第27話 ジパングの王、リヒト
殿と呼ばれた者を筆頭に、無事だった10数名はムサシを伴ない北へと進んでいる。
荒れた広い道は幾つもの分岐点というか交差点があり、同じようにアスファルトの舗装が剥がれているような道だった。
そんな荒地を器用に馬は歩んでいる。
その馬に乗るムサシは、改めて周囲の異様さを実感した。
石のようなもの、しかしのっぺりとした灰色の漆喰のようなものでできた大きな構造物。
中には鉄なのだろうか、そのような柱だけの建造物の跡のようなものまで様々な、見た事のない建物が多い。
道の横の砂利道には、途切れ途切れに2本の鉄が敷かれ、何やら柱のようなものがあちこちに立っている。
ふと遠目に道の向こうを見ると、不思議な形をした物体が転がっている。
ムサシには理解できない小さな小屋なのか箱なのか判別できないそれは、かつて“自動車”と呼ばれた文明の利器の遺物だった。
そんな道中、ムサシはヴァロと呼ばれた者と話をしている。
「この国に魔獣が出たのは久しぶりの事なのです。我らも討伐には自信が有りましたが、あのようなあり様に……」
「あの、魔獣って何ですか?」
「魔獣を知らぬのですか?」
「あー、はい、すみません。」
「魔獣とは……」
話を聞けば、この島国だけでなく西や北の大陸をはじめ、この星全土に出現する異形の生物なのだとか。
躊躇なく人々を襲い、その力は人間が太刀打ちできるものでは無く、こうして軍を率いての討伐でも逆にやられる事の方が多い、と。
幸いにもここ日本にはそうした魔獣の出現は多くはないのだが、大陸側では出現する頻度は高いのだそうだ。
が
「大陸には魔族や龍族といった、魔獣に対抗できる者もいてな、時折私の所にも来てくれたりはするのだよ。」
「魔族?龍族?」
「はは、そこも知らぬとはな。ムサシは今まで何処に居たのだ?」
「あー、それはですね……」
どう答えて良いモノか、少し困惑する状況ではある。
しかし例えばここが別の世界とはいえ、正直に話したところで伝わるかも信じてもらえるかも、いまいち判りかねる。
そもそもが『天上からきて常陸で鍛えてました』という事実すら、傍からすれば戯言にしか聞こえないだろう。
ゆえに
「色々と旅をしていました。で、気づいたらここに居たんです。」
「ふむぅ……」
リヒトのその反応は当然だろう。
何しろ答えになっていないのだから。
が、伊達に一国を束ねている王では無い様でそれは言い表せない何かを含んでいる、という事を察した。
「それでムサシ、お主はこれから何処へ行くのであるか?」
「えーと、それが……当てはありません。しかし、すべき事はあります。」
「……何やら複雑な事情もあるようだな。それならどうだろう、しばし私の所に滞在するというのは?」
「え?あ、いや、素性も解らない俺を居候にだなんて。」
「ははは、素性などどのみち明らかにはできぬ、と言う事なのであろう?ならばそれは不問だ。人間に害する者でなければ私は構わんからな。」
「は、はぁ……」
「実を言うとな、先ほどのムサシの強さを見て、単純に味方になってもらいたい、と思ったのだよ。」
「味方って言うと?」
「ムサシ、我らに戦術指南などできまいか?」
「指南って……」
ムサシとしてもその話は有り難いとは思う。
なにせこのままだと当てのない放浪を続けるだけになりそうだったからだ。
とはいえ、大阪でのあの戦に加わった経緯を振り返ってみれば、リヒトの言うそれは大胆というか警戒心が無さすぎると言うか、大らか過ぎる話だろう。
というよりも、この殿様というのは、それだけの懐の広さと人を見る目があるのだろうか。
そんな話をしつつ、一行はチノという集落に到着した。
ここに小さいながらも城があり、行政の役所の他に、職務上の中継場所として宿泊滞在の機能もあるという。
どうやら一行はここを拠点として討伐を行った様だ。
「本拠地はもう少し北へ行った所にあってな、ここは言わば私達の別荘のようなものだ。さ、遠慮なく付いてくるがよいぞムサシ。」
「あ、ありがとうございます。」
家臣なのであろう取り巻きの者達の諫めもどこ吹く風とばかりにリヒトはムサシを案内してゆく。
「もう、殿は言い出したら聞かないからなぁ……」
「とは言えだ、それでトラブルが起こった事はないから、大丈夫だとは思うけど……」
「まぁ、確かにあのムサシとやらに助けられたんだしな。しゃーないか……」
と、一行はリヒトの行動には理解しつつも呆れているようではあった。
陽も落ちて夕餉の時となったのだが、なんと夕餉はリヒトとムサシの二人だけで、となった。
どうやらリヒトはムサシとサシで話をしたかったようだ。
「メシは満足いただけたか?」
「はい。美味しかったです。というか、変わった食事でしたね。」
「ああ、あれは“ハンバーガー”といってな、別の国の食べ物だったらしいのだが、やはり知らぬのだな。」
