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第11話 道明寺の戦い

 小松山から返し、伊織とエイルは幕府軍先鋒の水野勝成の陣へと戻った。

 さっきの出来事からわずか30分程の事だ。

 伊織とエイル、全力疾走すればその速度はもはや人間どころか馬でも追いつけない程の速さを出せる。

 もうその時点で普通じゃない存在といえよう。

 しかし、勝成が驚いたのはそこではなかった。


 「丸に三つの三角、やって?」

 「殿、それは大野の紋のように思われます。」

 「せやのぅ。せやけど斥候の話やと大野勢は堺に留まっとるんやなかったか?」

 「御意。故に柏原に、ただ二人だけ大野の兵が居たと言うのは……」

 「うーん…伊織殿、ええかな?」

 「はい?」

 「鎧の紋はそれで間違いないんやな、で、火縄銃も普通じゃなく、斬ったら体は消えた、と。」

 「その通りです。で、これがその弾です。」


 そう言って水野に、自分のおでこに命中したライフル弾を見せた。

 その形は、水野も見たことが無い、火縄銃の弾とは全く違うと理解できた。


 「ふむぅ、殺傷の力は火縄銃の比やないなコレ。見るからに体を貫く形やな。」

 「当たった感じから言うと、回転しながら飛翔する弾みたいです。」

 「と言うかだな、コレ当たって何で伊織殿は赤く腫れるだけやねん。」

 「あー、そこは不問でお願いします。」

 「そうか。しかしこれはただ事やあらへんな。なら、や。誰ぞ居るか!」

 「はい!」


 勝成は後方に展開している本田忠政や伊達政宗らへ向け伝令を飛ばした。

 今、伊織の身に起こった事を漏らさずそのまま伝わるようにと、箇条書きの簡素な書簡を持たせて。

 そして家康本陣にも。


 「水野様、一ついいですか?」

 「ん?伊織殿?」

 「恐らくは水野様や家康様が言うように、小松山付近での激突があると思います。

 ただ、そこにさっきのような異形の者が居たとしたら……」

 「伊織殿、それは……」


 そこまでのやり取りを見ていた武蔵は、伊織と勝成に言う。


 「水野殿、それに伊織、居るとすればそれはまず間違いなくジュピアの手にかかった者であろう。」

 「父上、では…」

 「ジュピア?」

 「水野殿、今こちらへと兵を進めているのは後藤殿だったな。」

 「やな。せやからそれよりも先に、反対方向の境にいる大野の兵が柏原まで出てるいうのはおかしいんや。」

 「それも二人、伊織とエイル殿の話では突然現れた、という事は、だ。」


 状況からすれば、それはまずジュピアの手にかかった者で確定だろう。

 武蔵としては伊織がそれに襲われたというのは腹わたが煮えくり返る程の怒りに苛まれた訳だが、そこは表には出さずにいる。

 と同時に、その場に居たのが伊織で良かったとも思う。

 普通の人間、たとえ手練れの忍びや斥候兵であったなら、その場で消されていただろうからだ。

 つまりはジュピアと思われるモノの手がかりも掴めなかった、と言う事になる。


 エイル、そして武蔵。

 二人は今、伊織が受けた攻撃と、その見えない相手にこの上なく激しい憤りを抱いている。

 抑えてはいるのだろう、しかし、抑えきれるものでもないのだろう。

 周囲にいた水野の兵は震えあがっていて、大将の水野も平静を装いつつも鎧の下は冷や汗でびっしょりだった。


 「ともかく、だ。水野殿、ここは作戦通りに事を進めるべきだな。

 その不穏な敵共も混じっているだろうが、そこは儂と伊織、エイル殿で対処する。」

 「せやかて、それじゃ武蔵様達の負担が大きくなるだけちゃいますか?」

 「儂らはその為に居る。気遣いは無用だし、こちらの戦力の補助にもなるだろう。」

 「そ、そーなんか……」


 恐らくは、と武蔵は考える。

 今こちらへと兵を向けている後藤又兵衛の陣内にも、奴らは紛れ込んでいると見て間違いはない。

 それはかつての戦いの時でもそうだったから、というのがその根拠でもある。

 幸いな事に、こちらの幕府軍内ではその気配は察知できていない、それは即ち、こちら陣営にはジュピアの手が伸びていない事を示している。

 あえて、なのかは定かではないが。

 ただ、それらを見極められるのは、鹿島、いやさ武御雷がこの場に居ない現状、武蔵と伊織、エイルだけなのだ。

 

