第35話 暗雲渦巻くラディアンス王国
早朝、朝焼けが眩しいジーリンの地を発つムサシとヴァーリオ。
ラディアンス王国の王都までは馬で3日程の道程との事だ。
奇麗にレンガが敷き詰められ整備された道を北西へと進む二人、しかしなぜかヴァーリオは浮かない顔で何かを考えこんでいた。
「ヴァーリオ?」
「え?あ、はい。」
「何か心配ごとでもあるの?」
「すみません、気を配っていただいて……」
「あー、いや、すんごく不安な気持ちが伝わってくるんだけど。」
「ムサシ様には判ってしまうのですね。実は……」
昨日来られたデモンとクリス、二人の様子が何かおかしかったというのがヴァーリオの抱いた違和感だったらしい。
王子という立場ではあるが、ヴァーリオと顔見知りという点でムサシには疑問符が付く訳だが、こちらの世界の事情を把握できていないのでそこは気にしない事にしている。
しているのだが。
「私とお二人は以前に些細な事で諍いをおこしまして。」
「それって喧嘩かい?」
「そんな感じではありますが、それが国を巻き込んでの大事にまで発展してしまいまして。」
「え゛!?」
「あ、結局はどつき合いの末仲直りしまして、以来交友関係にはあるのです。」
「そ、そうなんだ。」
「昨夜お越しした際、二人からはあの時に感じた敵愾心のようなものが感じられたのです。それもムサシ様への。」
「あー、でも、外国の要人、しかも魔族の国へ行く者に対してなら当然なんじゃ?」
「いえ、あれから見識を広めたお二方が、そのような理由であのように警戒するという事はないはず、なのです。」
「ない…はず?」
「……これは他言無用でお願いしたいのですが……」
言い難そうに、ヴァーリオは事実をムサシに告げた。
曰く
デモンとクリス、二人には特別な力が有るという。
それは、王としての帝王学を叩き込まれた際にひょんなことから得た力だそうで、簡潔に言えば『人の心が読める』能力なのだとか。
事細かに、という具合ではなく、何と言うか相手がその身に纏う色などで、どんな感情なのか、何を考えているのかを察するのだそうだ。
ヴァーリオと揉めたのは、その能力の使い方を巡って意見が分かれたのが発端なのだ、と。
「魔族の中には同じような能力を持つ種族も居ます。ただ、あのお二人は魔族ではなく真に人間なのですが、そんな力を持った、と。」
「つまり、俺はその力であっても読めない者だ、って事?」
「いえ、失礼ですがムサシ様のように何を考えているのかわからない人物というのは時折居りますし、そうした時の別の見方、というのもお二人は理解しているそうです。」
「何を考えてるかわからないって……」
「あは、失礼しました。
ともかく、そういう理由であからさまに個人に対して警戒する、という態度は取らないというか、理由はないのが、あの二人の特徴でもあるんです。」
「そんな二人が俺に対して、か……」
「結局はムサシ様の人となりを理解していただいたようですから、そこは問題ないと言えるでしょう。
私が違和感を覚えたのは、あの二人の異様なまでの警戒心なのです。」
ヴァーリオが言うには、ラディアンス王国というのは非常に平和で安定した王国らしく、王政も何の問題もなく王族もとにかく人気があり、豊かで暮らしやすい国なんだそうだ。
それ故に近隣諸国との交流も盛んで、隣国エスト王国や、のちに公国となるネリス王国とも親密な関係なのだとか。
互いに国の発展と平和の維持の為に力を注いでいる、と。
唯一、ラディアンス国内にある不安と言えば、王子が双子であるのでどちらが王を継ぐのか、国が割れないか、という点だけらしい。
もっとも
「デモン様もクリス様も、お互いを次期王に推薦しているくらいです。
どちらが王を継いでも、もう一人はそれを全力で支援するんだと、こっそり私に告げたくらいです。
王座を巡る混乱は無いに等しいでしょう。」
だそうだ。
では、何がそんな危機感をあの王子達に抱かせているのか、が焦点になってくる。
「ラディアンス王国とエスト王国、それにデミアン王国に囲まれた場所に、数年前に興された新興のトレイトン王国という国があります。」
