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第18話 東へ

 大阪、あるいは京から関東へ行くには、大まかに二つの経路がある。

 一つは太平洋側の海沿いを通る、後に東海道と呼ばれる割合平坦な街道。

 もう一つは列島中部を東西に貫く、後に中山道と呼ばれる起伏に富んだ街道。

 伊織達は、後者の中山道を通って常陸の国まで行く事になった。


 その理由は、道中幾度も山越え谷越えをするので足腰の強化につながる事。

 そして、その場その場に点在する集落が、言わば「日本らしさ」を強く感じられるだろうからだ。

 伊織は物心ついた時には既に天上に居たからか、地上の風景や生活の様子など、殆ど知らない。

 それは忍びの術を伝授する際に、少なからず影響があると半蔵は理解していたのだ。


 もっとも。


 伊織本人が、江戸時代へと突入するこの時期の日本にとても興味があった事も理由の一つではある。

 このルートを選択したのは他ならぬ伊織だった。

 正直、海というものすら天上にはないので非常に興味はあったものの、まずはこの日本という国の風土を理解したいという考えの方が強かったようだ。

 結果として、この選択が後々伊織にとってとても重要な要素になるというのは、まだこの時は伊織本人も理解してはいないのだが。



 そんなこんなで、早朝に難波を出立し、文字通り真っ直ぐに那古野へと向かっている。

 街道を、ではなく、山道やら獣道やら、到底人が通う道とは言えないような、時には森や林の中を草木を掻き分けて突き進んでいる。

 すでに修行は始まっているのである。

 当然、歩いてなどいない。

 流石に常に全力疾走とはいかないが、緩急をつけ走っている。


 早速最初の難関である奈良からの鈴鹿越え、つまり笠置山地から上野盆地、笠取山へと続く起伏に富んだ地形を一行は走破した。

 そのまま東進し伊勢平野に出た所で一休みとなった。

 時間としてはまだ昼前、しかし、同行している佐助はじめ他の忍び達ですら、すでに疲労の色が濃いようだ。

 

