答えて1
雪が降り始めた。足元を見てみると、アスファルトに降ってきた雪が溶けていっている。俺はそれを見ながら歩いている。
東京の美大に現役で合格し、中部の方から都内に引っ越してそろそろ三年になる。
「やっぱ、顔だよ、顔!」
「結局性別関係なく顔は見るよね、メイクの研究は欠かせないよね」
前方から女子高校生の二人組が顔の話をしながら歩いてきた。笑い声とメイクという名の化ける手段の話をしているのに、俺は少しムッとなる。どうせ一生関わることのない、すれ違っただけの女子高校生の会話が元カノの声色と似ていて脳内で再生されている。
「晴矢ってさ、顔だけなの? 顔しか取り得ないの? まあ、並んでて私はイケメンと一緒にいられて幸せだけどさあ、なんか一緒にいても面白くないんだよね、中身がつまらないんだよ」
彼女の会話への相槌が気に入らなかったらしく、静かに怒り出した。
こういう俺への中身のつまらなさへの文句はこれで五度目だろう。さすがにカチッときたので
「別に、お前のこと顔で選んだわけじゃないから。それにお前がしつこいから俺が折れて仕方なく付き合ったんじゃないか。お前も俺の顔に文句言う筋合いが分からない」
和解しようとはせず、怒りに乗っかるような口調でテレビ画面を見つめた。
テレビは俺が一人暮らししているアパートに置いてあるもので、そこで俺が高校を卒業するあたりに映画館で公開されていた学園もののラブコメディが流れている。ラストのキスシーン手前で、彼女が一時停止ボタンを押したのか画面が動かなくなった。
彼女を見る前に、俺の隣で
「別に顔に文句言ってるわけじゃないから! ムカつくけど、そこらの男よりかっこいいのに、面白くないの!! 一緒に居ても楽しくないの!! つまんないことしか喋んないんだもん」
そうやって怒鳴る。
「俺が面白くないから怒ってるの? 顔だけってこと?」
「そうだよ! 私に興味も示さないしね!! もう付き合って五ヶ月経つのに自分から『付き合って何ヶ月経ったね』とか言わないし、仕舞いには私の誕生日のお祝いも大学の制作でお祝いしてくれなかったもんね! 私だって、美大生じゃないから制作とかよく分かんないけど、実習とかで色々忙しいのにさ」
正直、彼女は欲張りだったと思う。でも、それよりも自分の中身が否定されて、顔だけの男呼ばわりされたことに対して、悔しさを覚え、隣にいる彼女よりも俺が俺を嫌いになった。
「消えて」
「え、何?」
聞き返した彼女は、俺に顔を近づける。甘い香水の匂いが香る。巻き髪が俺の肩に擦れる。
「俺の前に二度と現れないで」
「は?」
「面白い人と一緒にいたいなら大物芸人とか、そういう人とお見合いでも、合コンでもすればいいじゃん」
彼女は目を丸くする。
「え、嫌だ! だって、私の顔のタイプは晴矢だもん、そこは変わらないし!」
その時、彼女の小さなリュックの上に置いていたスマホが鳴る。彼女がスマホを取り、俺の怒りはさらに高まる。
俺は、彼女からスマホを強い力で取り上げた。
「何すんの!? ああもう、電話切れてる。まだ、話してないんだから」
彼女はまるで俺を子供を茶化すように見てくる。
「大丈夫だよ、浮気じゃない。バイトの店長だから。何? 嫉妬してくれたの?」
その時、彼女の声なんて二度と聞きたくないと心の底から思った。目をグアっと見開き、感情的に怒鳴った。
「出て行けえ!!! そんで、俺に今後現れるな! 電話もメールもしてこないで!!」
スマホを彼女のリュックの中に入れて、チャックも閉めないまま、彼女を立たせて玄関の前まで腕を引っ張った。
彼女は可愛こぶった謝罪と、手を離すように言ってくる。これを繰り返す。俺は何も分かっていない彼女にきっぱりと言った。玄関のドアを開けて、彼女を家から出す。
「お別れだ。さようなら、ひより。もう二度とお前の顔を見たくない」
「ひどい、ひどいよ! 待って!」
バタンと玄関のドアの閉まる音が鳴る。
鍵を閉めて、リビングに戻った。
スマホのロック画面には彼女の通知が溜まっていく。それらがうるさく耳の中で鳴るので、通知を非表示にし、彼女の連絡先を削除した。
前の日は勉強で疲れていたので、アラームが鳴るまで少しでもと横になり目をつぶった。