第12話 決戦、天王寺・岡山合戦
又兵衛から詳しい話を聞けた伊織は、阿倍野へと向かう道中ずっと考え込んでいた。
それは武蔵が心配する程、深く黙考していたようだ。
エイルも心配な様子で、ずっと伊織と手を繋ぎつつ、その心痛そうな顔を見ていた。
当の伊織は。
又兵衛が言っていた
「茶々様は変わられた。秀吉様亡きあと、まるで自分が国を仕切り戦国の世を再び興そうとしているようであった。」
という発言に、引っかかる事があった。
又兵衛が自ら切腹を申し出て自害を選んだのは、戦国武将としての矜持もあったのだろう。
それすら伊織には納得のいく話ではないのだが、これまでの歴史を聞いた限りではそれも仕方のない事ではあるのだろうと理解はした。
しかしやはり、それが“正しい事”ではないとの思いをさらに強くする事になったのだが。
そんな事実の裏側と人間の所業を同時に客観的に考えていたのだ。
「…伊織。」
「あ、エイル…さん?」
「大丈夫?」
「ごめん。俺、どうしても納得ができない。でも、理解はしてるんだ。」
「どういう事?」
「今は上手く説明できないけど、こんな事、何とかしないと未来永劫同じ事を繰り返すだけなんじゃないかって……」
伊織が抱く納得できない疑問は、当たっていると言える。
それはこれまでの歴史、そしてこの後の歴史を見れば明白ではあるのだが、未来の事は彼らは知る由もないのだから仕方がない。
今この時においては、“確定した未来”というものは存在しないのだから。
歴史と言うのは、あくまでも“過去の事実”でしかないのだから。
しかし、それ故に。
伊織の中には違和感があった。
過去は変えられない、未来は決まっていない。
じゃあ、今この瞬間、何をどうすれば自分が納得できる世界になるんだろうか、と。
ある意味傲慢な思想だとも言えるが、それができる人間など存在しない。
武蔵やエイルと共に、この地上界を俯瞰できる存在だからこその思想とも言えるのかも知れない。
「考えていても、今は答えが出ないと思う。だから、気持ちは切り替えるよ。」
「伊織……」
「今はその人間の闇に巣くうジュピアを叩く、それに集中するべき、だから。」
険しい表情で、そんな伊織とエイルのやり取りを見ていた武蔵。
そう告げる伊織に対し、どことなく申し訳ないと思ってしまうのは仕方が無いのだろう。
かくいう武蔵とて、以前同じ疑問を抱き悩んでいた事もあったのだから。
「伊織、それが今の答えと言う事なのだろう。答えは一つではない、しかし、異な答えもある、と言う事なのだろうな。」
「父上……」
「お主はまだ若い。地上界にしろ天上にしろ、得るべき事はまだまだ多い。焦る事なく全てを見ておくのだな。」
「はい。」
そんなやり取りをしつつも、武蔵達を含む家康本陣は八尾を経て平野まで進出し、ここで陣を構える。
樫井、道明寺、誉田、八尾、若江の合戦と続いた此度の戦で、徳川勢、つまり幕府軍にも多大な損失が出た。
しかもこの先は、猛者中の猛者、真田六文銭の軍勢、豊臣方きっての猛将知将である毛利吉政軍、戦術に長けた大野治房の軍勢が待ち構えている。
既に豊臣勢は、現在の通天閣のある難波、天王寺付近まで進出し、茶臼山に陣を構えている。
対して幕府軍は南と東から大阪城を目指すべく進軍を開始した。
5月7日の朝の事。
まさに、この戦の最終局面、天王山の幕開けとなる。
「注意すべきは真田、じゃな。」
「殿、佐助からの言伝です。」
「ほう、猿飛からか。」
「『我ら十勇士は信繁様に殉ずる故よしなに』との事。」
「ふむ、洒落おって。ここは戦場じゃ。私情は捨てよと全軍に伝えよ。」
「御意!」
「つまりは、豊臣方の武将はどうあっても抗う、と言う事だな。」
