第七話 一緒に買い物をする
結局、彼女は俺が千世川の旅館に居候していることを話さないことにしたらしい。
理由は単純。「同級生に旅館へ来て欲しくなかったから」だそうだ。
「あなたという同級生の一人が泊まっていると知ったら、遊びに来てもいいんだという認識が広まるかもしれませんので。以前にも行きたいと複数の方から言われたことがありましたが、全員興味本位みたいでした。あの旅館は結構忙しいですし、見世物としたくもありませんから」
「……もうちょっと応えてやってもいいんじゃないのか?」
「いいんです。学校と家のことはきっぱり分けているので」
彼女にそう言われてから、居候の事実は歩もなるべく隠すように努めた。
あの買い物から一週間後。歩は小弓の買い物に付き添っていた。
「野菜はこんな感じですね……」
「毎週よくこんな大荷物持って帰ってたな」
(野菜だけで一袋分ありそうな気がするんだが)
カートを押しながら、歩は純粋に感心していた。
「まあ、旅館ではいつでも男手に恵まれているわけではありませんから。それに両親も、仕事から手が離せませんし。わたしにできる必要最低限です」
「それはまた大変な……」
「あっ、小麦粉が必要でした。あっちのコーナーに入りましょう」
小弓はさっさと一人で移動していく。はいはい、と歩はその後へついて行った。
小弓の背中を追いながら、少し回想する。
(思えば周囲の目も、だいぶ柔らかくなったよな)
今日の放課後になって小弓が歩の席に来て彼を連れ出した時こそ、さすがに憎々しげに睨まれた気がしたが。
靴箱での一件の翌日、小弓から居候のことを伏せるように言われた歩は、隣の席の上成に向かって事情をこう説明した。
「俺は以前から千世川に助けてもらっている恩がある。だからこそ彼女が旅館のために忙しくしているのなら手伝わなくちゃならないと思うのは当然だろ。関係と言っても友人……いややっぱり、大した関係はない」
「友人」という言葉を彼女に当てはめて実際に口に出してみることで、改めて「友人」なわけがないよなぁと感じた。自分は居候の身。迷惑をできる限りかけないよう、ひっそりと暮らしたい少年でしかないのだから。
それに、上成に話したことで、この言い方なら彼女と「友人」関係でなくても誤魔化せるとわかった。あくまで彼女は自分の恩人だから、買い物に付き合っている──間違いない事実だ。小弓に居候の件は話さないでと言われているから、やはりこの言い方がベストなのである。
そして徐々に自分に向かって彼女との関係性を聞きに来るクラスメイトが現れだしたのだが、きまって同じ対応をしてみたところ、彼らはそれ以上文句をつける理由がなく、気に食わないと言いたげな顔をしながらも不肖不肖に去っていった。
だから余計に、歩は思った。
(千世川のことを友人などと呼ばないようにしよう……隣人をちょっと続けたからといって友人になれるわけがない。そもそも友人なんてのは、お互いの了承があってのもののはずだし、おこがましいにも程がある……)
「そうだ、魚も買わないといけませんでした」
ハッと思い出した小弓は、魚介類のコーナーへと向かっていった。
(忙しいもんだな、買い物ってのも)
歩にとって買い物とは、生活必需品を揃えるためだけの行動だった。料理は朝も夜も旅館が美味しいものを出してくれるし、昼は食堂でテキトウに済ませている。──本当は昼も、弁当を作ろうかと女将さんから提案されたのだが、彼は遠慮して断った。そして食堂で頼むのはおにぎり一個だ──
だから、父が毎月送ってくれる金で飲み物や服、時々本を買う日々だった。
家族の分まで考えて魚を選ぶ彼女の姿を、歩は目を細めて見守った。