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第十二話 どうしてあなたは

 引き戸が閉められる。

 それと同時に、歩の姿が視界から完全に消える。


(わたしはまた、彼の気持ちが読めませんでした)

 

 小弓は、もう動かない戸を見つめた。



 歩は一か月前に旅館へやって来た少年であり、父親が離れた場所で仕事をしているとは聞いていた。

 たった一人で部屋に住み始めた彼はなんとも薄暗い雰囲気を醸し出していた。常に無表情、挙動にも特徴はなく、ゆったりと過ごしている。旅館でたまに見かけた時も、まるで何にも興味がないとでもいいたげに庭をぼんやり眺めていた。学校でもいつも眠そうにしていて、誰とも会話をしようとせず、静かに教室の隅で小さくなっている。

(わたしも、それほど周囲と関係を深めたいわけではありませんが。早緑さんには、わたしがわりと淡白な人間だということが知られてるみたいでしたね)

 小弓はたしかに社交的に見えるが、あまり休日にクラスメイトと遊んだり、男子の告白に「喜んで」と答えたりするほど人付き合いが好きでもなかった。むしろ苦手な方で、旅館に居候をする歩とも距離を詰めるつもりなど全然なかった。

 


 あの靴箱での一件の後で、小弓はクラスメイトたちに詰め寄られた。そして聞かれたのが、彼のことだ。

「千世川さん、あの男子と関わりがあったの?」

「いえ、大したものではないのですが……」

「へぇー、あの暗いのが千世川さんとね」

「暗いというか、怖くない?なんか無駄に顔が良いだけに余計にさ」

 その発言にほとんどの人が頷いていた。

「だよねー。幽霊屋敷とかに一人で住んでそうな感じ」

「あ、わかる!なんかに取り憑かれてそうよね」

「千世川さん」男子のクラス委員が会話に入ってきた。「あんまり彼に関わるのはよしなよ。どんな関係か詳しく知らないけどさ。危ないと思うんだ」

「……なにが危ないのですか?」

「きっと彼、何かの拍子に暴れ出すよ……いたんだ、小中学校で。ちょうどあんな感じのやつが情緒不安定で、やらかしてくれたんだ」

 思い出すのも嫌だといった様子で彼は歩を見て顔をしかめていた。



 歩は小弓を避けていた。そのことに小弓は気づいた時は、単に居候であることが気まずいとか人見知りとかが理由なんだろうと思っていた。

 しかしだんだんと、そうではないことがわかってきた。彼は旅館の人たちとは普通に接していた。避けていたのは小弓だけだった。

(嫌われたのでしょうか?)

 そう思いもしたが、彼とはほとんど話したことがなかったから嫌われる理由も見当たらなかった。

 そして徐々に浮かんだ想像が、ひょんな偶然から確信に変わった。彼は今まで自分との関係を持つことをあえて避けていたのだ。

 ただ、関係を恐れているだけで。

 一見彼が自分を気遣ってくれているように見えたし、彼自身もそう言っていた。だけどそうではないと小弓は気づいた。


 歩はきっと、人との関係をほとんど知らない。

 友人や家族、恋人、先生。


 彼のこれまでの人生は移転続きだった。母に聞いたところ、短いと三か月ほどしかいなかった町もあるらしい。父親の仕事で転校を何度もしてきて、ようやく落ち着いたのがこの旅館のある町だったというわけだ。

 彼に人と関係を結ぶ術などなかったに違いない。

 だから彼は一人でいることを望んでいる。それが彼にとっての平穏なのだろうし、小弓という人気者となど関わりたくないのは当然なのだろう。

 

 

「小弓、小弓」

 ポンポンと肩を叩かれて、ハッとする。琴代が懐中電灯を小弓に差し出していた。

「……えっと」

「そこの道が夜は暗いの知ってるでしょ?早く送ってあげなさい。歩くん何も持ってなかったから」

 小弓はちょっとの間ぼうっとその懐中電灯を眺めていたが、「送ってきます」と一言、土間に下りた。


(彼の別れ際のたあの表情。大きな音を立てたのに、痛がる素振りも見せたのに、なんであんな風に笑ったのでしょう。何も辛いことなんてないみたいに)


 ガラガラと引き戸を勢いよく開けて、声を上げた。

「早緑さん!暗いのにライト一つなしだと危ないです」


 ……一瞬、歩の姿がわからなかった。

 それほどに、彼は夜の闇としじまに溶け込んだようであった。

 

 普段は真っ黒な髪がサラサラと夜風を流している。その後ろ姿は細く自然で、昼に見るときよりも弱々しかった。旅館の屋敷はすぐ目の前に佇んでいるのに、どこに行けば良いかわかっていないような印象を受けた。

 

 歩が振り向いた。

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