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第十五話 温泉へ行ってみる

 雨の中、二台の自転車が下町の道を駆け抜けた。レインコートに身を包み、ビニールで学生鞄を覆った彼らはやがて商店街の屋根の下に入ってブレーキをかけた。


「よ、早緑。大丈夫か」

「……ああ」


 フードを脱いで歩は濡れた顔をハンカチで拭い、上成はブルブルと頭を振ってフードも水も振り飛ばした。

 商店街の中は人気がなく、ほとんどシャッターが閉まっていた。灰色の場所が、より雰囲気を薄暗くしている。アーケードが雨音を物悲しく弾く。

 この商店街は、位置からすると旅館と近いはずだ。旅館につながる河原道を途中で折れて入ったところだからだ。だが実際に歩が訪れたのは、これが初めてだった。

 それだけに、寂れた印象をより強く受けた。


 歩は同行者に問うた。こんな様子ではどの店も開いていそうに見えなかったのだ。


「上成、どこに用事があるんだ?」


 彼はまだ、上成が何の用事でここまでやって来たのを知らされていなかった。

 ……半ば強引に連れ出されたようなものだった。質問の答えを知りたいとは思いつつも、放課後上成に付き合うのは気が進まなかった。だが今は、せめてもの話し相手というのが、最近少しずつだが会話を交わすようになってきた上成くらいしかいなかったため、歩が押し切られたような形で自転車を走らせたのだった。

 ただ、千世川がどう思ったことだろうかと気になっただけなのに。自分でもよくわからない思いでいたけれど──。


 上成は「あれを」とだけ言って、前方に並ぶシャッターの中にある、簾のかかった一軒を指さした。簾を挟んで両脇に、「男」「女」と筆で書かれた暖簾をぶら下げている。


「……温泉?」

「あたり」


 建物自体はかなり古いようだ。辺りのうら寂しい静けさの中でも、浮かび上がることなく同じように沈んでいた。どしりとした木製の看板が横向きに、建物の額にかかっている。


「たまの温泉」


 旅館たまのうらを想起させる名なのは、この港町の名・玉崎から同じように命名したからだろう。「たま」という二文字が自在に変化していくのは、巡ってみれば面白かろう。

 上成は建物の横の路地に自転車を置き、歩にも同じようにさせた。そして堂々と「男」の暖簾をくぐって歩に手招きした。


「ただいまー」

 中に入った時上成が上げた言葉に、歩は驚いて「えっ」と短く叫んだ。

「ただいまだって?それじゃあここが……」

「そ。俺の家」

 

 ニッと笑って、さあ奥へ奥へと歩の背中を押した。押されるがままに歩は無人の番台をスルーして、脱衣所に入った。


「ちょっ、ちょっと待った!」

「ん?」


 脱衣所の板間を踏んだところで歩は振り返って上成を止めようとするが、「気になさんな。まだ客の入る時間じゃない」と言われた。


「そうじゃなくて」歩は声をわずかに張り上げた。「勝手に俺が入っていいのか?金とか……」

「俺の家だと言ったろ?ほらさっさと入れ」


 ……渋々ながら、歩は荷物を下に置いて木製の脱衣箱を引っ張り出した。なんだか妙に強引な気がする。上成はこんなにぐいぐいとした性格だっただろうか?歩は思った。


(それに、気のせいか?いつもより口数が少ないようだし……)


 そのことも、上成が無理矢理歩を引っ張っているかのような強引さを感じさせる要因になっていた。


(たしかにこいつも、そんなに教室でお喋りなやつではない。剽軽な性格だし、俺によく話しかけてくるが、あまり他のクラスメイトと談笑しているのは見かけない……だが今は、輪をかけて言葉が少ない気がする)


 不可解に思いながら、歩は服を脱ぎタオルを受け取って、浴室へ移動した。




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