第五話 お許しください……えっ?
今まで彼女のため、ひいては自分の平穏のためだとばかり思っていた行為。それがまさか、ただ異常に彼女のことを嫌っていたようにしか見られないことに気が付き愕然としていた歩に、小弓は続ける。
「実は昨日、早緑さんが部屋に戻ってしまった後、夕食の席で母が言ったんです。わたしが何か早緑さんに対して嫌われるようなことをしていないか、と。何かそっけない態度でも取ったとか……」
「なっ…!」
(とんだ冤罪じゃないか、それ)
たしかに小弓の態度は取り立てて好ましいわけではない。旅館の娘としてもてなそうとしてくるわけでもない。だが、歩は全面的に自分が悪いことを自覚している。彼女に非はない。全然ない。
「千世川は何も悪くない。俺が一方的に千世川を避けていたというか、できるだけ関わらないようにしていたというか」
「早緑さん」
心做しか厳しい声で、サクッと遮られた。(千世川、こんな仮借ない言い方するんだ)というあてのない感想が、一瞬湧いて消えた。
「昨日も聞きましたが、あなたがわたしに対してすごく気を遣ってくれているのはわかります。わたしと関わることでわたしに迷惑がかかるとか、変な心配しているのでしょうけど。……それに、同級生の家族がやっている旅館に居候しているなんて、あまり大きな声で言いたくないのかもしれませんし」
(……後者の方はそんなに気にしてないんだが)
「ですがその気遣いでわたしが困った誤解でも受けたら、なんと言いますか、馬鹿みたいじゃないですか」
「……とりあえず、申し訳ありませんでした」
勢いよく頭を下げて謝罪した。馬鹿みたいと言われては返す言葉もない。
これは歩にとって、完全に予想外の結果だった。
それだけに非常に居た堪れないし、ろくに想定していなかった自分が許せない。
(ともかく、生まれかけた誤解は自分がどうにかしなければ。これからちゃんと千世川と向き合って──)
──向き合って?
歩は顔を上げ、改めて今の自分たちの状況を見直した。
靴箱。登校してきた生徒たちの視線。
教室からやってきたのだろう、見覚えのある顔の混じった野次馬。
特に男子たちの目は……すごく……
やばい。潰される。
歩は本気で焦った。初めて浴びた、男が男を吊り上げようとする脅威に。今にも集中砲火が始まりそうな雰囲気に。
(俺は学校では大人しく、教室の隅で眠っていたい。そもそも誰かと関わり合いなんて持ちたくない。まして誰かに恨まれるなんて、まっぴらごめんだ。だがこれはもう遅いのかも……)
「じゃっ、じゃあ千世川。なるべく改善させるから。挨拶は目を見て返すとか。あ、もうこんな時間だ。教室へ早く──」
「今だって目も合わせていない人にそんなことを言われましても」
(おお、神は何処に!……合わせてないんじゃない、合わせてたら締められそうなんだ)
小弓は口元に手をやり、少し考えた。
「そうですね……こういうのはどうでしょうか?早緑さんに、一つお願いをします」
「ああ。それで問題が解決されるなら──」
小弓はどこか躊躇いがちだったが、やがてまっすぐに歩を見上げて、ごく明瞭な声でこう言った。
「早緑さん。これから平日の学校帰り」
「はい」
「わたしの家に寄っていってください」
「……えっ?」
「買い物に付き合ったあとで」
……えっ?
もちろん毎日なんてわたしも願い下げなので、週一ですけど。
そう付け加えて目を逸らす小弓を、歩はぶっ壊れたみたいに呆然と眺めていた。