第34話 ラディアンス王国からの来訪者
ヒミを出航し、思ったよりも波風が少なく天候に恵まれ、快適な船旅を満喫する事3日。
船は大陸東部のジーリンという港町に到着した。
「ジーリン、という都市なの?」
「はい。ここは大古には吉林という都市だったそうです。今ではナホトカと並んで一大港町でして、こちらは主に貨物を扱う港ですよ。」
「ナホトカっていうと、もっと東にある所だよね?」
「よくご存じで。あちらは旅客が賑わっていますけどね。
私達日本、いえ、ジパングと大陸を繋ぐ航路はここジーリンだけなのです。」
「ってことは、人ではなく物の繋がりがってことか……」
「あはは、ジパングは少し閉鎖的な雰囲気がありますからね、余程の通でもないと大陸からジパングへ行こうって思う旅人は少ないのですよ。」
「へぇー……」
「ちなみにこの地域はエスト王国領なのですが、ちょっと複雑なのです。」
「複雑っていうのは?」
「国としてはエストなのですが、管理はラディアンスが担っているという、言わば共有自治区なのです。」
「へぇー……」
大きく抉れた地が周囲に点在しているジーリンという都市。
貨物港と言う事らしいが、漁港としても旅客港としても充実しているように感じる。
大古の昔ここは内陸部だったらしいが、今は都市の南側は日本海に接していて完全に海になっている。
船を降りて入国の検閲場へと来たムサシとヴァーリオ。
いわゆる入国審査という、若干複雑な検問を通らないと船着き場からすら出られないのだが、ムサシ達は手形を見せる事なく素通りとなった。
「きっと、魔王様の根回しかと。」
「ちょっと驚いたね。ま、助かるけどさ。」
審査待ちの長い行列を横目に、ムサシ達は港をでて町へと入ってゆく。
街は異国情緒あふれる雰囲気で、ジパングとはかなり違う様相を見せていた。
どちらかと言うと中華というよりも欧州の雰囲気を持っている、とはヴァーリオの言葉だ。
ひとまずこの港町で一泊し、明日朝にここより北西のラディアンス王国へと向かう事になっている。
ラディアンス王国の王に面通ししてもらい、デミアン王国への特使としてジパングの者が来たことを報告する為だ。
その後、そのまま東へ向かってエスト王国へ行き同じように報告するのだそうだ。
「何と言うか、けっこう手間がかかるんだね。何で?」
「単純に、各国とも魔族との繋がりを警戒している、という面もあります。
ですが、特に外交関係の者はラディアンスとエスト両国への報告と許可が必要なのです。」
「と言う事は、俺達はジパングの外交関係者って事か……」
「あー、いえ、ムサシ様は外交員ではなく、リヒト様の一族、という身分ですよ?」
「へ?」
「デミアンへ渡る理由も、留学という名目となっているそうです。
此度、両国へ行くのは先ほどの約束事もありますが、どちらかと言うとラディアンスとエスト、両国の王がムサシ様を拝見したいという事らしいです。」
「えー、何で?」
「ふふふ、おそらくは魔王様が吹聴したのではないかと。ジパングの知られざる王族、とか何とか言って。」
「そ、それはちょっと、なぁ……」
ヴァーリオの読みは当たらずとも遠からず、と言った所だった。
魔王ゴライアスはラディアンスとエスト、両国の王とも親しい関係ではあるそうで、今回の件も事前に王に伝えていたらしい。
ただ、ムサシの事については詳細は伝えられておらず、ジパング一の強者がデミアンに留学する、とだけしか伝えていない。
そうなると、政治的な事はさておき興味はムサシ本人に集中する事になるのだが。
「この宿ですね。」
「はぇー……立派な建物ですねぇ……」
ここジーリンは港町と言う事もあって豪奢な宿が多いのだが、ムサシ達が宿泊する宿はその中でも一際豪華な佇まいだ。
聞けば、この宿は政府高官も宿泊する事もある、ちょっと敷居の高い高価な宿なんだとか。
「なんか……気後れしちゃうな……」
「この宿は見た目はアレですが、中は落ち着いた良い雰囲気の宿ですよ。
港町らしく、海鮮料理が美味しいんです。」
「マジ!?」
「はい。ちなみにここのシェフはジパングの者ですよ。」
意外とムサシは海鮮料理を気に入っている。
以前エイルが作ってくれた海鮮丼がいたく気に入ったのだ。
ただ。
ムサシは海鮮丼を食すことを躊躇する傾向があるみたいだ。
理由は、エイルの事を思い出してしまい切なくなるから。
とはいえそれも、エイルを想う為の一つの手段でもあると考えている。
もとより、そんな美味しいものを前にして食べずには居られないのだ。
「さぁ、行きましょう。」
ヴァーリオ先導により、宿へと入って行く二人だった。
通された部屋もまた広く豪華で、逆に何となく落ち着かない感じもする。
ちなみにムサシとヴァ―リオは同室だ。
見た目は女性に見えるヴァ―リオと、何某かの間柄だと思われたようだ。
もっとも、ムサシはそんな事は気にしないのだが、反してヴァーリオは何と言うか顔が紅潮し緊張しているようでもある。
窓から見える景色はまんま港町、といった風情で、時折そよぐ潮風が何とも心地よい。
夕暮れ時の港町を眺めていると、宿の前の通りを武装した集団が歩いてきている。
街の自警団、なのだろうか。
いかつい馬車を含めたおよそ15名程の一行は、なんと宿の真ん前で止まった。
数名がこちらに気付いたのか、ムサシを視認するとじっと見ている、というか、睨んでいるとも思えたのだが、何やらムサシは何とも言えない予感を抱く。
何か一騒動ありそうな、そんな予感だ。
一行が率いる馬車の扉が開くと、二人の身なりの立派な年若い男性が降車したようだ。
そのまま、この宿に入って来た。
「なんだろうね、あれ。」
「……ムサシ様、どうやら彼らは私達が目的のようですね。」
「え?そ、そうなの?」
「あのお方達は……」
ヴァーリオが何かを伝えようとしたその時、部屋のドアがノックされる。
ヴァーリオは応答しドアを開けると、宿の支配人、ではなくオーナーだった。
「ムサシ様、貴方様に面会したいとラディアンス王国の王子がお越しになられました……」
「へ?」
「お手数をおかけしますが、貴賓室へとお越し頂けますか。」
「あ、そ、それは良いですけど……」
「では、こちらへ。ご案内いたします。」
(な、どういう事かな……)
(恐らくは王子たちがムサシ様に会いに来たようですが、さて……)
(というか、何で?)
