第16話 消滅!ジュピアの欠片
煙が充満し始め、火の熱すら感じられるようになっている天守閣。
その狭い室内に、伊織とエイルは居た。
白蘭が再び展開した結界により外に出られず、サプンとウセルは追い詰められた形になった。
その2体の存在を、今ここで殲滅する事こそが、伊織がすべき事だと理解している。
場が狭い故に太刀では動きが制限される、と伊織は太刀を引き脇差を抜く。
元から所持している父から譲り受けた脇差と、鹿島から頂いた脇差、その2本を持ち構える。
その傍らでは、エイルがいつの間にか槍を持ち、同じく構える。
主オーディーンより下賜されたその槍は、クングニルとトライデントを参考に造られたエイル専用の槍。
「ちッ、忌々しい奴らめ、何だこの小僧とババァは!」
「ババァってサプン様、自分の……」
「やかましいわ!」
エイルの眉が、ピクリと動く。
その瞬間、伊織でさえ慄く程の怒気を放った。
「……ババァ……だと?」
「エ、エイルさん?」
室内を揺るがす程の怒気、そして殺気。
エイルにこんな力があるだなんて、と伊織も驚いた。
これは完全に伊織自身を越えているんじゃないか、とも思った。
と、エイルが目にも止まらぬ速さでサプンを槍で刺した。
その形相に、ここ数十年の間に芽生えた恐怖というモノをこれ以上なく実感したようだ。
「ち、ちぃッ!ババァめ!」
「…まだ言うか。」
抜いては刺し、また抜いては刺してを繰り返すエイル。
しかし、えげつない攻撃ではあるがサプンにはあまり効いていない。
そんな槍撃から逃げ、間を取ったサプンは叫ぶ。
「てめぇらの相手なんかしてられねぇんだ!ウセル!戻れ!」
「えぇー!!」
「えーじゃねぇよ。元に、一緒にならねぇとここを脱する事もできねぇぞ!」
「うー…仕方ありませんね……」
ウセルはサプンに向かって突撃し、2体はぶつかった。
すると、それは人型、なのか、そんな姿形へと変わり、放つ圧も倍増したような感じになった。
異形の人型、それは西洋で良く語られる“悪魔”という存在そのもののような感じだ。
歪な頭、そこには2対の、4つの光る眼。
体は堅そうな皮膚に鎧のようなモノを纏っている。
強靭そうな腕と足、それらも何か防具のようなモノを纏っている。
人間が恐怖を抱く姿そのもの、といった所だろうか。
その姿による威圧や示威は人間に対しては有効なのだろう。
ただ、この時ばかりは相手が悪かった。
伊織とエイルはそれに少しも動じる事なく、攻撃してくる。
(くそッ!こんな奴ら相手にしてられっかよ!逃げる!!)
力の増大は事実のようで、一体となったサプンとウセル、つまりジュピアの欠片は白蘭の放った結界を破壊し外へと飛び出した。
それを地上の蔵の前にいた白蘭は驚きと悔しさを露にしつつも、直ぐに気を取り直し追跡の為の術をジュピアの欠片に浴びせたようだ。
「エイルさん!」
「くッ!追うよ伊織!」
「でっ、でも、どうやって!」
「私に掴まって!」
「わかった!」
と、伊織はエイルに抱きつく。
どうやらエイルは飛んで後を追うつもりらしいと伊織は気付いたからだ。
ただ。
「い、伊織、そこではちょっと……」
伊織はエイルの正面から抱きついた。
丁度伊織の顔が、エイルの胸に来る位置に。
「あ!ご、ごめん!後ろだね!」
「う、うん。」
「お二方!拙者もお供します!行きますよ!!」
ちょっと顔を赤らめて、伊織をおんぶするような恰好で飛翔するエイル。
と、それに追従する鹿島。
エイルと鹿島が空を飛べるという事実に驚きはしたものの、伊織の意識の殆どは逃げているジュピアの欠片に集中している。
驚く程の速度で東へと向かっているのだが、速度の差は無い様で詰められない。
しかしそれは一定の距離を確保できる、つまり見失う可能性も低いと言う事だ。
故に、伊織もエイルも鹿島も、逃げるジュピアの欠片から目を離さなかった。
ジュピアの欠片が向かった先は、富士山の北西側の麓だった。
そこはかつて父武蔵から聞いていた、冥界への禁忌の回廊、いわゆる別世界への回廊がある場所だ。
大阪からここまで、約30分と少ししかかかっていない。
エイル達の飛行速度は時速500キロ以上と言う事だ。
それでも、飛翔による体力の減少や疲労はないらしい、とエイルから聞いてちょっと安心した伊織であった。
ジュピアの欠片は富士山の麓へと、速度を落とさずに急降下していった。
