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第28話 シノビの道は……

 リヒトからの要請を快諾した数日後。

 ムサシは“アルプス”と呼ばれる場所、そこにある城の一角に居た。


 ここはかつては長野県松本市、という行政区だったそうで、現在はジパングの首都アルプスとなっている。

 ムサシの認識では日本の首都は京都、その後江戸に移る予定という事だったのだが、どうもこの世界は違うらしい。


 この国を束ねる将軍の居住する城がここ『高宮城』なのだそうで、盆地のほぼ中央に位置している。

 城には小さな堀があるだけで城壁もなく、外部からの攻撃などは一切想定していないような造りになっており、城下にはリヒト曰く“詰所番所”が点在しているらしい。

 分かりやすく言えば、国会議事堂の形が城で、行政の施設がその周囲に密集している、という感じだ。

 ただ、居住区としても割と発展しているようで、城周辺は独特な雰囲気を醸し出している。


 そんな城の一角、割と広めな鍛錬場で、ムサシはジパングの精鋭部隊を前に挨拶をする事になったのだ。

 リヒト曰くジパングの誇る精鋭部隊だそうで、その人数はざっと2,000人程だ。

 中には女性も居たりするのだが、それはさておき集まった兵士一人一人が、とても鍛え抜かれた精鋭というのも見てとれた。


 大阪で見てきた徳川の軍勢、あるいは豊臣方の真田の兵と比較すると、何と言うか、放たれる雰囲気はまるで別物のようにも思える。

 単純な戦力として比較しても、ジパングの兵の強さは各段に上だろう。


 その精鋭が整列している様はまさに圧巻ではあるが、ムサシはこれからこの兵を鍛え上げなければならない。

 そんなプレッシャーもあるにはあるのだが、別のトコロでムサシは少し困ってはいた。

 それは、ムサシ本人は他人に闘いを教えたという実績が無いのである。

 率直に言って、どう教えて行けばいいのかがよく解っていないのだ。

 とはいえ、やるからにはリヒトの想いに、この兵たちの志に答えたい、だから手を抜かずに徹底的に鍛えようとは思う。

 そんな考えが、挨拶という場でムサシの言葉に乗り兵たち、引いては重臣たち、そしてリヒトにも届いたようだ。


 もっとも、こうして群衆の面前で挨拶するなど、ムサシとしても初めての経験ではあった。

 それ故に妙な緊張もあって、開口一番に


 「みみなさんおはようございまth!ム、ムサシといいましゅ!!」


 噛んでしまったのである。

 その緊張した姿と言葉に、はじめは訝しめにムサシを睨んでいた全ての兵は、大小の差はあれど笑顔、というか笑いに包まれた。

 照れ笑いするムサシが、結果としてこれで全員の注目を掴め、なおかつ兵たちとの心の距離を縮められたのはラッキーだったのかもしれない。

 けれどそれは、ムサシの持つカリスマ性の一端だと気づいたのはリヒトと他数名だけだったようだ。


 その後、ムサシはこの指南がこの場に居る兵、そして兵によって守られる民の平和と安全に繋がり、それが国の安寧と永続にも繋がる、と声を上げた。

 聞いた限りでは現状このジパングは国と国の争い、つまり戦争という事態とは無関係ではあるそうだ。

 しかし、海を渡った大陸では戦争とまでは行かないが国家同士の諍いも無い訳では無いとか。

 であれば、それがこちらに飛び火する、あるいは巻き込まれる可能性も無きにしも非ずというのは誰もが思ってはいる事らしい。

 ならば、可能性は低いが戦火から、あるいは現状目の前にある魔獣という脅威からこの国を守るために、皆真剣にムサシの言葉を聞いたのだ。


 挨拶も終わり兵舎の一室、作戦室と呼ばれた部屋でムサシと各部隊の長と司令部幹部、そしてリヒトが集まり今後の方針を決定する事とした。

 

