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第十四話 本当は?

 ご馳走にあずかった翌日は、穏やかな雨天だった。

 穏やかな雨筋が音を立てて薄汚れた教室の窓を濡らしていくのを、歩は静かに眺めていた。その背後では、賑やかな休み時間が繰り広げられていた。


「早緑、お前大丈夫か?」


 上成が歩の顔を覗き込む。突然視界に大写しになった顔面に驚いて歩は「うわっ」と仰け反った。


「何するんだ、上成」


 隣の席の男を睨みつけるが、飄々とした彼はニヤリと笑った。


「いやー、今朝から早緑元気ないから。ずっとぼーっとしているし」

「……いつも通りだろ」

 歩は目を逸らす。

「いーや、違う。いつも通りならさっきの現国は眠っていただろ」


 さすが隣の席。よく見ている。


「で、何があったんだよ。この上成に教えてご覧よ〜」


 けれど、鬱陶しい。

 たしかに悩んでいるが、あまり他人に話せるような話題ではない。だからこうして黙って教科書をペラペラ捲ってやり過ごそうとしているのに。

 

 ──歩は昨晩のことを思い出していた。

 懐中電灯を手に近づいてくる小弓。その善意を断る歩。

 そこまでは特に変わったやり取りではなかった。そのはずだ。

 なのに、歩は小弓の一言を聞いて思わず、本心を語ってしまった。そんなことを彼女が聞きたいわけがないのに。聞いて心地の良い話などではなかった。

 一人で幸せになりたいなんて、勝手にすればいい。彼女に話す必要なんてない。自分が彼女に関わりたくないのは事実なんだから、あの一言をその通りだと認めるに留めればよかったものを。


(俺はなんであの時、打ち明けてしまったんだ)


 イライラしている。自分でもそれに気がついているから、捲りかけたページの端を強く握って止めた。

 こんなことは今までにも、よくあった。自分のわけがわからない行為に対して苛立つことは。その度に拳を握って自分を落ち着かせるのだ。

 

「上成」それまで歩からは話しかけたことのない男の名前を、初めて口にした。隣の彼は、不意打ちであるにも拘らず至極嬉しそうに、顔を綻ばせた。

「やぁ、やっと呼んでくれたな早緑。ホント、いつになったら話を振ってくれるかとヤキモキして──」

「お前はさ」ピシャリと上成の言を遮る。「お前が世話してやっている、例えばペットでも想像してくれ」

「……飼ったことない」

「イマジンだ。馬鹿野郎」

「なかなか口が悪い」

「……もしもそのペットに『お前には関わりたくない』という態度をとられたら、どうする?」

「ハリネズミか?」

 

 歩は自分でも、おかしな質問だと思った。小弓との関係を、飼い主とペットの関係に置き換えて考えさせるなんて。でも似たもんだろうと歩は踏んだ。

 知りたくなった。小弓はどう思っただろうか、と。「俺は一人でいたいから、お前に関わりたくない」と言われた彼女の心境を。傷ついただろうか?怒っただろうか?恨んでいるだろうか?

 

 ……知る必要なんてないのかもしれない。

 なぜなら歩は、『彼女に関わりたくない』のだから。

 彼女がどれほど歩を憎もうが恨もうが、ただ従順に謝罪と日々のお礼の意味を込めて彼女の買い物を手伝っていれば、それでいいのだ。


 なのに、歩は聞いてしまった。やっぱり知りたかったから。

 何で彼がそんな衝動に駆られているのか、自分でもよくわかっていなかった。


(俺は、本当は──)


 ──彼女に嫌われることを──。

 歩はその答えが出せないまま、唇を噛んだ。


 上成はしばらく黙りこくって考えに耽っていたが、ようやく首を振り顔を上げたとき、思いがけないことを尋ねてきた。


「早緑、今日の放課後は暇か?」

「……暇だが。答えはどうなんだよ」

「放課後、俺に付き合ってくれたら答えてやる」


 なっいいだろ?と歯を覗かせる上成に対し、歩は二、三度瞬きした。


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