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第10話 ジュピア


 幕府軍先鋒の水野軍から飛び出した伊織とエイル。

 二人は大和川の北側沿いを西へと進み、川を飛び越えて小松山付近まで進出した。


 「豊臣勢はまだここまで来ていないようだね。」

 「たぶん、明日にでもこの丘に布陣する。」

 「そうかも。でもこの丘だか小山じゃそれ程攻守に有利という訳にはいかないのかな?」

 「伊織、戦略眼もわりと鋭い?」

 「あ、いや、俺は合戦の理とか全然知らないよ。でも、少し考えればわかる所はある、かな。」

 「伊織、凄い。」

 「あはは、そんなんじゃないよ。あ、あのさ……」

 「ん?」

 「なんでエイルさんは俺にそこまで気を使ってくれるの?」


 ある意味純粋で無垢っぽい伊織にそんな事を言われたエイルは胸が苦しくなった。

 一気に頬に朱が指し、下を向いてしまったのだが、絞り出すように答える。


 「私は伊織を守るように遣わされただけ。でも……」

 「うん?」

 「任務とは別に、単純に伊織が好き。初めて見た時に、あなたが好きになった。それだけ。」

 「エ、エイルさん……」

 「伊織、今はそこに気を取られている場合じゃない。」

 「あ、そ、そうだね。というか……」


 まだ柏原から西に広がる平野には、豊臣勢の姿は確認できない。

 進軍はしているはずだが、小松山の袖から見られる範囲には見えない。

 ただ。


 「エイルさん、少し、変な感じがする……」

 「私も。一応隠匿の術を掛けているから私達は見えないはず。」

 「それって、どんな術なの?」

 「“魔法”、あるいは“マジック”というもの。人間には使えない術。」

 「へぇー。」


 藪の中で身を隠しながらそんな話をしていた時だった。

 

 気配はなかった。

 周囲には地元の人でさえ居なかったはずだ。

 まして、エイルがステルスの魔法を展開してたから二人の事は人間には見えるはずは無かった。

 その存在は、伊織達の真横、6間(約10メートル)程先に居た。


 こちらを見据え、火縄銃らしきものを構え、その銃口は完全に伊織を捉えていた。

 気づいた瞬間、伊織はエイルを庇うように前に回り、その存在、一見すると足軽兵のようだがその威容は明らかに異質な者に対峙する。

 どす黒い皮膚、異様にぎらついた、それでいて死んでいる様な目、口元からは涎も流したまま。

 それでいて、ニヤリと笑っている。


 「こ、この人!」


 伊織がそう言った途端、その者は躊躇なく銃の引鉄を引いたのだ。


 「伊織!」


 エイルが叫んだ時には、その銃弾は伊織の眉間へと着弾していた。

 伊織の頭は、正面から殴られたように後ろへと弾かれ、そのまま倒れるようにへたり込んだ。

 エイルは驚愕し青ざめると同時に、伊織を庇おうと一歩前にでてその者に襲い掛かろうとした。

 したのだが。


 エイルの動きは止められた。

 伊織がエイルの腕を咄嗟に掴み動きを止めたのだ。


 「!?伊織!」

 「いてて…何だよコレ!」


 眉間を礫で打ち抜かれたと思った伊織は、おでこを撫でながらそんな事を言いつつエイルの腕を掴んでいた。

 

 「い、伊織…」

 「エイルさん、下がって、俺の後ろに。」

 「伊織?」


 そうしていると、火縄銃を抱えた者がもう一人現れた。

 歩いて来たんじゃない、その場に現れたのだ。

 伊織は直ぐに理解した。

 この者達は人間ではない、と。


 正確には、人間だったが今は違う、と言う事だろう。

 何よりその威容が生きている人間のそれでは無かったからだ。


 そう判断した伊織の動きは迅かった。

 太刀を居抜き、人に非ざる様子の者二人の首をほぼ同時に刎ねた。

 すると、その二人の首は空中に舞いながらも霧のように霧散していく。

 さらには、首が無い状態にも拘らず火縄銃らしき物を撃ってくる。

 もっとも、照準が定まらず、次の弾を装填する事もできないので次は無い。


 すかさずエイルは、首の無い2体に向かって何かの術を放った。

 それによって2体は瞬間的に炎上し塵となったのだが、その塵は首と同じように霧散し、首だった霧と共に西方へと漂って行ったのだった。

 

