38話 巣食う闇

 ムサシの居るラディアンス王国より北東、デミアン王国とエスト王国の3国が接する場所。

 深い深い森の中に、その存在は居た。


 その姿は旅芸人と言っても良いだろうか、少々華美な、あるいは扇情的な衣装を纏い、しかし周囲から浮いているという事もない不思議な恰好だ。

 長身でスタイル抜群の女と、やや小太りな男。

 体の所々に傷を負っているようでもあり、何かから逃げている様子だ。

 草陰に身を潜め周囲を警戒しつつ、どうやら逃げきれたようで安堵のため息をつきながらその場にへたり込む。


 「しっかし、どうしたものですかねぇサプン様。」

 「どうしたもこうしたもあるか。こうしてアレから逃げるしかねぇだろうよ。」

 「とはいえですよ?もうこうして1年も逃げてるじゃないっすか。旅芸人に身をやつしてまでさぁ。」

 「そうだな、何と言うか、この世界の人間は少し異常だしなぁ……」

 「憎悪と欲を吸い取ろうとしても、思ったほど吸収できないですもんねぇ。」

 「というかだ。」

 「へ?」

 「あの生き物は結局何なんだ。人間より強くてあやかしの術まで使って、私らの手に負えないなんてよ……」

 「あー、大陸の、何てったっけ、ワルキューレとかいう集団より強いっすよねアレ。」

 「それにあの変な妙に強い猛獣とかよォ……前々から感じてはいたけどよ、この世界、少しおかしいよな……」

 「ですねぇ、何と言うか、息苦しいような。」

 「ま、だけどよ、あの武蔵とかワルキューレとかが居ないってのは安心だがな。」

 「いや、ヤバさは同じだと思うけどなぁ……」


 あの渦に飛び込み、この世界へとやって来たのが1年とちょっと前の事だ。

 あの大阪夏の陣での惨敗から遁走したまでは良かったが、渦を出た先、つまりこの世界はどうやら勝手が違ったようだった。

 ムサシが追っている“人間の敵”ジュピア、その残滓、あるいは欠片とも言える存在の、サプンとウセルだ。


 この世界が、あの時より1万1千年余の未来だという事実は、ジュピア達さえ理解できていない。

 そもそもここが目的であの渦に飛び込んだのではないのだから。

 ただただ逃げに徹した結果でしかないし、あの時に考えていた『武蔵達から逃げられれば良い』というだけの行動に過ぎない。

 しかも。

 人間よりも遥かに強く魔法を自在に扱い、見えないはずの自分達を完全に捕捉し襲ってくる“魔族”というものまで存在している。

 ばかりか、それと同じ、あるいはそれ以上に強力無比とも言える“モンスター”なる物体まで存在している。


 見方を変えれば、ジュピアという存在が可愛く見える程の存在だ。

 そんな魔族が人間に仇名すのではなく守護している、というのが信じられないらしい。


 「で、どうします?北も南も東もあんな連中が見張ってますよ?」

 「わかっとるわ! まぁ、西へ逃げるしかねぇだろ。トレなんとかってとこは居心地良さそうだしな。」

 「トレイトン王国っすか……」

 「しかたねぇだろ、他に行けるとこはねぇんだし、アレに見つかったら面倒だし。」

 「そーっすねぇ。」


 「こんな所に居やがったか……」


 「ひッ!!」

 「で、でたー!」

 「き!消えるぞ!!」

 「待って下さいよサプン様!!」

 「逃がすかよ!って……逃げたか……」


 「マオ様。」

 「シュクリ、また逃がしちまったよ。」

 「そうですか、というか、何なんでしょうねアレ……」

 「解らん。が、悪さしてるのは事実だし、人間でも魔族でもモンスターでもないのは確かだな。」

 「捕縛して問いただすにも、これでは難しいですね。」

 「あの逃げっぷりだけは見事だが厄介だな。また気配が無くなった。」


 サプンとウセルを追ってきた魔族、その王子のマオに追いかけられていたのだろう。

 明らかにサプン達では太刀打ちできない、魔族の中でも最強の存在に、だ。

 逃げるのは簡単な事のようで、別層位に紛れ移動するという手段を使っているらしい。

 それ故に、その手を使われるといかに魔族であろうともその気配を察する事はできない。


 もはや何のためにここに居るのかさえ解らなくなりそうなジュピアは、追い込まれるかのように、あるいは誘われるかのように西へと向かうのだった。




 ―――――




 ラディアンス王国の面々に見送られながら、ムサシとヴァーリオは一路エスト王国へと歩みを進めた。

 シノブ王の厚意で馬を借りられたのが幸いだ。


 ラディアンスからエストまで行くには大きく分けて3つのルートがあった。