富士山の西側、現在の本栖湖の近くへと向かっている様だ。
何人も通わぬ富士山麓の山、その山中へと。
どうやら奴らは、その別世界の回廊に向かっている。
別世界へと逃げようという魂胆なのかも知れない。
だが。
「マズいです!アレは“界道”に逃げるようです!」
「ちッ、あそこは……なら!」
「はい、エイル殿。」
「伊織、しっかり掴まっててね。」
「う、うん!」
ジュピアの欠片の前に回り込むつもりなのだろう、エイルと鹿島は加速した。
ひっしとエイルにしがみ付いている伊織も、逃げるジュピアの欠片をずっととらえている。
もはや、伊織がエイルの豊満なバストをしっかりとつかんでいる事にも、二人は気にも留めない程集中していた。
が。
ジュピアの欠片の方もラストスパートとばかりに速度を上げ降下していく。
その先には岩をくり抜いたような、あるいは岩を積み重ねてできたような洞穴があった。
「ぎゃははは!ここまでくりゃ俺の勝ちだ!あばよババァ!小僧!」
そう勝ち誇ったような事を叫びつつ、ジュピアの欠片はそのままの速度で洞穴へと突っ込んで行った。
その刹那。
洞穴の奥からまばゆいほどの光が放たれ、伊織達はその光によって洞穴の前に降り立ち茫然と立ち尽くした。
ジュピアの欠片、あれだけの異様な気配が消えた。
直感する。
逃げられた。
だが、何処へ?
悔しさと疑問とやるせなさが伊織達を包むのだが、事実として理解したことはある。
ジュピアは、少なくともこの世界から消えた。
消滅した、と言う事だ。
結果オーライ、と言うには納得できない所もある。
この手で、確実に殲滅できていないから、なのだろう。
それは伊織もエイルも、鹿島も同じだった。
「悔しいけど、でも、アレはもうこの世に居なくなった、んだよね?」
「その様です。この“界道”に入った者は、もうこの世界に帰ってくることはないそうですから。でも…」
「確実ではない。この“ゲート”は未知数、神々でも理解不能なもの。」
「……そう、なんですね……」
伊織には腑に落ちない、というよりもこれで終わりじゃない、という思いが巡る。
仮にこの先に別の世界があって、奴らがそこへ逃げたとしても、だ。
その別の世界で、ここと同じように悪さをすることは間違いないのだろう。
なにしろあの存在はそれだけの為に存在しているようなものだからだ。
ひとまず洞窟内へと入って行く伊織とエイル、鹿島。
あれだけまばゆい光が放たれたはずだが、洞窟内は暗く、行き止まりの少し広くなった空間には何も無かった。
かすかに、ほんの微かに空間の中心部分に、淡く光る渦のようなものが漂っている。
伊織は不思議に思い、その渦のようなモノを触ろうとしたのだが
「ダメ!!伊織!!」
「へ?」
エイルに腕を引っ張られ、その渦から離された。
そのエイルの表情を見て伊織は驚いた。
青ざめた、それでいて悲し気な表情で、エイルは伊織をしっかりと見ていたのだ。
「伊織…ダメ……」
「エイルさん……」
「これに触れたら……今伊織に消えられたら……」
エイルが何を知っていて、何を言わんとしているのか、伊織には朧気ながらに理解できた。
鹿島も同じような表情で二人をみていた。
おそらく、あの渦が別の世界へと誘うモノなのだろう。
そして、その先は一方通行、もう戻ってはこれない、と言う事なのだろう。
しかし、その先には別の世界があって、そこにジュピアの欠片は逃げた。
逃げた先で、また世を乱す事は間違いないのだろう。
それは阻止すべきだし、何よりもジュピアは欠片とは言え完全に消滅させなければならない。
伊織の思考はそれらが渦巻き、結果として体は思うように動かないでいた。
押し黙る伊織。
エイルには、何となくだが伊織の考えている事が判ってしまった。
それはエイルにとって、あって欲しくない事なのだ。
押し黙る伊織とふさぎ込むエイル。
その二人を見て鹿島も、何となくだがエイルの気持ちを察したのだった。
「エイルさん、鹿島さん。一旦帰りましょう。」
「そ、そうですね。武蔵様に報告しませんと。」
「伊織……」
「?どうしたのエイルさん?」
「い、いや。何でもない。では、帰ろう。今度は前でもいい。」
「え?あ、いやそれは……」
言いようのない、虚無感に近い感覚を抱きながら伊織達は大阪城へと戻って行った。




