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第3話 伊勢の国

 伊勢神宮。


 伊勢の国にある、この島国最高位の神宮として、人々の信仰の対象となっているらしい。

 その広い敷地にある内宮のとある場所に祀られている古鏡。

 その鏡が激しく光る。


 光は周囲を照らすことなく、光る渦となって鏡の前に集積した。

 そしてその光の渦から出てきたのは、武蔵と伊織であった。


 「父上、ここは?」

 「懐かしい匂いだ。ここは伊勢という国にある社の中だ。

 儂らは地上界の日本という島国に来たんだよ。」

 「ここが…地上界……」

 「さぁ、この社を出よう。ここに長居はできぬ故な。」

 「そうなんですか?」


 光の渦出現と同時、ここ伊勢神宮内宮一帯は結界に覆われた。

 これは武蔵と伊織が出現する所を人間に見られないようにする為、らしい。


 天上と地上界を結ぶ回廊は2か所あるという。

 ただ、それとは別の“抜け道”あるいは“界道”とも言われている摩訶不思議な空間もいくつか存在するという。

 天上に住まう者でさえ近づかず、そこは冥界へと続く禁忌の回廊として、人々はおろか天上に住まう者さえ近づかないという。

 過去、そこに向かって帰って来たものは誰一人居ないからだという。


 「そんな場所もあるんですね。」

 「ああ、儂はその場所を知っているが、伊織、お主は知らぬ方が良いかもな。」

 「あー、父上、俺はそもそもそんな場所に近づきたくないです。俺は臆病なんです。」

 「ははは、お主のソレは慎重、というのだぞ。

 ま、危うきには近寄らぬが一番であろうな。

 さて、では行こうか。」

 「何処へ向かうのですか?」

 「まずは知人に会わねばな。周辺で情報収取だ。美味い茶屋もあるぞ。」

 「茶屋!行きましょう!」


 武蔵達がその宮を出た途端、結界は消え参拝者でごった返す雑踏に覆われたのだった。





 武蔵と伊織が降り立った時代。

 慶長20年、西暦で言う1615年だ。

 今まさにこの島国東西分け目の戦が行われ、泰平の世を目前とした時代。

 まだ肌寒さも感じるここ伊勢の国は、それでも人々は戦など関係なくこの伊勢神宮へと参拝に来ているようだ。


 伊勢神宮は内宮と外宮に分かれており、その二つを結ぶ道には様々な店が立ち並び活況を呈している。

 後におはらい通りと呼ばれることになる場所だ。

 その一角にある、わりと人の多い茶屋で、武蔵と伊織は一息つく事にした。

 

 「わはー!旨ぇ!」

 「ふふふ、これ伊織、大声はだすなよ。」

 「すみません父上、でもコレ、凄く甘くて旨いですね!」

 「これはな、赤福餅と言うそうだ。儂もこれが好きでな。」

 「熱い茶と良く合いますね。俺も気に入りました。」


 茶屋はわりと繁盛しているようで、設けられた席は概ね埋まっている。

 長旅で、あるいは参拝を終え疲れた体には甘味が最適なのだろう、どの茶屋も似たような繁盛ぶりだ。

 これだけ人が居れば、情報も集めやすいであろうと武蔵も伊織も考えている。

 ただ、伊織としては何の情報を掴むのかを理解できていない。

 と、そこに


 「やはりここにおいででしたか、武蔵様。」

 「おお、お主は、鹿島殿ではないか。久しいな。」

 「ほんに、久しぶりでございます。それで、こちらの方が伊織様ですね?」

 「こ、こんにちは……」

 「ご立派にお成りになりましたね。」

 「はは、まだまだ未熟者ではあるが。しかし、それは儂から見て、ではあるがな。」

 「ぐッ。言い返せない……」

 「ふふ、武蔵様基準では致し方ありませんね。ところで。」

 「うむ、お主が来たと言う事は。」

 「はい。言伝でございます。竹千代様は今は徳川家康を名乗り、那古野城に居られるそうです。」

 「那古野か。して、藤吉郎は?」

 「藤吉郎様は豊臣秀吉と名を変えました。藤吉郎様は既に……」

 「そうか……そうであったか……」


 鹿島と呼ばれたこの者は、実は武蔵、つまりはスサノオと同じ世界の存在の者だ。

 その本当の名は武御雷と言い、以前にこの地で起こったジュピアとの闘いでは武蔵と一緒に闘った仲間。

 そして、兄である天照の従者でもある。

 

 「現在はその徳川方と豊臣方で争いが続けられており、豊臣方は大阪に籠っているそうです。」

 「そうであるか。しかし、何故あれだけ盤石であった者達の繋がりが綻んでしまったのだ?」

 「そこに、此度武蔵様が来られた理由があるかと存じます。」

 「……なるほど、な。ではまず、儂は竹千代、いやさ家康であったな、そこへ向かおう。」

 「では拙者が道案内を…」

 「ははは、不要だ。まだ道は憶えておる故な。」

 「そうでしたか。では、先だって家康殿に話を通しておきましょう。その後熱田でお待ちしています。」

 「それは有り難い、頼んだぞ。」

 「はは。それと伊織様にはこれを。」


 そう言って鹿島が伊織に手渡したのは一振りの脇差だった。


 「これは…脇差?」

 「この刀は拙者が打ったモノです。伊織様の護身用にと丹精込めて打ちました。」

 「こ、こんな立派な刀を、鹿島さん、なぜ俺に?」

 「ふふふ、この刀は武蔵様の脇差と同じモノですよ。単純に、拙者からの贈り物です。」

 「お主が打った刀か、伊織よ、良いモノを貰ったな。」

 「い、良いのですか?」

 「はい。」

 「ありがとう!鹿島さん!」


 そう言って鹿島に抱きつく伊織。

 抱きつかれた鹿島は、突然の事に少し驚き、そして頬を赤らめた。


 「い、伊織様?」

 「あ!ごめんなさい。」

 「あー伊織よ、そうそう易々と女人に抱きついてはいかんぞ?それは犯罪だ。」

 「い、以後気を付けます。」

 「べ、別に拙者はもっと……」

 「は?」

 「あ!いえいえ!!」


 こうして武蔵と伊織は茶屋を出て一路那古野へと歩を進める事にした。

 

 外宮を過ぎた辺りから、わずかに感じる言いようのない感覚。

 戦国の世、それはそこかしこで戦が繰り広げられている様を表した言葉だ。

 それを、初めて実感した伊織。

 

 さっきの話では、一度は治まったかに思えたこの島国の戦乱。

 それが再び起こり、戦が当たり前の世になったと言う事なのだろう。


 少なくとも、今見える範囲では伊勢神宮への参拝者が行き交い、道沿いでは田畑で仕事をしている人が散見できる。

 そんな戦国の世というものを感じさせる雰囲気は、今の所感じられない。

 しかし、ここ伊勢の国でも覇権争いが未だに繰り広げられているのかもしれない。

 腐臭と血の臭いが、風に乗って漂ってきていた。

 

 まるでそれを気にも留めていないような武蔵のあとを歩きながら、伊織は思った。

 これが、戦の臭い、なのだろう、と。


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