第十六話 隠していたこと
温泉なら、旅館にもある。
毎晩早風呂ながら入っているから、温泉そのものには大して意外性を感じなかった。
だが髪と体を洗い、シャワーで流して、いざ浴槽に足を入れてみた時想像以上に熱くて仰天した。
(湯の温度が高いな……)
体の表面がヒリヒリ熱くなっていくのを少しの我慢で耐えつつ、チャプチャプと身を沈めていく。ゆっくりと湯に入っていく歩に対して、上成はその隣でザバッと肩まで一気に浸かった。そして「ふぅー」と一息。
「どうだ?早緑」
「まだ腹までしか浸かってないんだが」
「勢いよく入っちまえよ」
カッカッと豪快に笑う。
(……気のせいか、あんまり口数が多くないと思ったのは)
歩も肩、そして案外底が深く、座ったらそのまま顎下まで湯に浸かった。
「これはなかなか」
おおっとつい感嘆の声が出た。たしかに熱いが、身体の芯をほぐしてくれる。はぁと息を出して頭を浴槽の淵に置いた。
「そうか、それはよかった」
上成が得意気に笑った。
「で、上成」温まりながら、歩は早速本題に入ろうとした。「例の質問の答えなんだが──」
「その前に」
上成は浴室によく響く声で遮った。「早緑、お前に一つ、話しとこうと思ってな」
歩はゆっくりと振り返った。御影石に頭を気だるげに乗せて、上成は口だけはっきりと、そしていつもよりも心なしか滑らかに動かした。
「俺、本当は方言喋るんじゃ」
(……じゃ?)
一瞬、歩は呆然とした。唐突な言葉に何を返せばいいか、よくわからなかったから。
「……いいんじゃないか?」
なんとか返した言葉。
そもそも他所から来た歩にとって、なぜこの辺りでは方言が使われていないのか、不思議だった。千世川は旅館の娘だから、観光で来る人たちの対応もしなければならないために普段から敬語で話しているのはわかる。だが学校で「じゃ」をつけて話すクラスメイトは誰一人としていなかったし、もうこの地域では方言は廃れてしまったのではないかと思っていた。
「外から来とる早緑にとっちゃそうじゃな」
上成は目を細めて立ち上がる湯気を見つめた。「あの高校は、この港町の各地から生徒が集まっとる。駅周辺からも来とるんじゃ。じゃけん、あんま方言使わん人もようけ入ってきとるし、もともと使っとったやつもどんどん使わんくなってった」
「……そうなんだ」
「そん中でまだ方言使っとるやつは、『古臭い』だの『田舎もん』だの言われるようなってな。俺も学校じゃなかなか話さんかったんじゃ。正直標準語なんざ上手く話せんけぇ」
(……そうなんだ)
歩は意外に思った。ただ自分に話しかけてくる隣の席の生徒だとしか見なしていなかったが、彼も人に話すのを避けていたなんて。
「でも」歩は首を傾げた。「なんでそんなことを俺に打ち明けるんだ?わざわざ温泉にまで連れ出して」
「自分ちじゃねえとこんな方言ぶち撒けられんけぇな」
あと、と上成は鋭い目を歩に向ける。
「俺は秘密を晒したんじゃ。お前も隠しとること教えぇや。そげんしてまで隠されても気味悪いだけじゃ。そのことと関係があるんじゃろ?お前の質問は」
(……等価交換か)
話していいだろうか?千世川はだめだと言っていた。それは、周囲の興味本位を掻き立てないためだ。
──上成は、興味本位で聞いてきてるのではない。
濛々と立ち昇る湯気を目で追いかける。
(上成は、お節介なのかもしれない。たぶん)
歩はポツポツと、旅館での居候の話を始めた。




