第29話 初陣
高宮城から少し離れた、兵の鍛錬場。
約8キロ平方メートル程もある広い荒野で、ここはかつて空飛ぶ乗り物の発着場だったと、城の歴史書には記されている。
その鍛錬場では、ジパングの兵の総合演習が実施されていた。
リヒトの下に軍師として身を寄せてひと月ほど経った。
その間に練兵、戦術の指南、陣形の実践的活用、隊の役割分担など、集団戦を中心にした演練を続けてきた。
元々ジパングの軍は統率も良く個々の戦力としても高水準にあったようで、ムサシの教えには直ぐに順応していった。
その点はムサシも驚愕する程であり、それはリヒトをはじめとしたジパングの統率者の能力の高さでもあったのだろうと納得した。
ただ……
「リヒト、これではまだ不十分だよ。」
「これでも、か?」
「うん。俺が目指すのは、この上更に犠牲者を出さない事、なんだ。強さは申し分ないんだけど……」
「犠牲者、か……」
戦というものは、否が応にも犠牲者は出る。それがどのような戦であっても、だ。
勝ち負けを賭けた戦いというのは古今そういうものなのである。
事実として、あの大阪での戦では多数の犠牲者が出た。
それが戦における勝ち負けの明確な現象であり判定基準だった。
しかし。
「相手は知能を持たない、ただただ人間を殺す為だけに存在する魔獣、だからね。」
「人間相手の戦とは違う、と言う事なのだろう?」
「うん。聞いた限りじゃ魔獣の行動目的としては“人間の抹殺”ただ一点のようだから、その行動自体は人間には読めないと思うんだ。」
「うん?猪突猛進であればむしろ対応は簡単ではないのか?」
「猛獣レベルならね。けど、相手は知能こそないけど目的に忠実、それこそ自己の事などお構いなしに手あたり次第、反射的に動くと思うんだよ。」
「むしろ統率が取れた人間の集団相手のほうが対応しやすい、と?」
「ある意味そうだね。と言う事で。」
ムサシが求めたのは攻守一体の上を行く陣形の修得だ。
小隊内で3人一組となり攻め手一人を防ぎ手二人でフォローする、という基本戦術だった。
その組が集まり隊として動き、小隊は中隊を組みさらに攻守の役割分担を瞬時に判断し実行する、というものだ。
組織戦というもの自体、ムサシが実際目にしたのはあの大阪の陣で見ただけだが、その時もその改善すべき所は理解できた。
まして今度は人間の力が及ばぬと思われる、何を考えているのか判らない魔獣という物体だ。
全員が臨機応変に群として対処するという、まさにそんな機転を活かさねば勝ち目は低いと踏んだのだ。
幸いだったのは、ジパングの軍、いや、兵たちはムサシの言いたいことに納得賛同した事だろう。
聞けば、過去には魔獣によって命を落とした兵が数多居たと言う。
理不尽すぎる惨劇を、これ以上起こさせはしないという想いがジパング全体に定着していたからだとムサシは理解した。
そんな軍の、兵の練度は日に日に高まって行くのであった。
そうした軍の演習の合間に、ムサシにはもう一つの仕事がある。
シノビの育成だ。
候補として選出されたのは20名程の男女だ。
特に年齢の制限とかは無かったのだが、見事に10代の若者ばかりが揃った。
「選出基準に照らし合わせた結果、ですよ。」
「そうなんですか……それにしても……」
「うふふふ、その何とも言えない表情も素敵ですよ。」
「ヴァーリオさん、よしてください。照れちゃいますから。」
秘書役のヴァーリオは何と言うか、からかうのが上手いというかムサシに対してはとても親身になってくれている。
というか、時々ボディタッチでコミュニケーションを取ってくるのに少し違和感を覚える程だ。
とはいえだ。
そのヴァーリオ自身がシノビ候補に入っていると言う事は、彼も相当な強さを秘めているのだろう。
ムサシとしてもヴァーリオの秘められた、あるいは隠された力と言うモノは理解できているが、特にそこを追求する事はしない。
それにまだ18歳というのも驚きだった。
もっとも、それは自称なのだそうだが。
「さて、それじゃ皆の現状を把握しないとね。」
「ムサシ様、この項目を実行すれば良いのですね?」
「うん。あ、ヴァーリオさん、お願いがあるんだけど。」
「何なりと。」
「俺と一緒に彼ら彼女らの評価をして欲しいんだよ。」
「え?私は?」
「ヴァーリオさんはこないだ少し見たからいいよ。というか、この中でも抜きんでているし。」
