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第21話 修行の道は……

 薫風心地よい昼真っ盛りの加波山山頂。

 太陽に照らされながら、大人の握り拳2つ分程もある握り飯を頬張る伊織。

 傍らには茶を持って寄り添うエイル。


 羽黒に来て早ひと月が過ぎた。

 修行の10日目には、既に伊織は闘いにおける戦術や戦法など、強さにおいて必要な要素は全て修得してしまった。

 剣術や体術は人間技ではない程に強化され、もはや武蔵をして思わず免許皆伝と言いそうになってしまう程に。

 ただ。

 忍術に関してはまだ探求すべき所もあり、また白蘭やエイルが行使する摩訶不思議な術にも興味を持った事で、今はそうした“異なる力”の修練に重きをおいている。


 半蔵曰く


 「忍術の基礎は“気”の扱いです。特に隠密行動においては自身の気を消し、相手の気を探る、という手段が必須なのです。」


 と言う。

 しかし、そうは言いつつも半蔵でさえそれを極める事は困難なようで、その父である爺でさえ完全ではないらしい。

 そもそも人間がそうした“気”を自在に扱えるという事自体難しい話であり、大陸で言う気功や発勁のような概念も、実践できる者は限られている。

 

 そんな“気”を知り扱う為に、今伊織はそれに勤しんでいるという訳だ。


 「うーん、握り飯が美味しい!エイル、美味しいよ。」

 「伊織……ありがと。」


 エイルが握るおにぎりが、何時しか伊織の大好物になっていた。

 ただの白米だけでなく、その中には猪肉や鶏肉が入っていたり、小松菜や高菜の漬物、小魚の佃煮など、バリエーションも豊富だった。

 エイル自身、ここに来て里の人達や忍びの者にも馴染み、そうした料理の手ほどきも受けていた。

 パッと見は異人の女子で日本の料理は出来ないのではないかと思われていたようだが、里の人達もその料理の腕には舌を巻いたようだった。


 「ご馳走様でした。さて、少し休んだらまたあっちへ行くよ。」

 「そう。それなら私は夕餉の支度をして待ってる。」

 「うん。ありがと、エイル。」

 「頑張って。」


 軽く口づけを交わし、エイルは山を降って行った。

 一人残った伊織は大きく息を吸うと、顔をパンパンと叩き気合いを入れる。


 有り余る体力を極限まで使い、へとへとになった所で瞑想をする。

 “気”という、具体的にどういったモノか定かではないモノを感じる為だ。

 とはいえ、実は伊織はその一端を既に感じ取っている。

 ジュピアの時もそうだった。

 それを反復拡大して行く事が、今の目的だ。

 すると早速、誰かの気配を察知した。

 酒呑童子と天中坊だ。


 「ここに居たか。何か段々とお前の気配が脈動してるな。」

 「俺でも分がんねぇ時もあっかんなぁ。」

 「酒呑様と天狗様?」

 「今から走るんだろ、付き合うぜ。」

 「へ?」

 「あー、実を言うとな、魚を買ってこいと武蔵様から頼まれてな。」

 「魚って……確かに海岸まで行くけど、釣りをするんですか?」

 「あ、いや、漁師から買うんだよ。んで、俺や天狗じゃ漁師が驚いちまうからな。」

 「あーそういう……」

 

 そんなこんなで、伊織と酒呑、天中坊は加波山の山頂から一気に真東へと駆け出した。

 東に一直線に通っている道などないが、お構いなしに走りぬける。

 田畑などは流石に避けて走るのだが、その速度は時速にして50Kmを超えている。

 そんな伊織の脚力を、酒呑は韋駄天顔負けだと評した事もある。


 涸沼が見えた辺りで少し北寄りに進み。海岸線に出るとそのまま北上した。

 到着したのは大洗海岸だ。


 大洗は漁業が盛んな漁村で、時折大きな魚が獲れ売りに出されている。

 武蔵と爺が所望したのは、ヒラメとスズキ、それにシジミだ。

 特にシジミは先の涸沼で獲れる物は身が大きく旨味も濃いので味噌汁には最高の食材になる。

 そういえば、と伊織は思った。

 魚とか、この所食べてなかったなぁ、と。


 こうして大洗でヒラメ、スズキ、鯛とシジミを買い、大きな木箱3つに詰めて羽黒へと戻る。

 で、結局その荷は伊織が一人で担ぎ、来た時と同じ速度で帰る訳だ。


 「お、重いぃー……」

 「あはは、それも修行の内だろ?」

 「つぅがよ、やっぱすげぇな伊織。」


 軽々と走る酒呑と天中坊。

 お願いだから半分でも持ってくれと、少し思った伊織だった。

 

