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第十話 夕飯にあずからせていただく

「えっと、ここは……」


 茶の間?


 畳敷きの部屋の中央に丸机が置かれ、囲むようにして座布団が並んでいた。隅にはテレビが台の上に乗っている。

 部屋自体は西向きの庭に面しているようで、ガラス障子の向こうで西日に照らされた庭木がそよいでいる。

 

「早緑さんは、ここで待っていてください」


 小弓がそう言い残して、買い物袋二つを持って部屋を出ていった。歩は慌ててその背中にわかったと応えた。


 しばし一人の静かな時間が流れた。歩はさっき小弓が出してくれた座布団に腰掛けテーブルに向かい、じっと待っていた。


(それにしても、この時代にまだこんな茶の間があったなんて……)


 綺麗にはされているが、あまりに「レトロ」のイメージが似合いすぎている。歩はつい、部屋を見回してしまった。


 どこか侘しいような夕日が部屋にさしこみ、古い家具類が静かに黄昏れている。動くものといえば、庭木の影の揺れと、時計の針の小さな動きだけ。

 やさしい匂いがする。それが一体畳のものなのか、襖か障子の紙のものなのか、それとも他の何かなのか、全然わからなかった。

 隣の部屋で忙しなく歩いたり立ち止まったりする音がする。


(千世川、だろうか?)


 ……旅館の一人部屋とは違う、温かい家族の部屋にいるんだと気がついた。たった一人の旅人でも、親身になって助けてくれる。そんな家族が暮らしている部屋なんだと──。


 歩はうつらうつらとして、彼も知らないうちに眠ってしまった。

 

 

「あら、起きた」

 

 歩は瞬きを数度繰り返した。

(おかしい。天井が見える。座布団に座っていたはずなのに。

 というか今一瞬、何があったんだ?俺はたしか茶の間にいて、それから、千世川のご両親を待っていて、でも二人にはまだ会っていない──

 そして、なぜか俺の頭の後ろには柔らかい枕があって、誰かが声を──)


 ──っ!!


 歩はがばりと身を起こした。周りを見れば、自分の体がしっかりと茶の間の端で横たわっていたことを知った。

 そして、中央のテーブルを囲んでいるのは二人の女性、一人は見知った千世川小弓。もう一人は、小弓の面影のある妙齢の、といっても母親にしては若々しく見える、小弓の母。同時に旅館「たまのうら」の女将さんである、千世川琴代。


「ね。起こさなくていいって言ったでしょ?あんたの料理を持ってくれば自然と目が覚めるって」

「……まさか本当に起きるなんて……」


 母娘が何か話している。歩は目の前の光景を呆然と眺めていたが、やがて時計を見てもう五時を過ぎていることを確認してハッと意識を取り戻すと、「あっあの、女将さん帰ってこられたんですね……」

「ちょうど仕事が一段落ついてね。あとは仲居さんたちに任せて、わたしは早めの夕食を食べに来たの」

「ええ……」

(女将さん、それで大丈夫なんですか。夕食時こそ忙しいのでは)

 

 出かかったツッコミを飲み込む。琴代さんというのは、けっこう自由な性格なのだ。女将としての評判は高いと聞くから、その性格がむしろ和みになっているのかもしれないが。

「主人はまだちょっと手が離せないみたいだから、後にするって」

 ……やっぱり、早めの夕食はダメなんじゃないんでしょうか?

 それから琴代さんはニッコリと笑った。

「さっきね、ちょうど建物の廊下を渡っていたら、二人が家に入っていくのが見えたの。やっと歩くんも一緒に夕食を食べてもらえるのかと思ったら待たせるわけにもいかないと思ってね」


(……夕食?)

 そういえば、すごくいい匂いがする。寝起きで頭がぼーっとしていたからか、家庭的な雰囲気に飲まれてスルーしてしまっていたか。とにかくテーブルの方からいい匂いが──。


「ハンバーグ?でもこれって……」


 デジャ・ビュ。

 テーブルに置いてあった料理には見覚えがあった。

 白米、春野菜、汁物、そして中央に据えられたのがハンバーグ。昨晩の夕飯と同じだ。

 しかも形状や色、ソースのかけ方もなんとなくだが、よく似ている。


「二日連続かもしれませんが」

 小弓は座布団を示した。先程まで歩が座っていたはずの位置だ。

「どうぞ、召し上がってください」


 小弓は歩と視線が合わないように、反対方向へ顔を背けていた。

 自分の娘と突然の夕食に思考の追いついていない歩を見て、女将はくすくす笑った。

 

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