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第17話 いざ、常陸の国へ

 すっかりと天守閣も焼け落ちた大阪城。

 豊臣の権力の象徴でもあった大阪城は、今や崩れるのを待つばかりのような有様だった。

 昨日までの戦の騒乱は完全に無くなり、早くも戦後処理に勤しむ幕府方の者達があれこれと敷地内を調査している。


 そんな処理に追われ忙しいはずの家康は奇跡的に無傷で残っていた二の丸の一室に居る。

 人払いをしたその部屋には、家康とその息子の秀忠、服部半蔵、真田信繁、猿飛佐助が顔を揃えている。

 そこに同席しているのは武蔵、伊織、エイル、鹿島、酒呑童子、白蘭だ。


 もはや天下人となった家康達なのだが、何故か上座は武蔵達だった。

 今ここに居る者達は、信繁と佐助を除いて武蔵達の素性を知る者だからだ。

 が、それに疑問を持つ信繁と佐助ではない。

 もっとも、敗将として首を刎ねられてもおかしくない状況なのに家康と同列している時点で、そのような疑問は些事にも思えたのだろう。


 「武蔵様。此度の事、本当に何といって良いのか、感謝の言葉もございません。」

 「家康公、感謝などと。そもそも儂らは……」

 「公などと。武蔵様に比べればワシらなど取るに足らぬ…」

 「いや、家康公。それは違いますぞ。まぁ、その辺りはまた別に話をしましょう。幸村が真に理解できた時にでも、な。」

 「ふふふ、そうですな。ところで、ですが。」

 「うむ?」

 「ワシら幕府方はこれより国内の立て直しと安定に向けて動き出します故、こうして相見えることができるのも、これにて、となりそうなのです。」

 「そう、であろうな。」

 「故にこの場で、不躾乍らお願いがございます。」

 「お願い?」

 「先般、半蔵が申していた事、その由にございます。」

 「あぁ、その事であるか……」


 半蔵が言っていた事、それは伊織に忍びの術を伝授する事だ。

 まだ情勢は安定にほど遠く、散発的に争いも起きる事は明白ではあるが今を置いてそれができる時は無いとも言えるのだろう。

 逆を言えば、不安定な情勢だからこそ得られるモノもあるだろう、と言う事でもある。

 特に、畿内から東海にかけてはまだ豊臣に与する勢力も残存しているし、何より伊賀の里もその情勢は不安定そのものだ。

 そのような危険に晒されながらの修行も、一つの手ではあるし何より、もはや伊織にその辺りの心配は無用でもある。

 とはいえ、だ。


 「ただ、修行はこの近隣ではなく、別の地で行いたいと言うのが半蔵の意見でしてな。」

 「別の地、というと?」

 「はい。拙者共の故郷、伊賀はもはや忍びの育成に適した地とは言えません。そこで、信繁様と佐助の助力で別の国で行ってはどうかと推奨されまして。」

 「僭越ながら、立地や気候、周辺住民の度合いや幕府との距離感を考慮した結果、最適な国がありました。」

 「そのような場所が?」

 「はい。そこは常陸の国、山々に囲まれた盆地で人も少なく、しかし土地は肥えている緑豊かな所です。」

 「ほう……」

 「何より、そこは先代の半蔵が隠れ住む地でもあるのです。」


 半蔵は伊織の修行にあたって様々な根回しをしたと言う。

 此度の大阪の陣の混乱の中、日本全国の忍び衆へ“類稀なる才能を開花させたし”との一文、見方によっては檄文を送った。

 これに賛同した忍び衆の主だった者は、既にその地へと集結しているらしい。

 その忍び衆はといえば、半蔵や佐助といった伊賀甲賀、戸隠、風魔、鉢屋といった、忍びとしては有名所の者達らしい。


 「元々あの地は忍びとしても色々と曰くのある場所でございまして、筑波山から加波山に連なる筑波連峰には、過去様々な流派の忍びが隠れ住んでおりました。」

 「そう言えば、だ。平将門も一時期その加波山だったか、その麓に居たな。」

 「武蔵様なればご存じだったのですね。事ほどに何かと縁のある地なのです。」

 「さらに言えば、じゃ。この幸村もこの付近で暮らすには不都合もある故、そこに移住する手はずにもなっておるのです。」

 「もはやワシに真田六文銭の御旗を掲げる事はできぬ。この貰った命で静かに余生を過ごすだけじゃしなぁ。」

 「もっと言えばじゃ。場所は違えど、あのお方たちもこの地を去る事になるがの。」


