布団
「ん……」
部屋に鳴り響く目覚ましの音がわずらわしく、手を伸ばしベッド横にあるそれを止めた。
「あー……もうっ、せっかくいい夢見てたのに!」
小松みゆ十六歳。彼氏いない歴イコール年齢のわたしが夢とはいえ、ものすごいイケメンに告白されて舞い上がり返事をしようとした途端に邪魔した目覚まし時計を恨みがましくにらむ。
「夢でぐらいいい思いさせてよ!」
あんないい意味での顔面凶器、この世にはいない。芸能人ですら彼に比べたら道端の石ころ、それ以外なんて比較対象にすらならない。
「あんなイケメン会ってみたいなぁ……って、いるわけないか……」
深い溜息を一つ。夢は夢だから素敵なのだ。現実に求めては絶望しかしないからやめとけ。
そう自分に言い聞かせて夏休みの登校日のため支度を開始した。
「夏休みなのに登校しろとか休みの意味わかってないんじゃないの……」
もちろん不満をこぼすことも忘れない。
「あっついなぁー……暑い暑い暑い……」
まだ朝の八時にもなってないのにサンサンどころかカンカン、いやギッラギラと照りつける太陽を日傘でさえぎってはいるものの、コンクリート地面から照り返される光というか熱気に目を細めながら呪文のように弱音を吐き続けて少し。学校近くにあるお墓の集まり……墓所にさしかかる。
お墓の集まりに名前あったんだ……と説明書きをちらと見て少し学んだ気分になった。どこで活躍する知識かは知らないが。
なんとか霊園と書いているけど小さな一軒家が建ちそうな広さしかないのにちょっと大袈裟じゃない? それにこんな田舎の片隅で霊園ってごたいそうな名前つけても最近は墓じまいっていうのが多いと聞くのに儲かるの?
そんな余計なお世話なことを考えながら通りすぎようとしたら大学生ぐらいの男の子とすれ違う。
なぜか農家さんが使ってるような麦わら帽子をかぶり服は某有名店のUVカットと通気性、速乾性に優れたパーカーを着ていて首にはタオルという格好にギョッとした。
(えっ……!? 若い子がする格好じゃなくない!?)
思わずジロジロ見てしまっていることに気付き慌てて目をそらす。
最近は変な人間が増えすぎていて少しでも目が合おうものなら絡まれるという悲劇の被害者の声がSNSにあふれているのにやってしまった……! 雰囲気的にはまともそうだけど外見に惑わされるなというのはコンビニでバイトしているわたしには常識。案外普通そうなサラリーマンや小綺麗にしてるおばさんがクレーマー気質だったりする。だから騙されるな!
違ってたら大変失礼なことを思いながらその場を去ろうと早足になったところで背後から声をかけられた。
(終わったー!! わたし終了のおしらせ! どうか誰かが助けてくれますようにッ!)
そう祈りながら覚悟を決めて振り返る。わたしたち以外誰もいない場所で、近くの民家の静けさからみんな旅行なり行って留守だと気付いたのは彼とバッチリ目が合ってからだ。
「す、すみませんっ! ジロジロ見ちゃって……!」
「え? あー……ハハッ! 気にしないで、俺の格好が悪いんだし。こんなのがいたら不審者だと思って警戒しちゃうよね」
慌てて頭を下げるも怒るどころか笑い飛ばしてくれた。いい人だ……とやっと安心して相手を見れる。
やっぱり年は私の少し上ぐらいで大学生に見えるし、髪は染めてないけど短くて清潔感がある。ほがらかに笑う姿も安心感があるし、顔も……まあいいほうだと思う。夢のせいでちょっと自信ないけど。
「突然呼び止めてごめんね。もしかしてお墓参りに行ってきたのかな?」
「?」
どうしてそんなことを聞くんだろう。服装はいたって普通な制服だし、こうして日傘も差してるのに……えっ、もしかして汗臭い!?
わたしが慌てていると彼は両手を振って否定してくれた。
「ごめんごめん! そうじゃなくて、俺がさっき墓参りに来たんだよ。だから君もかなーと思って……」
「あっ、そうなんですね。良かった……」
安堵するもわたしはこれから学校だということ。墓参りは最近いってないし行く予定もないことを伝えた。
「そうなんだ。……そうだよね、制服だもんね。ごめんね、変なこと言って」
「いえ別に……。それじゃあ……行ってもいいですか?」
そう言って進もうとしてた道を指差すと彼は頷いてくれ引き止めてごめんということと、気をつけてと告げてくれた。
わたしはそれに軽く会釈して再び暑い道を進む。
……そういえば彼と話してる間は暑さを感じなかったな。なんでだろう?
