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第1話 武蔵と伊織

前作、そして前々作にてその伝説のみ語られてきた、初代勇者ムサシの物語です。

 キンッ!キンッ!、と。

 金属がぶつかり合う音が響く。

 その響きは、すでに3昼夜に渡っている。


 ぶつかり合う金属は、ともすれば誰も見たこともない元素の、あるいは誰も知らない種類なのかも知れない。

 何よりも固く、何よりも柔軟性に富み、何よりもその輝きは眩しい。

 そんなそれは、紛う事なき“カタナ”と称される形状を取っている。


 そのカタナを握り、ぶつかり合いをしている二人の男。


 一人はすでに初老と言って良いだろう風合いの、しかし恐ろしいほどの威圧を放っていて、厳しい表情でそのカタナを振るっている。

 もう一人はまだ幼さも残る容姿で、しかしその気力はもう一人の男をも上回っているようにも思え、初老の男にも迫る勢いでカタナをぶつけ合っている。

 ただ、顔や体に刻まれた切り傷が、まだ未熟であることを如実に物語っている。


 「見切りも良い、剣筋も大体整ってきたようだな。」

 「はぁ、はぁ、ち、父上、もちょっと手加減を……」

 「何を馬鹿な。これ以上手加減しようものなら鍛錬にならぬではないか。」

 「えぇーマジですか……」


 初老の男の名は武蔵。

 かつて“地上界”と呼称される世界において剣豪と称され、とある出来事において人々を救ったとされる者だ。

 その正体はスサノオノミコトと言う、遥かな昔より存在する、地上界では“神”とも言われている存在だ。


 そして若者の名は伊織。

 ある切っ掛けにより、この武蔵の養子となった“人間”だ。

 容姿はまだ15かそこらの少年といって良い頃合いだろう。


 今二人が剣を交えている場所。

 それは“天上”とも言われる、現世のもう一つの世界、その一角だ。

 そこは人間が感知する事も、踏み入れる事も不可能な階層世界。

 そんな場所に人間である伊織が居られる事自体、在り得ない事でもある。


 「ふふふ、二人とも、お疲れ様ですね。少し休んでらしたら?」

 「ふむ、そうだな。休憩としようぞ。」

 「ひふー…、疲れたぁ……」


 二人の鍛錬を傍で見ていた女性が声をかけ、剣を納めて小休止となったようだ。

 女性が作ってきてくれたのだろう、大き目の握り飯を食みながら小休止となったようだ。


 「ところで父上。」

 「何だ伊織?」

 「俺はこのまま鍛錬を続けて、もっと強くなることは出来るのですか?」

 「どうした急に?」

 「伊織、あなたまさか?」

 「えぇと、ちょっと疑問に思っただけです。他意はないですよ。」

 「嘘をつくな。まぁ、お主の考えも解らんではないが、な。」

 「父上……」

 「伊織、あなたはもっと強くなれると思います。ですけれど、それはあなたにとっては……」

 「母上、それは理解しているつもりです。ですが。」


 母上と呼ばれた女性は、その名を織衣と言う。

 正確にはこの天上世界と呼ばれる階層世界に住まう存在で、真の名をウルズと言う。

 人間界において武蔵と夫婦となったが、ある出来事によって地上界から消えた存在だ。

 もはやこの女性は、この世界より出でる事、つまりは地上界へ赴く事はできないらしい。

 そして、伊織の名付け親でもある。


 「伊織よ、これはお主に伝えるべきかどうか迷っている事だが、この際だ。」

 「武蔵様……」

 「織衣、すまぬな。」

 「いいえ。武蔵様の随意に。」

 「父上?」


 「伊織、お主は人間でありながら儂らと共にこの界隈に存在できる唯一無二の存在なのは理解しているな?」

 「はい。それは理解しています。理由こそ解らないけど……」

 「その理由は多々あるが、その一つにはお主は地上界で、非常に重要な役目を担っているからだと、儂らは考えておる。かつての儂のようにな。」

 「役目?」


