執務室の中では
次の日登校するとエリーナが人前でホォルティオに話し掛ける。これは恒例のやり取りだ。まぁ、飽きもせずついて回るものだとホォルティオは顔に出さないが心の中では呆れていた。が、教室に入りリンネを見たとたんエリーナは嬉しそうにリンネに話し掛ける。ホォルティオを見ようともせず眼中から逸れた。何が起こっている?昨日までの付きまとい無視しても話掛け続ける彼女は何処に行った?ホォルティオの頭には?マークが浮かび上がっている。
そんなホォルティオの両隣にきたトニーとノアはホォルティオの両肩に手を乗せ昨日からリンネとエリーナが友達になったことを知らせた。
「何があったら友達になれるんだ?」
「まあ、それは放課後に分かるはずさ。ホォルティオも今までエリーナ嬢が必死になっていた理由が分かれば必要以上に気を張らなくていいと思えたらいい!」
「そうそう、昨日の事があって僕エリーナ嬢の事もっと興味沸いてきたんだよね~!これを機会にエリーナ嬢を婚約者候補としてお父様に進言しようかなー」
なんだって?ノアがエリーナを婚約者候補にしたいなんて今までは言わなかったのに何がなんだかわからないまま朝のホームルームが始まりあっという間に昼休憩に入った。食堂にホォルティオと三つ子にエリーナが着席している席に周りからの視線が集まる。何時もだったらエリーナがホォルティオの隣に座り一方的に話し掛けるが今日はリンネの隣に座り仲良く話をしている。ホォルティオには話し掛けることもせず眼中に無いようだ。ホォルティオ以外の三つ子はその理由を知っているので葬式みたいな雰囲気は感じられない。周りの生徒も何時もと違う雰囲気と様子に疑問を抱いている様子だ。
「…何故かしら昨日までガルシア様にアピールし放題だった無恥で哀れな男爵令嬢が今日は話し掛けることもそんなにしてないわ。それよりリンネ様と物凄く楽しそうに会話してるわよ!」
「昨日の下校後に何かあったのかしら?下校前までは何時ものようにガルシア様について回ってたのにおかしいわね」
「………なんか昨日と今日ではオルガン令嬢の雰囲気違くないか?男に取り作るような雰囲気じゃないよな。甘い香りもしないし甘ったるい声で話すこともない。今までの姿は偽物だったりして?」
「でも、偽物だとして結局何が遣りたかったんだろうな?ガルシア子息に嫌われるような態度で接してたんだぞ、得になら無いことして自分の立ち位置を危うくする貴族がいるわけ無いだろう」
各々で考察しているようだ。僕が考えている事と同じような事を考えており同意して話に交わりたいぐらいだ。絶対にしないけれども。
「……ホォルティオ様、今日はぼーとする時間が長いですね。考え事でもなさっているのですか?」
誰のせいでぼーと考え事していると思っているんだ。この男爵令嬢め。
「いや、心配ない。領地の仕事が重なって疲れているだけだ」
何事もないように平然な態度で完璧な子息を演じきる。貴族なら出来て当たり前の基本的な姿だ。
「そうですか。無理なさらない方が宜しいですよ。王女様も心配されるでしょうし…」
エリーナからホォルティオを気遣う言葉が出てくるとは思いもしなかった。今までどんなに疲れてても気遣うこともせず自分の気持ちを押し付けるしか脳が無かった令嬢が一日でこんなに変わるだろうか…。
今日の昼休憩は何時ものように鬼ごっこで疲れ過ごすこと無く、入学後初めてゆっくり休めた時間だった。こんな日々が続けば良いのにと心底思うホォルティオだった。
午後の授業も滞りなく進んでいく。こんなにもストレス無く過ごせたのは初めてだ。なんだか平和過ぎてこの後良くないことが起こりそうで怖い。大丈夫だろうか…。
帰りのホームルームが終わり教室の扉が開く音がしたので反射的に構えているとそこに居たのは姉上とルイス様だった。
いつも通りエリーナだと思っていた自分が恥ずかしい。
「ホォル、シャトゼフ公爵令嬢達、話がある。一緒に来て貰おう」
ルイス様は有無も言わせぬ雰囲気で呼び出された。廊下に出るとエリーナも居て姉上とルイス様の後ろに着いていくように歩くと目の前にはケイン殿下の執務室があった。