内心首を傾げながらも教師も生徒も辛いだけの登校日というシステムを作った誰かを恨みながら足を進めた。
「おっかしいな……。墓じゃないならあれはなんだ? 悪霊とも違うし……」
背後で先程の彼が首を傾げて墓なら場所教えてほしかったのにと呟いているなど、暑さと戦っているわたしは知るよしもなかった。
「おはよー」
学校について久しぶりの顔と挨拶をかわし合う。
友人といってもみんなバイトや旅行、親の帰省についてったり彼氏とデートだったりでなかなか予定が合わず遊べていない。海やプールに誘ってくれる子もいるが極端に暑さが苦手で肌も弱いわたしは申し訳ないが断っているため、今日は本当に久しぶりで気分が上がる。
友人たちと色々話しながら話題は今朝のことになっていた。
「それもしかしてピカピカ墓参りさんじゃない!?」
そう言ったのは友人の由佳で、もう一人の友である愛莉と顔を見合わせダサくない? と笑った。
「ちょっと由佳、ダサいし長いわ!」
「だってこういう名前なんだってば! 彼がいたお墓は全部ピッカピカになって空気までキレイになるんだって!」
二人の会話を聞きながらだからピカピカ墓参りさんなのかと納得はしたがやはりダサさは拭いきれない。
「ピカピカかどうかはわかんないな……見てないし見たくもないし」
「だよねー! お墓なんて行きたくもないし見たくもないよね。なんなら由佳が帰りに確認すればいいんじゃない?」
「えっ……それは嫌だ。だってネットでお墓はオーブンに飛ぶこむようなもんだって書いてたし」
「なにそれ!?」
由佳のとんでも発言に愛莉と声を揃えて叫んだ。なんでも墓石に太陽光が当たって……という墓所の熱さを表現したものらしい。
「でも絶対ピカピカ墓参りさんだって! 最近SNSでもうわさになってるの知らない!?」
「知らなーい。あんたみたいにオカルトとかに興味ある人にしか流れてこないんじゃないの?」
「あー、そうかも。由佳はそういうの昔っから好きだけど愛梨は嫌いだもんね」
「科学で証明できないことには興味ないのよ」
そう言うのに愛梨は運命の人や真実の愛っていうのは信じてるんだよね。そこがまた可愛いんだけど。
由佳はお母さんが無類のオカルト好きだから仕方ないけど……どうしてこうも噂や都市伝説のやつって名前がダサいんだろう。
例の彼は明るい人だったし怪談とかそういう系には縁ないと思うんだよね。接客業してるから人を見る目はあるほうだと思うし。
「それとはまた別に最近新しいのあってね!? 布団が……」
「もう由佳いいって! 早く自分の席にいきなよ、先生くるよ!」
愛梨の声に時計を見るともうホームルームの時間だった。わたしたちは慌ててそれぞれの席に着き、昼までの数時間を過ごしたのだった。
何度考えてもこの時、わたしだけでも由佳の話をよく聞いておけば良かったのだ。
学校が終わってからでも話はできたのに、由佳がオカルト話を始めると数時間は止まらないからとわたしと愛梨は逃げるように振り切って帰宅した。
それを、今でもわたしは後悔している。
「はあーー……つっかれたぁー!!」
お風呂上がりの薄いキャミとショートパンツの姿でベッドのうえに大の字に寝転ぶ。
今日は久しぶりに早くに起きたからまだ夜の十一時前だというのにあくびが止まらない。もうこのまま寝てしまうか……。
眠い目を手の甲でこすりウトウトしているとふいに身体を冷たいものが覆う。冷房がよく効いてきたのかもしれない。
気にせずそのまま眠りに就こうとするもふと違和感に気付いた。冷たいものが覆っているわたしの身体……仰向けになっているのに、なぜ……背後が冷えるのだろう。
「え……────ッ!!?」
そう声を出した瞬間、何者かに後ろから口を塞がれた。冷たくて大きな手……それが背後からくる異質さに身体が強ばる。
「おかえりィィ……待ってたよォォ……」
耳元で聞こえる低くくぐもった声に震えが止まらない。逃げたいのに震えることはできても抵抗に動かないのは恐怖ゆえだろうか。
ペチャ……と濡れた舌の感触が頬にして引きつった悲鳴がもれる。
「今朝はいいところで邪魔されたネェェ……。ボクタチを引き裂いた邪魔なあれは壊しておいたよォォ……」
その言葉にベッド傍においてある目覚まし時計に目をやればグチャグチャに歪み破壊されていた。
(どうして……!? 帰ってきたときはなんともなかったのに!)