「トレイトン…王国……」
「恐らく、というよりも、これは完全に私個人の意見としてですが、その国と何やらあったのかも知れません。
色々と考えても、それしか思い至らないのです。」
ヴァーリオが言うには、そのトレイトン王国の実情は周囲の王国も実はよくわからないのだそうだ。
ただ、現国王であるパピヤス王に対しては、どの国王も良い印象は抱いていないらしい。
「パピヤス……」
「ムサシ様?」
「あ、いや、その名前って……いや、何でもないよ、うん。」
「そうですか…あ、それでそのトレイトン王国というのは、いわゆる軍事大国を目指しているという情報もありまして。」
「軍事大国?こんな平和な大陸で?」
「表向きは魔獣から民を守るため、としています。
とはいえ過去、領地や民族を理由に国と国が衝突した事はあるのですが、往々にしてそれら事件は紛争に至らずに解決しているのです。
しかし、トレイトンは客観的に見ても武力の矛先は魔獣というよりも……」
人の世は争いの歴史だと、ムサシは父や家康、半蔵などから聞いている。
エイルもそんな事を教えてくれたし、事実としてムサシ自身その渦中へと飛び込んだのだ。
もっとも、それはあのジュピアが関与していた、という側面もあるのだが。
何となくだがムサシには、この世界はいわゆる人間の負の面が希薄にすら感じる平和な世界に思える。
そんなこの世界で、軍備を増強する理由は無いように思えるのだが。
理由があるとすれば、やはり魔獣という脅威への備え、あるいは他国への侵略、あるいは示威による他国への威圧、だろうか。
しかし、聞く限りではムサシにはそれすらこの大陸では無意味にも思える。
ラディアンスやエスト、ネリスといった王国は自治管理を目的に王政を取って敷いているだけなのではないだろうか。
事実として国境という具体的なモノはなく、それぞれの王国が同じ方向を向いているようにも思えるのだ。
そんな中で国として孤立するような行動を、敢えてする必要はどう考えてもあり得ないだろう。
「ヴァーリオ。」
「はい。」
「トレイトン王国は数年前にできた国、なんだよね?」
「その通りです。はじめは遊牧民や原住民の集落などが集まってできたコミュニティがその発端とは聞いています。
ですが、主導者、つまり現国王がそれらを纏め上げて国家としての独立を画策し始めたそうです。」
「……」
「近隣諸国への説明では、建国の目的は他国と同じで安心して暮らせる国を造るため、だったそうです。」
「ふーん……」
建国の経緯や理由はもっともらしく聞こえるが、ムサシにはどこか違和感、あるいは矛盾も感じる。
「その遊牧民や集落って、生活するに厳しい状況だったの?」
「流石はムサシ様、鋭いです。
事実として安定した暮らしを模索した結果として遊牧民になったり集落が作られたりしたわけですから、それほど厳しいという事はないはず、なのです。」
「自然環境や季節などによる苦労や魔獣の脅威はあるだろうけど、自治体としては纏まっていた訳だよね?」
「はい。それ故に、トレイトン王国の勃興には、周囲の国々は懐疑的だったのです。
そして、いざ王国として立国すると……」
「なるほどねー。で、そんな国が少しずつ脅威になってきた、と。」
「あからさまな部分もあり、それ以上に影で色々と事件も起こしているそうですから。」
ムサシは考える。
そこにジュピアの影響があったのかどうか、を。
時系列的には建国の時期とジュピアらしきものが出現したという時期は合致しない。
もし建国時と最近で、王の思惑が変化した、というのならあり得ない話ではないが、聞く限り建国前から今の王国の在り様を目論んでいた様でもある。
そうなると、そこにジュピアは関わっていない可能性が高い。
「これは、もしかして……」
「ムサシ様?」
「ともかく、その手の話は詳しく聞きたい、かな。」
「なれば、まずはラディアンスへ急ぎましょう。王も待っているとの事ですし。」
「だね。」
ムサシとヴァーリオは、馬の歩く速度を少しだけ上げた。