 「さすがに身体的には我らをも凌駕しているのですな、伊織様。」

 「えーっと、そのようです……」


 汗一つかいていない伊織。

 道中の食料と3本もの刀を持って、平均時速にしておよそ20キロは超えていただろうにも関わらず、だ。

 当然、エイルも武蔵も同様で、爽やかにウォーキングでもしたような清々しささえあった。

 半蔵は改めて思う。

 このような方達なれば、あんな強大な敵など敵足らんのは当然なのだろう、と。


 ちなみに、一緒について来ている白蘭は既に疲労困憊のようで、もはや動く事さえ苦痛のようだ。

 なので、ここから先は伊織が背中におんぶして行く事になったのだが。

 当然エイルは憮然とした表情になった。

 当の伊織はそこに何の感慨も無いのだが、それは鈍いのか疎いのか、はたまた本当に荷物としか思っていないのか、エイルにはまだ判別がつかない。

 おんぶされた白蘭は半ば夢心地のようではあった。


 桑名から北上し多度山の裾を通り、昼頃には大垣へと出た。

 若干遠回りな道程なのも、色々と配慮した結果だと半蔵は言う。

 この一帯はこれまでの戦乱の世の暮らしを色濃く映し出している場所と、それとは全く違う長閑な農耕の暮らしが一度に見られ比較できるからであった。

 さらに東に進んだ所で、昼休憩と相成った。


 ここは鵜沼宿と言う場所で、小さいながらも宿場町として機能しており、戦国の世では数々の合戦の舞台ともなった犬山城のお膝元でもある。

 ここでようやくメシと相成った訳だが。


 「へぼ飯?」

 「はい。スズメバチとその幼虫を使った、美濃の飯です。」

 「へぇー、スズメバチかぁ……美味しいのですか?」

 「味は作り手に寄りけりですが、マズくはありません。が、精がつく事は保証しますぞ。」

 「ってことは、この先は…」

 「はい。もう完全な山道が続きます故。」


 東濃に伝わるへぼ飯という、スズメバチを使った炊き込みご飯を皆で食す。

 時期的に幼虫も小さいので、本格的なものではないが味や効能自体はそう変わらないらしい。

 パッと見は何かの炊き込みご飯と言う感じで、言われなければこれがスズメバチとその蜂の子というのは解らないだろう。


 「あー、これも美味いー……」

 「煮汁の具合が最高だなこの店。半蔵、ここは良く?」

 「某もこの店のコレは好きでしてね、峠越えの折には何度か頂きましたよ。」

 「……虫?」

 「エイル、大丈夫。美味しいから食べてみてよ。」

 「う、うん……」


 エイルとしては虫を食べるという習慣そのものが無い為、少し戸惑っているようだった。

 が、伊織がそう言い美味しそうに掻き込んでいるのを見て、意を決して口にしてみた。


 「お…美味しい……」

 「ね?」


 と、半蔵は半分程食べた所で味噌汁をぶっかけ、香の物をその丼に乗せ掻き込む。

 全員がそういう食べ方をしているのを、エイルも伊織も不思議に思ったようで、あっけに取られてその様子を見ていた。


 「某共や旅人は先を急ぎ持ち物を盗まれないよう、あるいは刺客へ対処する為、こういう飯の喰い方をするんです。」

 「時間短縮、という事ですね?」

 「左様。流石に良い食べ方とは言えませんが、これも古来の経験から得た民の知恵なのです。」


 いわゆる“かっこみ”などと呼ばれる、行儀もへったくれもない食べ方ではあるが、きちんと理に適っているとも言える。

 食事をしている時などは人間が一番警戒を薄くしてしまう時だから、一気に掻き込み直ぐにその場を離れる、というのが一般的とも言えた。

 現代で言う“紋次郎食い”というものだ。

 もっとも、警戒の心配がない時は、流石に皆行儀作法を尊重する。


 へぼ飯を3杯もお替りし寛いでいる横で、店の小あがりの隅で半蔵たちは武具の手入れを始めた。

 店主も半蔵たちを知っているようで、それを見ても動じたりしなかった。


 「ここで武器の手入れですか?」

 「この先、獣が多く出てまいります。人間など比べようもなく強く強靭な獣です。それ故にその対処として武具をきちんと整えておかねばならぬのですよ。」

 「そうなんですか……」


 ここで言う獣とは、恐らくは鹿や猪の事だろう。

 確かに一見食物連鎖では弱者と思える鹿と言えどその生命力は人間を遥かに凌駕する。

 死に物狂いで突進でもされようものなら、いかな武士といえど大怪我は免れない程だ。

 まして猪ともなれば、とてもじゃないが剣程度で対処できるものではないそうだ。


 「狩りであれば銃、と言う手もありますが、旅の道中そのようなモノは持ち歩けませんからな。剣や手裏剣などが身を守る武器となるのです。」

 「へぇー……」


 そんなこんなで、一行は再び一路木曽福島を目指す。

 今日はそこまで行って一泊するらしい、のだが。


 「半蔵殿、塩はこれくらいで良いか?」

 「ふむ、これだけあれば充分だろう。水は現地にあるだろうしな。」


 佐助が店から塩を調達した。

 何に使うのか聞いた所、


 「木曽福島では野宿となります。あの近辺は山ビルが多くて、座してるとあちこちにヒルが喰いつくのです。」

 「それ故、塩水で山ビルを払い近寄らないようにするんです。」


 山ビルに喰いつかれると血は吸われるのはもちろん、喰いつかれた痕はなかなか血が止まらない。

 ヒルは血を固めない成分をその口から分泌するからだ。

 なのでヒルに噛まれないようにすることが大事なんだそうだ。


 「さて、では行くか。」


 言うや否や走り出す半蔵達。

 へぼ飯でタプタプになったお腹を揺らして、伊織も付いて行った。

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