(そこは私もちょっとわかりかねます……)
オーナーの先導で歩みを進めながら、そんな話をしている内に貴賓室という特別な部屋へと到着した。
扉が開かれ中に通されると、そこには武装した兵6人を従えた二人の若い男が椅子に座って待っていた。
その表情は硬く、鋭い眼光はムサシを捉える。
ムサシを見るや、二人は立ち上がり硬い表情のまま歩み寄り
「お初にお目にかかります、ムサシ殿。」
「ご足労頂き申し訳ありません。僕はラディアンス第1王子、デモンと申します。」
「俺、じゃない、私は第2王子、クリスと申します。」
「あ、は、はい、初めまして、ムサシと言います……」
和やか、とは到底言い難い雰囲気の中、自己紹介をしたムサシと二人の王子。
名目上のお付きであるヴァーリオはムサシの傍らに居るだけで紹介はナシ、なのだが……
「ヴァーリオ、突然済まなかった。」
「いいえ、良いのです。というか、デモン様はなぜここに?」
「まぁ、それも含めてムサシ様と話がしたかったんだ。まずは座りましょう、ムサシ様。」
どうやら知り合いだったようだ。
デモンとクリスに促され、ムサシとヴァーリオは二人とは対面で椅子に腰かけた。
物腰は柔らかい感じではあるし、王族の雰囲気もある。
が、眼光は鋭いままで最大級の警戒をしている、とムサシは感じたのだった。
微妙、というよりも珍妙な緊張感を漂わせながら、王子のお付きの者が茶を淹れてくれた。
差し出された茶を勧められムサシとヴァーリオは口を湿らせる。
ヴァーリオはともかく、ムサシが全く警戒せずに差し出された茶を飲んだ事にデモンとクリスは少し驚いた様子だった。
初めて会った、それも一般の者ではない者から出された飲食物だ。
デモンやクリスからすれば、こうした場では毒見をするか相手が同じモノを口にするまで手を付けないのが普通らしい。
「うん、美味しいですねこのお茶。」
「……あ、有難うございます。ムサシ様、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい、デモン様、何でしょう?」
「ムサシ様はなぜ、そうも警戒をせずに我らが出した茶を飲んでいただけたのですか?」
「へ?それってどういう……」
「デモン様、クリス様。まずは一つ言っておかねばなりませんが宜しいですか?」
「ヴァーリオ?」
「何を、だ?」
「ムサシ様はそういうお人である、とだけ。」
「……」
「……」
「あ、あの、ですね……」
「失礼な事をお聞きして申し訳ありませんでした。」
「ムサシ様の人となりが、なんとなく解るような気がします。」
「そ、そうなのですか……」
「デモン様、クリス様、もう一つ宜しいですか?」
「ヴァーリオ?」
「何だ?」
「ムサシ様はこういうお方です。それゆえに世の礼節などに疎い面もございますれば、無礼な点はお許し下さい。」
「あー、それについちゃ心配ないさ、な、デモン。」
「ああ、僕らとて、堅苦しいのは好まないからな。」
そんなこんなで、4人で話をしているのだが、どうやら初めはムサシの動向や意図を探る目的を持っていたようだが、次第に普通に身辺の話や近隣の話、あるいは世間話に終始するようになった。
そして、眼光鋭かったデモンとクリスの表情は、柔和な、本当に友人と接しているかのように変化していったのだった。
「長居してしまったね、明日ラディアンスへ向け出立するのであろう?」
「私らはこれで国に帰るが、歓迎の準備もしなくてはならないしね。」
「歓迎だなんて、そんな」
「あはは。ムサシ様は賓客なのです。ましてリヒト王の一族であれば尚更迎賓には力を入れますよ。」
「も、申し訳……」
「謙虚な所がまたムサシ様らしさ、という所なのでしょうか。ともあれ、お待ちしています。」
ラディアンス王国の双子の王子、デモンとクリス。
こうして国へと戻って行ったのだが、微妙な違和感をヴァーリオは感じ取った。
その違和感は、後にこの大陸を巻き込む事件へと発展していくのである。