「あ、はぁ……」
夕食は小麦で作ったパンというもので肉と野菜を挟んだ、ハンバーガーそのものだった。
パンというものを食べた事がないムサシには少し抵抗があったようだが、いざ食べてみるとその美味さに驚いた。
そんなハンバーガーを平らげ、今は小魚を肴に酒を振舞われている。
その酒も、いわゆる清酒というものでとても澄んだ透明の酒だ。
「さて、ムサシ。本当の所を聞かせて欲しい。」
「本当の所?」
「実はだな、昨年あの近辺で大きな騒ぎがあってな。」
「昨年……」
「得体の知れぬ、人とも物の怪ともつかぬ異形の物体が近くの集落を襲ったのだよ。」
「異形の物体、だって?」
それを聞いてムサシの脳裏に浮かんだのは、他でもないジュピアだった。
しかし、ジュピアがあの祠に逃げ込んだのは3年程前の話だ。
時系列的に少し齟齬があるので断定はできない、とも思う。
「幸いにもその時は魔王殿がこちらに来ていてな、集落を守りその異形の物体を退ける事が出来たのだよ。」
「魔王?」
「ムサシよ、そなたは旅の者と言ったな。それは何処をどう旅していたのだ?」
リヒトの言葉には、ムサシがその異形の物体と何某かの繋がりがあると感じているだろう節があった。
どことなく時世というよりも何事においてもリヒト達と違う、どこか世離れしているようにも思っているのだろう。
事実として、常識とも言える事柄に対し知らない事が多いからだ。
「えーと、リヒト様。」
「リヒト、で良い。」
「あ、はい。リヒト、これから話す事は少し戯言のようにも聞こえるかも知れません。」
「ほう……」
「ですが、間違いなく事実です。不明な所は都度聞いて下されば説明します。」
「そうであるか。」
ムサシはリヒトに、今に至るまでの事を正直に伝えた。
ただ、天上の事や本当の武蔵の事などは省いた。
そこは話しても信じてはもらえないと思ったからだ。
「なるほどなぁ…ジュピア……」
「俺は、その悪の塊のような存在を消し去る事を目的として旅を始めたのです。」
「それも別世界から、か……にわかには信じがたい事ではあるが、ムサシのその強さは確かに世離れしているな。」
「ところで、魔獣というのはその異形の物体と何か関係が?」
「あ、いや、それは無いと思うが確証はないな。というか、魔獣を知らぬのだったな。」
「はい。」
「魔獣とは……」
リヒトの話によれば、魔獣と称される、おおよそ自然の摂理からかけ離れたような生物らしき存在なのだとか。
人間を遥かに凌駕する身体能力、強さ、堅牢さに加え、明らかに人間に対して牙を剥く、と。
殺したところで放置すれば再生するので死骸は焼き払わなければならない。
さらに、それらは神出鬼没なうえに生息域というモノは無く、この星全土に出現しているのだとか。
「それって、本当に“生き物”なのですか?」
「私達にはそこですら不明だな。何しろ追っ払い、あるいは消滅させる事だけで精一杯であるしな。」
「うーん……」
「先ほどムサシに指南をどうかと尋ねたのは、その為の力、強さを底上げしたいと思ったのだよ。」
「なるほど……」
ここまで聞いて、ムサシはリヒトの思惑を完全に理解するに至った。
端的に言えば戦力の増強に一役買って欲しい、と言う事だ。
それも、国同士、人間同士の戦という事ではなく、人を、街を、国を守る為、だと。
しかし、ムサシには懸念も同時にあった。
それは、力を付けた者、あるいは集団は、最初の目的こそそうだとしてもゆくゆくはその矛先を別の集団へと向けるだろう、という事だ。
父武蔵から、あるいは母織衣から聞いていた地上界の歴史、それに自身も参加し直接目にしたあの大阪での戦、それに纏わる顛末など、その根拠となる争いの歴史を理解しているから。
父武蔵の、あるいはその兄達、オロチ、酒呑童子など、そうした地上界を俯瞰し続けてきた者達の葛藤が、今になってよく理解できた。
とはいえ、だ。
目の前に危機があるのにそれを放置する事も、ムサシにはできない事ではある。
そんな思いあぐねているムサシを見て、リヒトは告げる。
「無理にとは言えない、しかし、現状私達が頼れるのはムサシ、君だけなんだ。」
「……」
決して多くないリヒトの言葉の端々に、民を、国を想う気持ちが表れている。
ムサシは有りもしない未来の懸念に捕らわれるよりも、今困っているであろうリヒトの想いに応えたいと素直に思う。
何より、今自分がいるこの世界の事は何一つ知らないのだ。
リヒトの提案は、利害が完全に一致しているし、それが人々を守る事に繋がるのなら断る理由はない。
ジュピアに関していえば、まずは情報収集からして行くしかないのであれば、だ。
「わかりましたリヒト。俺にできる事を、精一杯やらせていただきます。」
「おお!やってくれるか!」
こうしてムサシはジパングの軍師として迎え入れられたのだった。