 「儂らは先陣の鉄砲隊に紛れて行動する。」

 「わかり申した。ほな、動くか。」


 事前の申し合わせの通り、水野は国分へ向け兵を前進させた。

 それに続く本田忠政、松平忠明、伊達政宗らの兵も進軍を開始した。


 翌6日、斥候の話では既に後藤の軍勢は道明寺、そして小松山に展開し布陣しているとの事だった。

 伊織とエイルが撤退してから半日未満という短い時間でそこまで来ていたらしい。

 しかし、だ。


 「後藤の軍勢3千程、それ以外は到着していない様子。」


 斥候の忍びからの報告だった。

 間諜報告では後藤に続き真田や毛利らが合流する手はずだったと聞いたが、その軍勢はまだ藤井寺付近を進軍中だと言う事だ。


 「殿!後藤方の一部は小松山に布陣、残りの兵は山向こうに陣を敷いております。なお、先手の奥田様は……」

 「ッ!ホンマか……よっしゃ、先ずは小松山を包囲しつつ石川を越える。全軍!前へ!」


 幕府軍は進軍の勢いのまま小松山を次々と包囲し、布陣している後藤軍へと攻撃を仕掛ける。

 遠方からの砲撃、銃撃を中心とした攻撃により、後続隊が遅れている後藤軍はみるみるうちにその勢力を削られていく。

 そんな中、武蔵と伊織はある違和感を覚えた。


 「父上、これって……」

 「うむ、どうやら後藤殿の兵は捨て石にされたようだな……」


 予想に反して後藤軍からは、あのジュピアと思われる気配は一切感じられない。

 何故か、までは武蔵にも解らないが、後藤軍は尖兵としてこちらに応戦しているだけのようだ。

 解せないのは、幕府軍の規模も理解しているだろう豊臣勢が、後藤軍だけを前進させた事だ。

 後続が遅れる、という事はあり得るだろう。

 が、それにしても遅すぎるのだ。

 これではわざわざ後藤の軍勢を見殺しにしているだけに思える。


 そして、伊織は妙な感覚に苛まれた。

 初めて目にする人間同士の戦、その凄まじさと物悲しさと虚しさを。

 攻撃する兵、迎撃する兵、その両方で、刀で、銃弾で、砲弾で、死にゆく者が多数出ている。

 何故、何の為に、それが何か意味があるのだろうか、そんな思いが圧し掛かった。


 何時しか、伊織の表情は憤怒の様相になり、瞳には涙を溜めている。

 強く噛んだ下唇からは血が流れていた。

 体が震える。拳は強く握られている。


 この地上界へ来る前に抱いた疑問。

 これで良いと、これが自然な事だと、思えない。

 それを今、強く実感し、行き場のない感情が膨れ上がっていた。


 「伊織……」


 そんな伊織の様子を見ていたエイルは、伊織の手を強く握り告げる。


 「今の伊織が抱いている感情は、私も、武蔵様も同じ。だから……」

 「エイルさん。大丈夫だよ。でも、わかっていても、どうしても、この気持ちは収まらない……」

 「伊織よ、コレが人間だと言う事をしっかりと見ておくのだ。」

 「父上……」

 「だがな伊織、これだけが人間の姿ではない。幾つもある中のほんの一面だという事も、きちんと理解すべきであるぞ。」

 「……はい。」


 そこは頭では理解しているのだろう。

 が、到底納得できることでもないのも確かだ。

 そんな矛盾とも思える人間の世界、これが真実だとしても、このままで良いはずがないとも思える。

 伊織の中で、そんな複雑に絡むモノが蓄積していくのを、今は誰一人として解らない。


 開戦して数時間、小松山に布陣し奮闘していた後藤又兵衛の兵は惨敗し、遅参してきた豊臣勢は勢いに乗る幕府軍に押され天王寺方面へと退却を余儀なくされた。

 こうして後に大阪夏の陣と呼ばれる戦いの緒戦、道明寺の戦いは収束した。


 「さて、最後に一つだけ聞かせてや。お前らは何故ここまで幕府に立てつくんや?」

 「知れた事。秀頼様を蔑ろにする幕府など……」

 「まぁ、気持ちは解らんでもないんやが、本当にそれだけか?」

 「……何が言いたい。」

 「淀殿の変貌に、違和感は無かったのかって事や。」

 「……もう、斬れ。幸村も吉政も、そして儂も秀吉様の家臣、それだけの事だ。」

 「又兵衛……わかった、ならワシが介錯する。さらばだ。」


 一説には後藤又兵衛は鉄砲により負傷し討ち死にとなったと伝えられた。

 しかし、実際には話を聞こうとした伊織によってその身柄を拘束され水野陣営に連れられたのだ。

 抵抗はしなかったものの、あくまでも豊臣家に忠誠を誓っている又兵衛は、潔く切腹する事を選んだ。


 不思議と又兵衛は伊織と武蔵には知る範囲の事を全て打ち明けたが、水野をはじめ幕府軍に対しては堅く口を結んだ。

 それは又兵衛自身も不思議に思ったと伊織に告げたのだが、その時の伊織の表情はとても複雑なものだと感じたそうだ。


 そして武蔵、伊織とエイルは家康本陣に合流し、そのまま阿倍野へと向かったのだった。

 


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