 「あー、そうすっと俺も関東に移るかぁ……」

 「酒呑?移る、とは?」

 「あ、俺も伊織の教育には興味がある。忍術とかはコイツ等に任せりゃいいがそれ以外のトコで俺も指導に加わりたいんだよ。」

 「ほほう…」

 「何より、だ。伊織ん中にいる茨木、こいつはまだ消滅しちゃいないし、完全に伊織と融合すりゃ武蔵様以上の丈夫になるだろうさ。」

 「儂をも超える、か。それは願ってもない事だが……」

 「それによ、伊織は武力だけじゃなくて、あっちの術でもかなりの使い手になるかも知れないしな。」

 「となると、私も行かなきゃならないって事?」

 「白蘭以外誰が居るってんだよ。ま、それに加波山にはアイツもいるし、退屈しないだろうよ。」


 何か、伊織としては自分を放置してどんどんと話がヘンな方向へと進んであれよあれよと決められていっている気がした。

 自分としては力を付けたい、という思いは有るには有るのだが、それを活かす場というのは、もはやこの世界に無いようにも思えた。

 ただ、その力を行使する場所があるとすればそれは……

 

 伊織には一つの想いが引っかかっていた。

 あの逃げて行ったジュピアの欠片。

 あれはこのまま放置していてよい存在ではない、ならば、それは完全に討伐しなければならないのではないか、という想いだ。

 確かにアレは強かった。

 強い、というよりも手出しの術が無かったように思える。

 単純な膂力による斬撃は通らず、白蘭やエイルが放った何かの術もそれほど効果がなかった。

 と言う事は。

 アレを何とかできる術を得ないといけない、その上で。


 伊織のそんな想いは、まだ誰も知る由もない、はずなのだが、武蔵とエイルにはわかっていた。

 伊織はきっと、それを成し遂げるだけの力を得るだろう、と。

 そして、その為に伊織は自分達の下を去る事になるだろう、と。


 話し合いの中、そんな思惑が交差している中。

 凡その事案はほぼ決定した様だ。


 「では伊織様。」

 「はい。」

 「明日早速出立致します故、準備の程を。」

 「わかりました半蔵様。よろしくお願いします。」




 話し合いが終わり、伊織達は夕餉を頂いて就寝となった。

 武蔵はまだ家康達と酒を酌み交わして話をしているようで寝室にはおらず、伊織とエイルの二人きり。

 もうすぐ梅雨という夜だが、晴れ渡った夜空には大きな月があった。

 伊織は眠れず、その月をボーっと眺めている。


 「伊織?眠れない?」

 「エイルさん…そうだね、何と言うか、色々と考えちゃってさ……」

 「常陸に行くのが不安?」

 「あは、そうじゃないよ。修行は楽しいし、その常陸の国も話を聞いて興味が湧いてきたかな。」

 「伊織……」

 「エイルさん、ごめん。正直に言うよ。俺…俺はさ。」

 「……」

 「やっぱりあのジュピアの欠片は放っておけない。完全に消滅させなきゃならないって思うんだ。」

 「伊織、でも、それは…」

 「うん。エイルさんが心配している事そのまんまだと思う。だけど…」

 「……伊織。」

 「エイルさん?」

 「あなたの思いの丈は理解した。でも、私はそれに賛成はできないし、して欲しくない。」

 「それは…」

 「だけど、それはただただ私の我儘。あなたを止める事もできないのも事実。だから……」

 「……」

 「伊織、お願い。今後私を“さん付け”で呼ばないで。そして、たとえ短い時間でもあなたが行動を起こすまで、一緒に居させて……」

 「エイルさ……エイル、分かったよ。俺も一緒に居たいし、居て欲しいと思っているし。」


 雲が月を隠してやや暗くなった。

 その瞬間、伊織の口はエイルの艶やかな唇に塞がれた。

 驚きはしたものの、エイルから感じる想いが、行動とともに自分を優しく包み込むような感じを覚えた。

 一旦唇を離し、見つめ合い、再び唇を重ねた。


 初めて感じる、何とも言えない奇妙な、それでいてドキドキするような気持ち。

 これが、恋、なんだと伊織が理解するのはまだちょっと先の事だ。

 そんな二人は寄り添い月を眺め、いつの間にか寝てしまった。

 


 翌朝。

 伊織達は常陸の国へ向けて出発したのであった。



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