帰宅してからだけでなく風呂に入るまでは無事だったそれが見るも無惨な姿に変貌していることに涙まで浮かんでくる。わたしのこれからの姿かもしれないとまで想像できてしまい、喉から嗚咽がもれ涙がこぼれる。
「さあ……早く返事しておくれ……。ボクと付き合ってくれるだろう? 結婚もしようねェェ……!」
「!?」
わたしは悟った。このおかしな……異質な存在は今朝夢に出てきたイケメンだと。
しかし夢のなかではちゃんとした話し方だったしこんな異常なことしてこなかったのにと混乱していると、背後の存在がまた言葉を発する。
「本当は夢のなかで触れ合うだけでもよかったんだけどねェェ……やっぱりこの世に君を置いていると邪魔が入るから、このまま連れ去ることにするよォォ……」
クククッと低く笑う後ろの存在に身震いと絶望感が強くなる。
(助けて……ッ、助けて誰かぁぁぁぁッ!!)
そんなわたしの心の叫びをあざ笑うかのように、身体はグングン背後の謎の空間に引きずり込まれていく。
手を伸ばそうにもやはり動かず、後ろからの「いつもボクに大好きって言ってくれるもんねェェ……離れたくないって言ってくれるもんねェェ……! これからはずっと、ずうゥゥゥゥット一緒ダヨォォォォ!!!!」
雄叫びのような歓声を聞きながらわたしの意識は薄らいでいく。
それが酸欠なのか恐怖なのか。後ろの化け物の不思議な力なのかはわからないが、一つだけハッキリしていることがある。
────わたしはもう、ここには戻れない。
そう小松みゆが思ったと同時に、彼女の存在はこの世とは隔絶された場所へと落とされた。
その場に残された彼女の痕跡は朝となにも変わらない部屋の風景と、壊された目覚まし時計だけ。
ここに彼女が襲われたとわかるものはなに一つ残されてはおらず、通常であれば恐怖でできた汗染みや寝転んだときにできるシーツのシワさえも、本当になに一つ残されてはいなかった。
「はーい……なぁーんだ、由佳か。どうしたのよ?」
『学校での話の続きなんだけどね、……ちょっと、切ろうとしてないでしょうね?』
「バレたか……。あんたもしつこいなー、そんなに話したかったら明日みゆと一緒に聞くよ。明日由佳の家に行けばいい?」
『先にみゆに連絡したんだけど繋がらないんだよね……。もしかしたら急に家族と出掛けたのかも』
由佳の懸念に愛梨は首を傾げる。電話も取れないほど急ぎとはなんだろうか。
それはさておき、まずはこの話の長いオカルトマニアの話を聞かないことには今日は眠れそうにない。
「なによ、聞くから早くして」
『なんだかんだ言って聞いてくれるよねー!』
上機嫌になった由佳を適当にあしらいながら話を聞くと布団にまつわる話だった。
なんでもわたしたちが普通に言う布団と離れたくない、布団愛してるといういわば「もっと寝かせろ」という言葉を曲解した化け物がいるらしく、これを日々言い続けることで布団になにかが宿りさらわれるそうだ。
実にくだらない作り話ではあるけどみゆは三度の飯より寝るのが好きなのでことあるごとに言っていたな……と思い出し、あとでメッセージでも送ろうと悪巧みする。きっと怖がって布団に過度な愛情を注がなくなるだろう。
「で? 対処法はあるの?」
由佳はただ怖い話をするだけでなくその対処も教えてくれるのでセットで聞かなければならない。だから一度話し出すと止まらないのにそれに対する撃退法もついてくるため、本当に時間がかかるのだ。
『あるわよ! それはね──……』
あまりに肩透かしな方法に失笑がこぼれる。
「なにそれ……アホらしい」
『どこがよ!? 大事なんだからね! わたしはあんたなんて大嫌い! 起きてるのが一番好き! って言うなんてなかなかできないよ!? 絶対みゆは言えないと思う!』
「言えてる! あの子は絶対そんなの言えないだろうねー。だってもう布団と結婚してるもんね」
『そうそう! あ、もしかしたらもう寝てるんじゃない?』
かもねー! と返す愛梨も笑う由佳も、すでにその友人がこの世にいないとは夢にも思っていなかった。
「ずっと、ずっとボクと仲良く暮らそうねェェェェェ……!」
今日も どこかで誰かが攫われているのかもしれない。
お読みくださりありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
前作の『墓参り』の登場人物も少し出ておりますので、もしご興味ございましたらそちらのほうもよろしくお願いいたします。