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彩祈を消さないで  作者: 千桐加蓮
第一章 
3/8

答えて3

 そんなことを思いながら、肩に降ってきた粉雪を払いながら歩く。

 厚着をしているが、手袋をしていない両手は寒さで少し震えていた。手を温めるため、擦り合わせる。自分の息を両手に当てて、また擦り合わせながらここらでは広い公園の中に入り、住んでいるアパートへの近道を通る。

 ベンチの横を通った時、ドサっという人が倒れたような音がした。何か自分が落としたのかもしれないと自分が歩いてきた方を見る。何も落としていないことを確認し再び歩き出そうとすると、ベンチの下で人が倒れているのが視界に入った。濃い灰色のスーツという服装と体格的に男性であるなと分かり、仕方なく近づいていった。酔っ払いに絡まれるのは御免だが、病気だったりで倒れていたら目の前の彼は辛いだろうと思い、声をかける。

「あの、大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」

大学生くらいの年齢に見える男性に言う。就活中かサラリーマンなのだろうと推測する。彼は小さな声ではあるがこう言った。

「ん……僕は……い……」

スーツの男の表情は冷徹、冷酷といえるようなものであったが、少し戸惑っていた。何か悪い事を企んでいる人の顔には見えなかったので、とりあえず拾っていたカイロの袋を開け、シャカシャカと振って男の体温が戻ってくるように温めた。手は俺より冷たくなかったので不思議に思う。俺よりも前からベンチに座っていたのなら手は冷えているはず。まして、今日は夕方から関東地方全域に雪が降りますと、どこの天気予報サイトでも、テレビのアナウンサーも言っていたのに、この男はワイシャツとジャケットとズボンと靴下と革靴という服装で俺の目の前で倒れている。温めながら、ホームレスかとも思ったが、身なりは清潔でシャンプーの匂いが微かにする。

 俺なんて、ダウンの下はいつもより着込んでいるというのに、目の前にいる男は何者なんだ? と、うつ伏せで倒れている状態ではあったが、男の全身をまじまじと見た。

 男がゆっくりと起き上がろうとするので、俺は手を貸した。ベンチに座らせようと思ったが、雪で座るとズボンが濡れてしまうなと考え

「立てますか?」

と、訊きながら男を立たせる。

男は顔を上げた。顔がよく見えた。

 色白の肌で、髪色は黒髪。少し癖になっている所々ある。塩顔の切れ目の俺と同じくらいの年齢だろうと想像した。

「あの」

俺が手を離すと、男が掠れた声を発した。

「はい」

「ここどこですか?」

男は、至って真面目な顔で訊いてきた。

「はい?」

「あの、誰ですか?」

男は自分の方に指を指している。

「は?」

男は、不安が押し寄せてきたのか、寒いのか震えた声で

「ここがどこで、僕は誰か分かりますか?」

と、こちらに訊いてきた。

「東京の港区だけど、君の名前までは知らんよ。どちらさ――」

と言いかけたところで、男は俺の方に倒れてきた。俺は思わず避けてしまう。

「あの、ちょっと」

と呼びかけても返事はない。とりあえず手で脈を確認しようと思ったが、脈が正確にどの位置にあるかもよく知らなかったので、男の首に手を当てて確認する。

「これは気失ったな。多分」

救急車を呼んで病院なんとかしてもらおうかという考えが過ぎったが、事情を説明したり後々大変だろうから、このまま立ち去ろうかと、一歩足を踏み出したが、もう一度男の顔を見るためにしゃがんだ。

「なんか見たことある気がするんだよな」

目が見えやすいように整えられている男の前髪を上にあげ、じっくり見た。

 一瞬まつ毛が長いなと目元を触ってみるがびくりとも動かない。

 その時、脳裏にスーツの男と同じ顔の男の頬を撫でた記憶が掘り起こされた。男の年齢は目の前の男と同じくらい。大寿視点で見た時には年下の男である。写真で切り取られたような記憶の仕方なので、会話をしたことはない。だから、声は初めて聞いた。

「大寿の知り合いか?」

俺は立ち上がり、深く声にならないため息を吐いた。

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