 荷を館に届けた後、伊織は再び加波山へと上り山頂で瞑想を始めた。

 酒呑と天中坊、白蘭が一緒だが、邪魔する訳では無く、気配の掴み方を高める為の補助だ。

 それぞれが違った気を纏っているのは伊織にも理解できたし、特に酒呑と天中坊はその扱いに長けているから察知という意味では最上の標的でもある。

 既に気を自在に操ると言われている白蘭に対しては、完璧と言えるほど補足できてしまっている。

 酒呑と天中坊、白蘭はその手に木の棒を持ち、ぺしぺしと伊織の頭を叩こうとしているのだが、伊織は目を瞑ったままそれを避ける。

 もっとも、頭だけ避けているので棒が当たる肩や背中が痛いのは仕方がない所なのだろう。


 そんな修行真っ最中の伊織を他所に。

 館でも別の修行風景が展開されていた。

 武蔵や爺が魚を買ってこいと言った理由、それはエイルが魚を捌く事も習いたいと言ったからだ。

 スズキや鯛のような大きな魚は内陸部ではなかなか手に入らない。

 先日も麓の弁天川でヤマベを獲ってきたが、砂抜きし内臓を取って天ぷらにしただけだったので捌く事はしなかったのだ。

 その折に三太夫に3枚おろしとか刺身とかの話を聞いて、やってみたいと言ったのが事の始まりだったそうだ。


 夕陽が落ちる頃、伊織達は山を降り館へと帰って来た。

 それを迎えたのは


 「す、すげぇー……」

 「伊織、私がんばった!」

 「エイル、凄いよ……」


 スズキ、ヒラメ、鯛のお造りと揚げ物、煮物、それに寿司とシジミ汁。

 見た目も鮮やかで彩りよく、煮物の少し甘めな香りとシジミ汁の香り。

 もう、見た瞬間に伊織のお腹は大きな音を立てた。


 「ほッほッほッ、まずは風呂に入ってくると良いですぞ。米が炊き上がるのにもう少しかかります故な。」

 「は、はい!じゃ!風呂いただきます!」

 「あ、まって伊織、私も一緒。」

 「うん、行こう!」


 風呂でさっぱりし、美味しい食事で腹を満たした後。

 伊織は4畳半程の部屋で蝋燭を灯し読書にふける。

 その横でエイルは、じっと伊織を見つめ座っている。


 その書物は、武蔵が書き留めた兵法書、後に“五輪の書”と呼ばれる物や大陸の兵法書、それに動植物に関する書物、食に関する書物、建築物に関する書物、農作に関する書物など多岐にわたっている。

 面白いのはバイブルまであって、それらは全てイギリス語で書かれているのだが、エイルの補助無しでも読めた事だ。

 ただ、内容自体は伊織としては寓話にしか見えず、娯楽小説として読んでいたらしい。

 ちなみに、まだ医学に関しては詳しい書物は存在しない。

 杉田玄白らによる人体の解剖医学書、解体新書が発行されるのはまだずっと後の事だ。

 とはいえ、“気”というものを理解するには必須の知識でもあり、人体の構造や怪我の治療法などは興味深く調べていたようだ。




 

 こうして、修行に明け暮れる日々にも、心身共にリフレッシュできる出来事があった。

 それは傍目には束の間の休息にも見えるのだが、伊織の場合はこれすら修行の一環でもあった。


 人々の生活を知る、というのもそうなのだが、それを具体的に体験する事で理解を深める為なのだ。

 地上界に戻って以来、そうした“普通の生活の営み”を経験する事こそ、武蔵が我が子伊織に体験して欲しかった事だ。

 武蔵には、実子の双子を失ったという悲しい過去がある。

 実際にはその双子こそ遠い遠い未来で伊織の意志を継ぐ訳だが、それは今の武蔵には知り得ない事。

 もちろん、ジュピアに対処する為にという理由もあったのだがそれよりも、親として子に何を授けられるかを考え、こうした行動を取っているのである。

 

 時には伊織自身が炊事洗濯を一人で行う事もある。

 エイルも手伝うのだが、それも修行なのだと理解しているエイルは本当に手が回りきらない時だけ補助している。

 その様子は傍から見れば中睦ましい若い夫婦にしか見えない。

 館に居る誰もが、そんな二人をみてほっこりするのであった。



 この時期が、伊織とエイルの二人にとって一番幸せな時期だったと言えよう。

 

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