 伊織が人間でありながらこの世界に居られる理由。

 それは、赤子の時に“鬼”の母乳で育ち、織衣の持つ数珠環を身に着けた事が理由だ。

 だがしかし、真の理由は他にある。

 その母乳を分けた鬼が、伊織の魂に混じったからだ。


 “鬼”とは地上界の、ほんの一部に存在する“物の怪”と称される特殊な生命体、あるいは精神体だ。

 地上界にて人間を無差別に殺害し、あまつさえ食らうとも言われ恐れられていた、物の怪の中でも最強最悪の存在とも言われている。

 最強、というのは間違いではない。

 がしかし、最悪というのは間違いだと言えよう。


 何故なら、鬼はそもそも人間を守護する事をその存在意義としていたからだ。

 鬼に限らず、物の怪の存在の意義とは人間の守護だと言えよう。

 それが何故そのような間違った認識として定着したのか、そこには深い事情があった訳なのだが。


 ともあれ、そんな存在が伊織の魂に混じったのは、他ならぬその鬼の愛情によるものだったのではないか、と思われている。

 ほんの僅かな月日、伊織を我が子のように慈しみ母乳を与え育てた鬼、茨木童子。

 その鬼は消えた後に光の珠へと変貌し、伊織へと吸収された。


 物の怪はその存在が消えると、勾玉へと変化しある役目を担うまで待機するのだとか。

 そして極稀に、その勾玉は長い長い時間をかけ光る珠へと変化し、天上の者ですら理解できない物質となるのだそうだ。

 が、驚く事に茨木童子の勾玉は、その肉体が滅んだ時と同じくしてまばゆいばかりの光の球へと変化したらしい。

 遥かな物の怪の歴史の中でも例を見ない出来事であったと伝えられた。


 そうして鬼を取り込んだ伊織は、人間ではあるがそれに当てはまらない存在になったらしい。

 それだけではない。

 伊織はその出自自体がそもそも謎だったのだ。


 ある事件により、伊織の居た集落は襲撃され全滅していたのだが、伊織だけは助かった。

 道端に布に包まれ放置されていた所を鬼、つまり酒吞童子と茨木童子に救われた、その状況そのものが在り得ない事だと言える。

 がしかし、後日ではあるがその理由は武蔵とその兄達には理解できた。

 その理由自体は、二度と、誰にも語られる事はない。

 それは“約束”だからだ。


 「お主は、恐らく地上界で行動し、そこで役目を全うする事になるだろう。」

 「父上、それはどういう?」

 「それが何時の事かも判らぬが、今地上界には危機が迫っている。まずはその危機を、儂らが何とかせねばならぬ。」

 「その危機を拭う事が俺の役目なのですか?」


 「正直に言えばその役目というのは儂にも織衣にも解らぬ。

 此度の危機というのは、そうではないかも知れぬのだ。」

 「そうではない、と言うのはどういう事?」

 「うむ、お主にはもっと大きな役目が待っているのやも知れぬ。今迫っている危機など、儂で充分対処できると言えるであろうからな。」

 「なら、俺ではなく父上がその役目なのでは?俺など未だ父上の足元にも及ばないし。」


 「でもです。あなたの力、それが地上界にとっては必要な事、というのだけは解るのです。

 あなたが持つ、私達でさえ理解できない不思議な力。

 今はまだ未熟と言わざるを得ないのでしょうけれど、何時しかそれは開花するはずです。」

 「母上、俺が持つ不思議な力って、何ですか?」

 「わかりません。故に不思議な力なのです。ともすれば武蔵様すら凌駕する程の力だと思いますよ?」

 「そんな…俺が父上を?」

 「まぁ、それはまだまだ後の話だ。今お主がすべき事は、儂を超える力のきっかけを掴む事だ。という事で!」

 「え?もう?」

 「ふふふ、頑張りなさい、伊織。」

 「が、頑張るけど……今は風呂入りたい……」


 武蔵による伊織への激しい剣術指南は、この後2日間に渡って続けられた。



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