ランチ後の推測2
俺は、自分自身のことを話さない方だから、自分が昔から見ている夢や記憶の話をしていなかったので、辰馬にそこから話した。
「晴矢は夢の中に出てきた男を一人預かっているってことか?」
先生の話はまとめていた方が良いと感じ、事細かに話した。辰馬は決してケラケラと他人事のように馬鹿にすることも無く真剣に聞いていてくれていた。俺が、喋り終えると少し考え事をしているような表情をしていたが、優しい顔に戻っていた。そして何か思いついたようで
「夢の中の場所に見覚えはあるの?」
「いいや、全くない。強いて言うなら、朝ドラのセットみたいな場所だったな。映画村みたいな」
辰馬は何を言っているんだと、納得していない様子が伺える。
「じゃあ、演技派の役者さんでもいたのか? 晴矢が役者になった的な予知夢とか」
「予知夢って存在するのか?」
予知夢が存在するなら、ここまで人との関わり合いで苦労はしなかっただろう。幼少期の特に女性絡みの問題には疲れ果てているし、嫌な経験である。東京に出てきてからは、俺の取り扱いや上目遣いのアピールが激しい人はあまり現れなくなったと思うが、予知夢ではないと思っている、いや思いたい。ましては役者だなんて、難しくて辛いに決まっている。それに俺のファンとか怖くて会えない。中一の時のバレンタインのチョコの箱の中に一万円札があった時はかなり引いた。
「いや、晴矢が役者なわけないな。すぐに引退するような展開が予想できる。ファンが嫌いになったとかなんとか言って。でもさ、その男の人は本当に記憶喪失ならさ、何か手掛かりとかないの」
さらりと、俺の思っていたことを見通したように言ってきたのに少し驚き、その後に付け加えたように言った手掛かりについて考える。
「いや、名無し先生は何も持ってなかったし」
「ん? 先生って呼んでるの? 名無しってなんか名付けてあげなよ」
辰馬は、半分呆れたような顔をしてツッコミを入れる。
「ああ、そうだ! 先生って呼ばれていたかもしれないって言ってた」
それを俺は無視して、先生が言っていたことを辰馬に伝える。
「晴矢の映画村での情景と先生は関係するのか?」
ますます混乱している辰馬を置いていき、俺は深く考え出す。先生の話は不思議な話に変わってきているけれど、実際不思議なことに俺自身も先生の身元については全く知らない。
「夢の中の、なんだっけ? 大寿とやらの記憶だとしたら、お前が記憶喪失なんじゃないか?」
「は?」
辰馬は、人差し指で俺を指して縦に小さく軽く振る。
「晴矢が記憶喪失パターンの方が可能性としてはありえるだろうよ。そんで、名無し先生と再び出会ったみたいな?」
「じゃあ、どうして俺は映画村みたいなところで、しかも今の俺くらいの体で動いてる記憶が幼少期の脳裏にあるんだ?」
「さあね、あ、課題終わらないんだろ? そろそろ制作しよう。そんな事考えながら描くのは難しいし今は手を動かすことにしよう。名無し先生は未知すぎる。とんでもない事件に巻き込まれてるんじゃないの?」
俺は自分の作品の方まで戻る。
「だったら、俺の幼少期からある記憶はなんなんだよ」
と、ため息混じりに言うと、辰馬は大きく伸びをし、集中モードに入ったようだった。俺も深く考えずに制作し始めた。目の前の絵は銀色の雲を纏っている、そして空が青み帯びていた。
「名無し先生ねえ」
と独り言のように呟き、筆を走らせた辰馬には聞こえなかったようだが、俺にははっきりと聞こえてしまうくらいの声だった。
俺と先生がどんな関係か。あの記憶からは親しい友人とも、年下の部下かもしれないとも推測できる。
「そもそも、大寿って人が晴矢って説だったりしないのかー?」
筆を置く音と一緒に、辰馬がそう言ってきた。
「さあ、目元は、まあ、俺と似てる気がするけど……」
今の俺より、大寿はがっちり体型のような気がする。それに背も今の俺の方があるはず。
「大寿と晴矢は、顔が違うのか?」
「似てる気はしなくもないけど……自分の顔は上手く見れないんだよ」
「晴矢の記憶と夢にはそういう制度でもあるのか?」
自分の歴史を辿るかのように思い出される光景に答えはなかった。
「ないと思いたいんだけど」
口に手を当てて、画材や制作中の作品を一度片付ける俺に、辰馬は笑ってから
「じゃあ、転生前の自分とかじゃないのか? 科学的根拠はないような気がするけど」
俺の方に近付いてきて
「でも転生ものの邦画最近公開されてたよな。話題になってるから観たんだよ。SFぽいよな。いや、SFなのかな?」
と言って、スマホの検索した画面を見せてきた。
なんだかよく分からなくなってきてしまい、意見を言う気も失せたので心に留めておくだけした。
「まあ、いずれ分かるんじゃない? てか分からないままだったら、一生名無し先生の面倒を晴矢が見ることになるんじゃないか。結婚したら、奥さんが困るぞ」
「……もう女はこりごりだ」
「愛が重くて受け止めきれなかった彼女さんのことか? 地方に引っ越ししてくれたんだろ?」
俺は筆をバケツに入れて丁寧に洗いながら
「どうせ、顔で近寄ってくると思うから。俺は、自分の描いた作品が色んな人に認められればそれでいい。それが嬉しい」
スマホの画面を閉じて辰馬はやれやれと肩をくすめた。