「嬉しい事を言ってくれます。では、そうしましょう。」
11,000年の時を超え、このジパングという島国に再び忍術というものが誕生したのはこの時だった。
後にジパングの特殊部隊の代名詞となる“シノビ衆”が産声を上げた瞬間でもあった。
―――――
軍と兵、そしてシノビ衆の練度向上に勤しみ早3か月。
もはやムサシとしては感嘆のため息しかでない、というレベルにまでジパングの兵はその練度を高めた。
模擬戦としてムサシが魔獣の役目をするのだが、それに対しても見事な連携と作戦でムサシに参ったと云わしめるほどに。
もっとも、魔獣役のムサシはあの時の魔獣程度にしか動いてはいないが、それでもこの集団なら充分だろうと思う。
そんな折だった。
魔獣が再び襲ってきた。
「殿!北方、イトイガワ地区に魔獣が出現したとの報告でございます!」
「何だと?また糸魚川か!?」
「糸魚川っていうと、海に面した越前の方だよね?」
「よくご存じで。実は前回のあの魔獣も、出現場所は同じだったのですよ。」
魔獣が海から這い上がってくる、というのはいつも通りなのだそうだ。
魔獣は海、あるいは大陸からこちらに向かってくる、と言う事なのだろうが、何と言うか違和感もある。
群れならまだしも、単体で、しかも海を渡り、上陸地点は幾つかあるが確実にこのアルプスに向かってくる。
このアルプスの地に、なにか誘因するものがあるのだろうか、と。
もっとも、他の地区にも襲撃したという事実はあるのだが、ここ数年は間違いなくここアルプスへと襲撃してくるのだそうだ。
「さっそく出撃だ。訓練の成果も見極められるだろう。」
「はッ!即座に準備します。」
「出発は3時間後だ。軍の編成と体制は任せたぞフォス。」
「御意に!」
「ムサシ、すまぬが君には我らに危険が及ばぬ限り、我らの評定をしてもらいたい。」
「リヒト、評定って……」
「危機に陥ったら助けてもらいたい、が、そうでない限り、わが兵たちの成長具合を、訓練の成果を忌憚なく評価して教えて欲しいんだ。」
「リヒト……わかりました。」
「ムサシ様、私もお手伝いしますから。」
「ありがとうヴァーリオ。」
ジパングの兵およそ100名が高宮城を発った。
時間は既に夕刻に迫っていたが、どうやら夜間にできるだけ越前へと向かいたいとの事だ。
人間同士の戦における行軍を見てきたムサシには、この編成はいささか少ないようにも思ったのだが、相手は魔獣一匹。
そう考えると過剰にも見えるが、いかんせんその魔獣そのものがこれでも戦力的に釣り合わない程の強さを持つのだろう。
そんな相手にジパングの精鋭とも言える猛者ばかりを選んで編成された部隊。
指揮するのはリヒトだ。
将軍が正面切って戦いに臨むのはどうなんだろうとムサシは思うのだが、この世界ではこうして上に立つ者が最前線に立つ、というのが普通なのだそうだ。
要するに頂点に立つ者が全員の為に存在し牽引する、という志の表れなのだろう。
ジパングに限らず、多くの国々がそういう感じだというのはリヒトから聞いた。
ムサシはなんとなく、この世界の事が少しわかったような気がした。
夜が明け、軍はイトイガワを抜けて立山連峰の裾を西に進んだ所、クロベに到着した。
先行している斥候の働きと本体との連携はしっかり取られていて、情報を小まめに入手し精査できる体制となっている。
その為、現在魔獣が居るであろう場所の想定もできた事でクロベまで駒を進められた。
「作戦の修正もし易くなったな。」
「シノビというのは、もとよりそうした情報戦に特化したものです。
身のこなしもそうだけど、情報伝達の手段にこそ真価、その価値がある、というのが俺が教わった事の一つです。」
「身のこなしで言えばムサシ以上の者はおらぬだろうが、それにしても見違えたな、わが軍は。」
そんな話をリヒトとムサシがしている最中、斥候の一人が再び報告に来た。
「殿!魔獣はウオズで確認!集落が襲われています!」
「あいわかった!全軍ウオズへ!陣形は甲型!」
「おおー!!!!」
軍はこれまでの行軍の疲れなど一切見せずに、クロベの西方ウオズへと駆け出す。
そして、そこで見たものは。
先日の魔獣よりも大きく、異形の物体だった。
それを確認したヴァーリオは思わず呟く。
「モ、モンスター……」