「そうですな。しかし、それも戦国の世のならいです。」
「まぁ、それは解るが、儂としては、な。」
「武蔵様もであろうが、伊織殿には少しばかり酷やも知れませんな。」
「そうだな。未だにそこに囚われてはいるようだ。が、まだ視野狭窄には陥ってはいまい。」
「武蔵様にそう言わしめるほど、伊織殿は成長したのですね。」
「うーむ、だと良いがな……うん?」
「これは!殿!!」
「父上、これは!」
「うむ、来たようだな!半蔵、家康を頼む!」
「伊織!」
「エイルさん、俺の後ろに!」
武蔵、伊織、そして半蔵が気付いた気配。
それは昨日の小松山で感じたものに似ていた。
と言う事は、と伊織とエイルはその気配の方向に注力し迎え撃とうと構えた。
しかし。
「伊織はそのままだ。こっちは儂に任せよ!」
気配とは反対側に、火縄銃を構えた者4人が突然現れ、銃口は家康を捉えている。
間に合わないと思った伊織だが、武蔵がいち早く気付いた事で辛くも家康に銃弾が撃ち込まれる事はなかった。
が、庇おうと家康の前に出た半蔵に、一発の銃弾が当たってしまった。
「半蔵様!」
「伊織、気を逸らしちゃダメ!」
「くッ!」
伊織が正対している方向にも、まるで湯煙から湧き出るように剣を構えた者が現れる。
その数、6人程だ。
先の事もありその出現の仕方には驚かなかった伊織だが、その者達が手にしている剣を見て不審に思った。
刀、ではない。
細見で長い、しかも両刃の剣。
西洋で使われるような、レイピアに似た剣だとエイルは教えてくれる。
その6人は他者には目もくれず、一直線に家康へと襲い掛かろうとした、が。
「しゃッ!!」
一息に伊織はその6人を斬り捨てた。
身に纏う具足を見る限り豊臣方の兵ではあるのだろう。
人を斬る事に抵抗を抱く伊織ではあるが、この時はその迷いも無かった。
思考するよりも先に、本能的に人に非ざる存在という事を理解したようだ。
しかも、それは伊織の意とは別に体が反応した感覚でもあった。
斬られた6人は、一度はその場に崩れ落ちたものの、すわ立ち上がり再び襲い掛かろうとしている。
もはやこれらは人という存在では無い事はこれで明白になったのだ。
驚愕する半蔵と家康。
小姓や取り巻きの武将達も、目の前の光景に身を固めてしまっている。
「消さなければならないって事か!」
「伊織!これを!」
「!?」
エイルは伊織に向かって何かを浴びせる。
それは光のような闇のような、かすかに見える珠のようでもあった。
それが伊織に触れると、伊織を包み込むように広がり、そして消えた。
何となく力が湧き出たような感覚を抱きつつ、伊織はその6人に刃を向け、渾身の力で刻んだ。
「こ、これは……消えて…行く?」
「伊織……」
斬り捨てた6人は黒い霧へと変わり、霧散していく。
武蔵が屠った4人も同じように消えていった。
静寂が一帯を覆う。
今、何が起こっていたのかを理解できる者は少ない。
がしかし、伊織、エイル、武蔵、そして半蔵と家康。
その者達は、何が起こったのかを理解したのだ。
「やはり、な。間違いあるまい。」
「父上、これってジュピアの……」
「ああ、あの時と似ている。が、あの時よりも厄介ではあるな。」
想像以上に人間に馴染み深く食い込んでいるのだろう。
一見下だけでは、普通の人では判別できない程に。
しかし、一旦その悪意、あるいは邪気を放てば誰の目から見ても尋常ならざる、人ならざる存在だとはっきりわかるだろう。
その境界線を越えない程度に、暗躍していると言う事だろうと、伊織は考える。
その存在をはっきりと認識できる者、伊織、武蔵、エイル。
この3人が、この戦を終結させられる要であると言える。
そして。
それらは襲い掛かってきた。