 「ムサシ、具体的にどういった訓練を展開していくんだ?」

 「はい。まずは恥ずかしい話ですが俺自身、当面の敵となる“魔獣”の本質がまだ解りません。

 ただ、先日の件である程度の彼我の差、そして必要な戦術は見えたと考えています。

 従って、最初にすべき事は集団戦の錬成、そして兵の中でも突出した能力の持ち主の選出です。」


 リヒトと出会った時、襲い来る魔獣に対して10数名で戦っていたリヒト達だが、連携は取れていたようにも見えたが噛み合ってはいなかったように思えた。

 たった一度、それも数分の出来事の中でそれを見抜いたムサシも相当だが、リヒトもそれは実感していた事でもあったようで納得顔だった。

 その中で奮闘していたフォス、ヴァロ、それからヒカリと呼ばれていた者も、それは実感したと言う。

 そこを問題として見抜いたムサシに対し、フォス達はムサシに対する不信感や敵愾心、不満などは不思議と消えて行ったらしい。

 余所者やリヒト肝入りという軋轢が解消された訳ではないが、環境的にやりやすくなったとも言えるが、これがムサシの人誑しの一面であると言えるだろう。


 「集団戦、とな。」

 「はい。失礼ながら先日の戦いを見て思ったのです。

 いかに相手が単体だとしても、あれだけの戦力差があっては個別に当たっても個々の能力を発揮できません。」

 「それはどういう事だ?」

 「お見受けした所、ヴァロさんとヒカリさんは戦闘能力としては抜きんでているとお見受けしました。

 それにフォスさんは何やら不思議な術を行使していました。

 となると……」

 「「「 ちょっと待たれよ!! 」」」


 フォス達はムサシの説明途中で声をあげ止めた。


 「へ?」

 「ムサシ様!我らは教えを乞う身だ!なれば!!」

 「敬称は止めて頂きたい!」

 「そのままヴァロと呼んでください。」

 「あ、は、はい。わかりました。」


 その様子をほくそ笑んでみているリヒト。 

 この反骨精神旺盛なフォス達にそう言わせたムサシ、やはり引き入れて正解だったと思ったそうだ。


 そんな事もありつつ、ムサシは集団での戦術について説明をした。

 それらは実際に訓練で形として成す事になるのだが、リヒト達が疑問に思っているのはもう一つの方だ。

 突出した能力の持ち主、それが何を意味するのかが理解できないのである。

 小隊や中隊の頭を挿げ替える、と言う事なのだろうかと思ったようだ。


 「いえ、そうではありません。とある術を習得できる可能性があるならば、それを伝授したいと思います。」

 「とある術?」

 「はい。これは俺も修得したばかりではありますが、ここでは何かと重宝する術だと思ったんです。」

 「ほほう……して、それは?」

 「忍術、あるいはシノビの術と言います。」

 「シノビの術……」


 他でもないムサシ自身が会得した忍びの術。

 戦闘においても然り、各隊との連携や偵察などで活用できる術であることは間違いないとムサシは踏んでいる。

 事実、集団戦においては必須の報連相、指示系統の統括など、単なる伝令以上の有効性があるのではないかと。

 仮にそれらの有効性が低かったとしても、シノビの術を習得するだけでも単純に戦力増強にも繋がる。


 「ただ、このシノビの術は誰もが会得できると言うモノではないです。

 それなりの素養素質が必須になるのですが、見た限りではその素養を持つ者はけっこうな数が居るはずです。

 それを見極め、まずは師範となる人財の育成が優先事項となるでしょう。」

 「人材の育成、とな?」

 「人材、ではなく人財です。この意味の違いは皆さんなら解ると思います。」

 「なるほどのぅ……」


 材料ではなく財産、人を束ね扱う組織上、その違いを明確に理解できない組織は必ず瓦解衰退する。

 ムサシが言い、リヒトが納得したのはそういう所だ。


 「と言う事で、この項目に当てはまる者を選出してもらいたいのです。」


 とムサシが書き記したメモを全員が見た。

 見たのだが……


 「あー、ムサシ様、これは何と書いてあるのかな?」

 「あ!!」


 日本語で書かれたメモ。

 ジパングの民は日本語は読み書きできるのだが、ムサシの字は達筆すぎて逆に読めないのである。

 現代の普通の日本人が、江戸時代や明治時代に書かれた文が読み取れないのと同じだ。


 と言う事で。

 ムサシには秘書が付けられる事になったのだ。


 「ヴァーリオと申します。ムサシ様、宜しくお願いしますね。」

 「いやほんとに、申し訳ありません……」


 見た目は麗しい美女、なのだが、男性の文官だ。

 容姿、物腰、所作、全てにおいて女性にしか見えないのだが、何か底が知れない強さも感じる。

 この男、只者ではないとムサシも思った様だが、助かるのは事実だ。


 こうして、ムサシのジパングでの生活が始まったのである。


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