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第24話 最後のひと時

 磯部の桜祭りから帰って来た伊織とエイル。

 その二人を見て、何とも言えない顔になる一同。

 武蔵は困ったような顔をし、酔った半蔵や佐助、幸信たちはやんややんやと冷やかし、白蘭はふくれっ面を隠そうとせず、酒呑も天狗も何やらにやにやとしている。


 「あ、あの、みんな、どうし……」

 「ぬふふ、どうしたもこうしたもあるかよ、なぁ。」

 「これはもう、アレですな!」

 「っていうか、もうソレでしょ!」


 伊織の腕にしっかりとしがみ付き体を寄せるエイル。

 それがまんざらでもない、というよりもとても心地よさそうにして照れる伊織。

 他者の目をまるで気にしないバカップルそのものの様相で帰って来たからだ。

 もっとも。

 さっきの出来事を知る者は居ないので、こうなった経緯は知る由もないのだが、理由はどうあれ今や伊織とエイルは完全にアツアツなのである。

 

 「何と言うかですな、これは祝うべきではないかと思いますが武蔵様?」

 「う、うむ……そうだなぁ……」


 武蔵としても、より親密になったと言えるであろう伊織とエイルの事は、少し嬉しいとも思う。

 反面、自身の事もあって少し困惑するところも無い訳では無かった。

 ただ、伊織は自分とは違い人間であり、エイルも存在こそ違うが自分と織衣程制約のある存在でもない。

 であれば、と。

 これは織衣と大陸側の天上にいるオーディーンへも報告すべき事だろうと思ったそうだ。


 と、そんな伊織とエイルを居間の中央へと座らせ、それを皆が囲んだ。

 そこに爺が二つの葛籠を持ってきた。


 「さて、実はですな、昨年末に結城の四月一日からコレが届きましてな。」

 

 と、葛籠を開けると、見事な藍色に染まった服が納められていた。

 結城のあの呉服屋というか仕立て屋で作られた、伊織とエイルの服だった。


 「こ、これって!」

 「素敵……」

 「この絹は中々に織るのが大変らしくてね、機織りから裁断、縫製に多大な時間と労力がかかってしまったそうですぞ。」


 実に約3年もの時間をかけて作られた、伊織とエイルの服。

 しかしそれは呉服というよりも洋服に近い仕立てとなっていて、普段着としては今の時代に若干そぐわない造りではある。

 が。

 葛籠から出して、伊織とエイルは襖の向こうでこの服を着用してみたところ。


 「ふぇー……伊織カッコいいしエイルは素敵だねー……」


 普段から少し変わった服を着ている白蘭が、そんな事を言って感心していた。

 実は白蘭は大陸西方で数年程修行していた事もあり、洋服というものは知っていた。

 ただ、機能的にも形状的にも、日本の生活に用いるには難があると言えるので持ち帰る事は無かったんだそうだ。

 今白蘭が着用している服には、そうしたエッセンスも含まれているとは白蘭自身の言葉だった。


 お揃い、といえる結城紬の服。

 伊織のものは簡素であるが動きやすく機能的で、袴ではなく下はズボンというかジーンズのような感じで上は体部分がベストのような感じで厚みのあるシャツのような感じだ。

 エイルのものも簡素で同じく動きやすそうではあるが、どちらかと言うと日常に支障のないドレスに近い感じだ。


 ラフとも言えずフォーマルと言えばそうとも見える、不思議なデザインのペアルック。

 そんな衣装を着たら、この空気ではこうなる事は明白だった。


 「よっしゃ!このまま祝言あげちまおう!」

 「おおー!!!!」

 「「 ええぇー!? 」」


 そうと決まれば行動は早かった。

 武蔵や酒呑、白蘭以外の者は忍者だ。身のこなしの速さは当然だが、宴席の設置などまるで事前に準備していたかのようにテキパキと進め、あっという間に宴席が設けられた。

 簡易的ではあるが、その席は婚礼の席となった。

 通常とは少し異なるのは仕方がない所ではあるが、武蔵をはじめ皆祝福するのにそんな事は些事だと言わんばかりだ。


 伊織としては、つい3年程前に知り合った女性、しかし、生まれて初めて恋慕の情を抱いた女性。

 エイルとしても、見た瞬間に守護すべき対象を飛び越えて心も体も捧げたいと思った初めての男性。

 照れながらも、こうしてお膳立てしてもらった事でそれを強く実感した二人。


 宴席は文字通りバカ騒ぎになっていたが、何時しか武蔵の姿は見えなくなっていた。

 早速、織衣とオーディーン界隈へと報告しに行ったのだろうが、その時の武蔵の表情は困り顔ながらも嬉しそうではあった。


 こうして、形としても結ばれた二人。

 それは、未来永劫変わる事のない絆として確立したと言う事でもある。

 ただ。

 この後、特にエイルにとっては辛く長い時間が待っている事は、伊織とエイル、武蔵以外誰も知らない事ではあったのだが。


 それでも、このひと時は伊織にとってもエイルにとっても、皆にとっても幸せの絶頂にあったと言ってもよいのではないだろうか。



 ―――――



 「ふふ、何か、とても楽しかった。」

 「あは、そうだね。エイル疲れてない?」

 「ううん、大丈夫。というか、楽しい事は疲れない。」

 「そうかもね、あはは。」


 寄り添い、月を眺めて二人他愛のない話をしている。

 こんな、何でもない時間が、とても嬉しく、とても愛おしく、とても大切なものだと実感できた。

 それが残された時間が僅かだとしても、そんな不安を一掃してしまうと思える程に。

 繋げた手と手は、そんな二人の絆の強さを物語っているようでもあった。


 「……伊織、何時旅立つの?」

 「うん……4日後、かな……」

 「そう……」

 「あ、あのさ、エイル。」

 「うん?」

 「俺、俺さ、必ず、必ずエイルの元に帰ってくる。絶対にエイルの所へ帰ってくるよ。」

 「伊織…」

 「何処へ、どれだけの時間行くのか、この世界に帰る事ができるのかも解らない、けれど。」

 「……」

 「必ずエイルの所へ戻ってくる事だけは、何となくだけどわかるんだ。願望じゃなくて、確信、みたいな気がするんだ。」

 「…伊織……」


 それは、誰にも解らない事ではある。

 が、それが単なる望みであったとしても、それを否定する、あるいは捨てる事はしない。

 伊織の、エイルに対する想いはそれだけ強く、その強さは不可能を可能にさえしてしまうほどの力があるのだろう。

 何より、あのロココという者がそう言っていたのだから。


 これまで二人は、もう何度も体を重ね愛し合ってきた。

 しかし、二人の間に新たな命が授かる事はなかった。

 それはとある理由によるものなのだが、そうした愛の結晶を欲していたのも事実だ。

 特にエイルにとっては、今後はただ待つだけの時間が待っている。

 朧気ながらにそれを理解していたから尚更なのだろう。

 でも、それを無念と思う事もないのも、二人にとっては共通した想いでもあった。

 それだけ、この3年程の間に大きく固く強い絆で結ばれたのだろう。


 「エイル……愛してる。」

 「伊織、Jeg er veldig glad ⅰ deg……」


 簡単な、これ以上ない端的な、しかしそこに計り知れない想いが詰まった、愛の言葉だった。

 聞いたことが無いはずの、北欧の愛の言葉、それはエイルの本当の心。

 伊織にはそれがしっかりと理解できた。


 大きく明るい月が二人を照らし、まるで祝福しているかのようだった。

 二人はそのまま朝まで寄り添い、語り合ったのだった。



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