 「な、何だったんだ……」

 「伊織!!」 

 「うわッ!」


 ひとまずの危機を脱したような雰囲気の中、エイルは力いっぱい伊織を抱きしめる。

 その瞳に、少しばかりの涙を溜めながら。


 「よかった…無事で、よかった……」

 「エ、エイルさん、ごめん、心配させちゃったな。」

 「いい、いいんだ伊織。」

 

 そうしてしばらくの間、エイルは伊織を抱きしめていた。

 落ち着いた所で、今何が起こったのかを振り返ってみようと伊織は考える。

 あの者達が持っていた火縄銃は、消えずにそのまま残っていたので、まずはそれを確認する。

 だが。


 「これ……何だ、何なんだ?」

 「これは……」


 伊織にも火縄銃や大砲、短筒などの知識はある。

 武蔵からも聞いていたし、徳川勢でもそれらは所持し戦で使おうと準備していたからだ。

 が、コレはどうやらそれらとは違う。


 火縄銃の特徴、仕組みの要である火縄が無い。

 縄の焼ける臭いがしなかったから気付かなかったのかも知れないとも思った。

 が、エイルも疑問に思ったらしく


 「フリントロックでもない…これは……」


 この時代、火薬によって鉄の弾や砲弾を飛ばす武器と言えば火縄銃やマスケット、大筒などの古典的な銃火器しかない。

 火縄銃のように、外部からの引火によって筒の中の弾を発射する方式の銃だ。

 しかし、これにはその仕組みが見当たらない。


 足元に落ちている、伊織の額にぶち当たった弾らしきものも見つけた。

 先端は潰れてはいるが、明らかに鉄の粒ではない。

 先端に行くにつれ先細りしている、いわゆるライフル弾だ。

 伊織やエイルには解らなかったが、その弾丸の表面にはライフリングと呼ばれる線状の傷、線条痕がついている。


 要するにこれは“ライフル銃”であり、その出現はこの時代よりも200年以上後の事だ。

 そんな火縄銃やマスケットとは比較にならない威力のライフル、しかも至近距離で頭を撃たれたのに、少し赤く腫れているだけの伊織の方が驚異的ではあるのだが、それは今この時代だれにも理解できない事ではある。


 「わかんないな…火縄銃じゃない事だけは解るけど。それよりも……」

 「あの者達、人間ではなかった。あれがもしかすると……」


 状況から考察する。


 人間でなければ何か、それは自身がこの世界へと来た理由、ジュピアに連なるものではないか。

 その者達が纏っていた軽装の鎧、それは徳川の軍勢とは違う、と言う事は豊臣方であるとみて間違いはない。

 そして気配を気取られる事無く、わずか6間程の距離まで接近していた。

 いや、接近じゃない、突然現れたんだ。

 さらには首を刎ねたにもかかわらず体はこちらに攻撃を加えようと動いていたし、死体、というか首は残らずに霧散した。

 極めつけはこの、恐らくは誰も知らないこの銃火器。


 今持てる情報の全てを以て出せる結論としては……


 「エイルさん、これ、ジュピアじゃ……」

 「私もそう思う。そうなると。」


 伊織は一旦引き返す事にした。

 豊臣方の動向を探るのは、既に徳川勢の忍び衆が実行しているので伊織達が探る必要は無いと言える。

 そもそも伊織はそれらを見たいだけだったのだから。

 だが、この行動が、かなり危険ではあったが結果として思わぬ情報を得たといえよう。

 それはすぐさまに徳川勢へと報告しなければならないと思ったのだ。



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