第26話 その名はムサシ!
伊織がゲート、つまり“界道”のある場所から北へ向けて歩き出してから40分程。
山を降って出た先は、少し平坦になった盆地へと続く広い道だった。
不思議な道だ。
砂利でもなく岩でもなく、浅黒い小石の塊を油で固めたような瓦礫が敷かれてはいるが、ガタガタに朽ちている様な道だがかつては整備されていたような道だ。
その道はこの先の盆地に続いており、その盆地には何か不思議な構造物が朽ち果てたような感じで散見された。
それはかつて栄えていた文明、その残骸ではあるのだが、それすら伊織からすれば400年以上も未来の日本の姿なのだ。
伊織に理解できる範疇ではない。
ないのだが、何となく伊織は、この世界はかなり進んだ文明の世界なのだろうと思ったらしい。
ここまで歩いてきて、誰とも会っていない事にも少し違和感を覚えた。
少なくともあの時、ジュピアを追っていた時はまばらではあるが民家も点在し農作業をしている人も多く居たはずだ。
まして山の麓、農林業に携わる者もいるはずなのに。
それに、何となく、だが。
妙な違和感もある気がする。
何と言うか、ギスギスとした、あるいは殺伐としたものが、漠然とではあるが薄いような感覚だ。
とはいえ、そこは考えても仕方がない、とも思う。
今すべき事は行動する事、前に進む事だ。
現状をきちんと把握し今後を見据える事が最優先であると認識しているからだ。
そういう点では、伊織は成長もし、もはや常人を超えている事を証明しているのであろう。
半ば朽ちているアスファルトの広い道を歩み出した時、伊織は気配に気づいた。
と言うよりも、何か騒がしい、騒動のような感じを覚えた。
何事かとその気配の方を見てみると。
森へと続く側道から、集団が何かから逃げてきた。
10数名程、馬に跨っている人や徒歩の人、何やら武器を持っているのか、戦のような佇まいの人達だ。
一目散に逃げているのだが、何だろう、ここでも戦をしているのだろうか。
そう思った次の瞬間だった。
その10数名を追う、1体の異形の生物を認識した。
「な、なんだありゃ……」
見た事もない生き物。
おおよそ尋常ではない気を纏い、身の丈は7尺を超えていて、その腕や脚はどれだけの力を発するのかもわからない程強靭に見える。
4本足、いや、2足歩行、いやいや、そのどちらでもないような姿。
敢えて言うなら、熊とゴリラとライオンを足したような異形の動物だった。
咆哮する異形の動物から逃げ惑う集団、どう考えてもあの者達では到底応戦などできようもない事は見ただけで理解できる。
なにせ圧倒的な破壊の力を持っているだろう異形の大きな生物、もはやあれは野獣と言うモノだ。
その集団のしんがりを取っている、馬に跨った身なりの小綺麗な男が叫ぶ。
「散り散りに散開せよ!こやつは俺が食い止める!」
どうやらその男は意を決してあの野獣らしき生物と衝突する気のようだ。
が、その取り巻きなのだろう者はさらに叫ぶ。
「殿!いけません!殿はお逃げください!」
「バカ者!お前達を置いて逃げられるか!ええい、なら共に!」
4騎程がそんなやり取りをしつつも、徒歩の者を散開させ先に逃がそうとしている。
と、見ている場合ではないと伊織ははっとした。
あの者達では瞬殺されてしまう事は明白だ。
野獣らしき生物は殿と呼ばれた騎馬へといよいよ迫り、その強靭そうな腕で叩き潰そうと振りかぶる。
「殿!!」
「い、いかん!」
2名の騎馬がその殿へと向かい、ぶつけてでも身代わりになろうとしたのだが、とても間に合わない。
殿と呼ばれた者、その取り巻きの者、皆がもはやこれまでと覚悟をしたその時だった。
野獣らしき生物は、頭から左右真っ二つになったかと思うと、それらも上下に斬り割かれた。
「なッ!!」
断末魔の咆哮すら出せず、もはや生命の維持などできるはずのない姿となった野獣らしき生物。
ひとまずは全員が危機を脱したかのようだった。
動きを止め、野獣らしき生物をぶった切ったその男に視線が集中し、殿と呼ばれた者はその男に問いかけた。
「お、お主は……」
「ご無事でしたか。突然割って入ってしまって済みません。」
「あ……いや、それは良い、というか…助かったが……お主は一体……」
「俺はイオ……ムサシ、ムサシと言います、旅の者です。」
「ムサシ……」
「あの、貴方方は?」
「う、うむ。というか知らぬのか…私はジパングの将軍、リヒトだ。」
「ジパング?…将軍?」
「ふむ? それも解らぬのか……」
そんなやり取りをしている伊織改めムサシとリヒト。
取り巻きの者がそんなムサシを嗜めた。
「殿の御前であるぞ!控えぬか!」
「礼節も弁えず無礼であるぞ!」
「へ?」
「よい、気にするな。」
「し、しかし、殿!」
「それよりも、だ。コレを処分せねばな。フォス、頼むぞ。」
「ぎょ、御意に!」
ムサシに諫言したフォス、と呼ばれた者はそう答え、4分割された野獣らしき生物に向かって何かの術をかけて焼き払った。
見ると、炎に包まれた死骸は焼ける、と言うよりも消えて行っているようだった。
「これでまずは一安心である。さて、ムサシとやら。」
「はい?」
「礼をしなくてはな。私達を救ってくれたのだ、手厚く迎え入れるべきだろう。ヴァロ、ムサシを。」
「ははッ! さ、ムサシ様、こちらに。」
「え?あ、はい…って、こちらって……」
「鞍が小さくて申し訳ありません。が、歩くよりは楽ですから。」
「あ、はい。ありがとう…ございます……」
何が何やら解らないままに、一行を危機から救ったとして迎えられたムサシ。
解らない事ばかりだが、ひとまずはこの世界の人と接触できた事に少し安堵する伊織改めムサシであった。