 一つは海岸線を北上する街道、もう一つはデミアン王国寄りに東へ進むルート。

 そしてもう一つは一番近道でメジャーな直通の街道だ。


 不思議な事に、直通の街道よりも前者のルートの方が交通量は多いのだとか。

 ヴァーリオが教えてくれた。

 よってムサシは人が多いデミアン寄りのルートを行く事にしたようだ。

 理由はこの地の風土や人々の生活などを見て感じ理解する為だと言う。

 何となくだが、こうした好奇心とも言える考えがムサシ様らしいとヴァーリオは思う。


 ラディアンスの王都を発って半日程が過ぎた。

 周囲には田畑が点在するだけで野原と森林が広がる場所を進んでいる。


 「馬で行くにしても3日程かかりますね。途中の村や街には宿もありますからそうそう野宿する事もないでしょう。」

 「そうなんだ。それにしても行き交う人達ってこんなに多いんだね。」

 「そう……かもしれませんが……少し多すぎる気がします。」

 「ん?そうなの?」

 

 見れば、普通に徒歩で歩く旅人のような者に混じり、大八車のようなものを引き集団で歩く者達も目立つ。

 一見、商人なのかとも思うのだが、どうも様子がおかしい。

 台車に乗っているのは商品ではなく家財道具、あるいは生活に必要な物資、に思えた。

 要するに引っ越しか何かなのだろうか。


 「もしかすると、ですけれど……」

 「ヴァーリオ、これって……」

 「どうやらそのようですね。」


 と、そんな話をしている最中だった。

 道の先で、なにやら悲鳴のようなものが響いた。

 かなりの距離があるようだが、ムサシとヴァーリオにははっきりと聞こえた。


 「ヴァーリオ!」

 「はい!」


 すわ馬を走らせて悲鳴の発生源と思われる所まで近づいた。

 そしてムサシが目にしたものは、魔獣だった。

 先ほどのような荷車を引いていた集団に、魔獣が襲い掛かった所のようだった。

 

 ムサシは馬から飛び降り、その足で真っ直ぐに魔獣へと斬りかかる。

 もはや集団の人達に魔獣に抗う術はないのは明白だし、何より女子供が多い。

 一刻もはやく魔獣を排除すべきと感じたのだ。


 「ムサシ様!こちらはお任せを!」

 「頼む!!」


 ヴァーリオは魔獣をムサシに任せて人々の守りに回るようだ。

 それ故にムサシは人々への被害拡大を気にせず魔獣を排除できる。

 もっとも、ムサシなれば魔獣程度、一撃で屠れる。

 のだが……


 強烈な気持ち悪さをその先から感じ取る。

 魔獣ではない、そう直感した。

 

 ムサシは目の前に迫った魔獣を一刀両断すると、その嫌悪感の塊のような気配へとそのまま進む。

 そこに存在しているのは、魔獣、いや、モンスターだった。


 あの、ウオズで相まみえたモンスターという存在。

 身に纏う不可思議な気のようなものと、吐き気すら覚える嫌悪感。

 何よりも、あの時のモンスターと比べても遥かに強靭だと肌で感じる。


 モンスターの最上級クラス、なのだろうか。

 あるいは、これ以上のモンスターすら存在するのだろうか。

 だとすれば、人間にはコレに対して為す術は皆無と言う事でもあるだろう。


 と、そのモンスターはじっとこちらを見て動こうとしない。

 ただ、人間を襲おうとする悪意だけは放ち続けている。


 「ヴァーリオ!皆の避難を!」

 「はい!……とはいえ、こんな街道のど真ん中でどうしたものか……」


 逃げ惑う人々を何とか誘導しモンスターから遠ざけようと懸命に動くヴァーリオ。

 ムサシは武御雷から賜った2つの脇差を抜いて構え、モンスターに対峙し牽制している。

 幸いにもムサシとモンスターの動きは止まっているのだ。


 周囲から人々の気配が消えたと同時、ムサシはモンスターへと斬りかかろうと思っていた。

 その時を、気を静めながら待っていたのだが。


 その最中。

 目にも止まらぬ速さで二つの影がモンスターへと襲い掛かり、モンスターは斬られた。

 とはいえ、斬り込まれはしたがさほどダメージにはなっていないようではあるのだが。

 その影は、ムサシの前で止まるとムサシにこう告げる。


 「おい、人間。お前達では無理だ。逃げろ。」

 「ここは私達に任せてくださいな。」


 「き……君達は?」


 「話は後だ、さっさと逃げろ。」

 「早くしないと死んじゃいますよ?」


 それは魔族、それもかなりの強さを持った魔族。

 

 ムサシとマオ、運命の邂逅だった。


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