執務室の前にはケイン殿下の護衛騎士が構えており呼び出されない限りこの部屋に入ることはない。ホォルティオもこの部屋に入るのは初めてだ。ルイスが扉を叩いて名乗ると中からケイン殿下の声がして護衛騎士が扉を開く。
「ああ、皆呼び出してすまないね。椅子に腰掛けてくれ」
殿下の机の前にはソファーとローテーブルがあってルイス様と姉上の向かい側にトニー、ノア、ホォル、リンネ、エリーナの順番で腰を掛ける。
今から何が始まるのだろう。ホォルティオは顔には出さないが内心ハラハラドキドキして落ち着かない。
「今日呼び出したのは他でもない。エリーナ嬢がどうしてホォルティオに付き纏うのかという事についてだ。学園内で起こっている問題は主に私の管轄だ。今現在この事にここに居る皆は頭を悩ませている。エリーナ嬢、嘘偽り無く何故この様な事態を招いたのか説明して貰おうじゃないか。」
「はい、ケイン殿下。先ずは私が男爵令嬢になった、経緯からお話しします。………………この様にオルガン男爵令嬢になりました。オルガン男爵は欲深い方です。男爵という爵位に満足できず養女に迎えた私を高位子息と縁組し資産をもぎ取ろうとしています。そして今の国政に不満のある者を集め反政府勢力団を作ろうとしています。私はその為の駒に過ぎないのです。私の母は男爵に傷つけられたままこの世を去りました。私はあの男が憎いし許す事は死んでも出来ません。あの男が今まで犯してきた罪を全て明かし牢に入れたいと思っております。ホォルティオ様はその計画に必要な標的だったと言うことです。私はホォルティオ様の事は好きですが、憧れであって恋人になりたいとか王女様から奪ってまで婚約したいとかは一切思っておりません。これは命に代えてでも断言致します。信じられないのでしたら皆の前で断罪しても構いません。私はそれ程までにホォルティオ様と王女様に対して酷いことをしたと思っております。申し訳ありませんでした。」
聞いて驚いた。エリーナが大国帝王の妾の子と王都司教様との間に生まれた庶子だと言うこと。エリーナも王族の力を持っていて自身を周りを魅了する不思議な力を宿していること。確かに入学してからホォルティオにあれだけ失態を犯しているのにエリーナに対する陰口やいじめなどはほとんど聞いたことがない。力が通じない者が陰口を言ってるだけで大々的に何が起こった騒ぎはなかった。そしてあの甘ったるい匂いに声が演技だということも嘘っぽいと感じていた違和感はそのせいだろうか。
深々とホォルティオに周りに謝罪して嘘なら断罪されても良いと言い切った彼女に嘘偽りはないとそう思った。彼女もオルガン男爵の被害者だったのが分かれば罪には問いたくはない。今後は自分らしく幸せな道を歩んで欲しいとそう思った。素性が知れた彼女と友人になろうと思ったリンネの気持ちが分かった気がした。今までの彼女から想像出来ない程、芯が強く、逞しく、人に媚びるような人物じゃないと思い知らされた。
「ホォルティオ、お前の判断でエリーナの罪を問うか決めよう」
ケイン殿下から真剣な眼差しと冷静な問いにホォルティオの決意は決まっていた。
「罪に問うことは致しません。彼女もオルガン男爵の被害者だった事実を知ればそんな無慈悲な事は出来ません。エリーナ嬢には本来の姿で大切な人と一緒に過ごせるように手助けをしたいと思っております。」
ホォルティオの真剣な眼差しと優しさのある話し方でケイン殿下も安心したように頷いた。
「ホォルティオもそう言っているんだ。私があれこれ罪を問う事はしない。エリーナ・オルガン、今後はオルガン男爵を断罪する手助けと貴女の素性を正式に明かし王都司教と堂々と過ごせるように取り計らう。その代わりオルガン男爵の事で知っている情報は全て流して貰おうか」
ケイン殿下はエリーナに柔らかな表情し安心するように話を持ち掛ける。エリーナは一瞬目を開き安心したように微笑み返し感謝を述べる。
「ケイン殿下、ホォルティオ様寛大なお言葉ありがとう御座います。皆さんのお力になれることはなんだっていたします。これからも宜しくお願い申し上げます」
エリーナはそう言いながら目に光るものを浮かべていた。




